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介護労働者の給与・待