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技術革新によって変化する「プロフェッショナルの価値」


これからの仕事選びで最も難しい点は、「労働価値の変動・不確実性の拡大」にある。どのような仕事が生み出され、どのような仕事に将来性があるのかを予想するのは、雲をつかむような話だ。ただ「何が労働の市場価値を変化させる要因なのか」「どのような仕事の市場価値が変化するのか」だけは、わかっている。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 003


サラリーマンの労働の価値を決めるのは、これまでは属している会社・組織だった。
その評価基準は、勤続年数や年齢によって決まる「年功序列」が中心だったが、経営環境の変化によって「成果主義」が増えてきている。
ただ、それもまだ通過点に過ぎない。
これから仕事の評価者は、企業を超えて「市場」に向かっていく。

市場が、その労働価値をどのような基準で決めるのかといえば、その人の持つノウハウやスキルが、利益を生むか否かという、ごく単純なものである。
しかし、どのような知識や技術、ノウハウ、スキルが利益を生むのか、また生み続けるのかを知ることは容易ではない。私たちは、30年、40年、50年と働き続けることになるが、その間にどのような仕事が生み出され、どのような仕事に将来性があるのかを予測することは、不可能だといって良い。

これからの仕事選びで最も難しい点は、この「労働価値の変動・不確実性の拡大」にある。
ただ、どのような仕事に未来があるのかはわからなくても、「何が労働の市場価値を変化させる要因なのか・・」「どのような仕事の市場価値が変化するのか・・」だけは、わかっている。
その原因の一つは、急速に進む技術革新だ。


技術革新は、「人間の仕事」を減らす

日本では、平成から令和の時代に入った。
平成の時代は、大きな戦禍に見舞われることはなかったが、バブル崩壊があり、大きな震災が何度もあり、オウム事件があった。ただ、出来事、事件ではなく、私たちの生活を、平成の30年で最も変えたものが何かといえば、目の前にある高さ15センチ、幅7センチ、厚さ8ミリ、重さ150グラムの小さなスマートホンだろう。
それは、電話やメールといったコミュニケーションツールではなく、時計や音楽プレイヤー(ウォークマン・ラジカセ)、電卓、地図、ストップウオッチ、ゲーム機、カメラ、ムービーカメラ、電子マネーの決済など、たくさんの機能を有している。アプリケーションを追加することで、その汎用性はさらに広がり、インターネットとつながることで、たくさんの情報を得ることができる。

その違いは、旅行者をイメージしてみると、わかりやすい。
平成が始まった頃の旅行者は、左手に腕時計をはめ、右手にはガイドブックと時刻表を持ち、耳にはウォークマン、首からはカメラを下げ、財布の中には予約した電車の切符と少し多めの紙幣が入っていた。
しかし、令和の今、手のひらサイズのスマートホン一台あれば、それ以外は何も持たなくてよい。
あらかじめ、詳細なスケジュールを組む必要もない。友達が遅れてきたり、予定が突然変わったりしたときも、簡単に連絡・調整ができ、電車やレストランの予約変更も自由自在だ。「みんなで撮った写真を焼き増しして、友達に配る」という費用も手間もかからない。
一台で10役(それ以上)をこなす、必須ツールだと言えるだろう。

しかし、視点を変えれば、それは従来の商品・サービスを作っていた人、それに関連する職務に従事していた人の仕事がなくなった…ということだ。

音楽業界を考えてみよう。
私たちが子供の頃は、まだレコードの時代だった。
シングル盤で一枚600円程度、LP版で2500円くらいだっただろうか。
中学生、高校生にとっては、「小遣いを貯めて…」「お年玉で…」やっと買える高額商品だった。
高校生の時、レンタルレコード店というものができ、レコードからカセットテープに録音して、聞くというのが一般的になった。1980年代になると、レコードに変わり、CD(コンパクトディスク)が登場し、カセットテープからMDへと変化していく。ソニーのウォークマンの発売で、外でも音楽を聴くことができるようになった。そのスタイルは2000年前半まで続く。

しかし、今はデジタル配信・ダウンロードが主流である。
音楽を入れておくレコードやCDという箱物がなくなり、流通や配送、販売店も減っている。
それは関連する機器やプレイヤーにも影響する。当時、多くの家庭には、音楽を聴くためのレコード・CDプレイヤー、カセットデッキ、アンプ、スピーカーを備えたステレオ装置があり、子供部屋にはラジカセがあったが、今、それを備えているのは一部の音楽マニアでしかない。カセットテープやビデオテープも、私たちの前から姿を消している。

この話をすると、「技術革新は新しい仕事・マーケットも生み出す」と反論する人が多い。
しかし、今、シングルCDは一枚1000円程度だが、ダウンロードだと一曲150円~250円だ。1000円出せば、定額制(毎月)の音楽配信サービスで6500万曲もの楽曲が聴き放題となっている。音楽の実勢価格が低下するということは、そこから生み出される利益や働く人が減っているということだ。

産業として低迷するということは、音楽のクオリティにも少なからず影響している。
昔のヒット曲は、「作曲家」「作詞家」「歌手」とそれぞれに傑出した才能をもつプロフェッショナルが、役割分担をしていたが、いま耳に入ってくるものは自らをアーティストと称する「シンガーソングライター」がほとんどだ。それは、すでに、それぞれ分散できるほどの利益がないからだ。
特に著作権収入の少ない歌手は、コンサートやライブ活動で稼ぐしかなく、ヒット曲そのものが出ない業界となってからは、新しい才能はでてこない。「CD付き握手券販売だ…」「一部の人しか知らない歌が●●大賞だ」などと揶揄する人もいるが、音楽業界からすれば、背に腹は代えられないだろう。


技術革新は「資格の価値」を低下させる

このスマートホンは、「一台で、電話やメール、ゲーム、音楽プレイヤーなど様々な機能を持った複合機器」という単純なものではない。
現代社会において、「仕事の価値」を大きく変えたのが、IT革命と呼ばれるインターネット技術だ。

保険や株式投資といった金融業界を例に挙げてみよう。
長い間、民間の生命保険や自動車保険は、国内の保険会社や代理店の営業担当者によって販売されていた。社会人になると、その会社に出入りの「保険のおばさん」がねじ込んできて、手練手管に巻き込まれ、ほぼ強引に生命保険に加入させられた。営業成績によっては、年収が数千万円、一億円と、保険会社の社長よりも高額所得者と言う営業担当者も少なくなかった。
しかし、テレビコマーシャルを見てもわかるように、インターネットでの保険の申し込みが増えており、保険レディと呼ばれる人はピーク時の45万人から、半数程度に減っている。

株式購入も同じことが言える。
バブル期においても株式や債券は、証券会社の営業マンに依頼して売買していたが、現在は、インターネットを使って家のパソコンやスマートホンで行うのが一般的だ。
個人トレーダーの登場によって、株式の取引高は格段に増えているが、そこには身振り手振りで踊るように株式を売り買いしていた証券マンの姿はない。

インターネット技術の伸展は、「資格」の価値にも影響を与えている。
情報化社会になると、ピーター・ドラッカーの言う、弁護士・公認会計士などのナレッジ・ワーカー(知的労働者)の役割がより高まると予想されていたが、実際にはそう単純なものではなかった。
これまで、会計処理を行うには、会計に関する貸方・借り方、貸借対照表、損益計算書といった専門的な知識が必要だったが、今では低価格のコンピューターソフトが自動的に処理をしてくれる。確定申告さえ税務署に行く必要がなくインターネットでできる時代だ。

弁護士も同じことが言える。
弁護士の仕事は、「刑事事件の犯罪者の弁護」ではなく、企業などの法律顧問や法的書類の作成、チェックなど多岐に渡る。 これまで法律相談は、弁護士に対して「30分5000円」という相談料を支払う必要があったが、ネット上の掲示板に質問を書き込めば、知らない誰かが丁寧に答えてくれる。取引に必要な契約書や離婚協議書の書式の注意点、様々な法的手続きについても、検索すれば類似のものがたくさん見つかり、その書き方や注意点も教えてくれる。
2004年に、「将来弁護士が足りなくなる」と法科大学院が制度化され、弁護士の数は増えたが、それから10年もたたないうちに、司法試験を突破して弁護士になっても、法律事務所に雇ってもらえない…、企業の顧問先もない…という状況になっている。

これは、弁護士や税理士、公認会計士などに限ったことではなく、知識系の法的資格全般に言えることだろう。会社の設立、土地建物の名義変更など、これまで数十万円を支払って司法書士や行政書士に頼まざるを得なかったようなことも、少しの手間と時間を惜しまなければ、自分でできるからだ。

これは当然の流れだといって良い。
これらの国家資格(特に制度や法律の資格)は「暗記系」である。つまり、その合否を決めるのは法律や制度をどれだけ知っているか、頭の中に入れているか・・だ。
しかし、IT(インフォメーション・テクノロジー)は、その知識というものを個人の頭の中ではなく、インターネットの巨大なサーバー上に保管・共有・伝達し合うという技術である。頭の良い人がどれだけの法的知識を自分の脳の中に蓄積しようとも、インターネットサーバーにある情報量とは比較にならない。また、人間の脳とは違い、それは常に最新のものにバージョンアップされていく。「頭の中に知識を詰め込んだ知識」「法的資格」の価値・プライオリティは、今後も、どんどん低下していくことになるだろう。

もちろん、これは弁護士や公認会計士が必要ないというものではなく、また資格の勉強に意味がないということではない。
仕事選びの基本は、「何のプロになるのか」🔗 の中で述べたように、プロフェッショナルになるには、「ベースとなる知識・技術」の習得と、「工夫・チャレンジ」の経験が必要となる。「これからは知識よりも、独自性のある工夫・チャレンジが必要だ」と述べたが、基礎的な知識のない人が思い付きだけで行う工夫は「闇夜の鉄砲」でしかない。
プロフェッショナルというのは、右脳から工夫やアイデアを出して、左脳でそれを評価・分析できる人のことである。そのためには、ベースとなる基礎知識は必ず必要となる。

ただ、どれだけハードルの高い難関資格であっても、業務独占の資格であっても、それだけで勝負できる、重宝される時代は終わったということだ。
この「技術革新が仕事や資格の価値を変える」という流れは、AIやロボットの進化によって、知識系・資格系以外の仕事にも、広範囲に広がっていく。
技術革新は、仕事・働き方だけでなく、企業・産業、さらには資格の価値までも変えていくことになる。




これからの仕事・働き方 ~市場価値の時代へ~

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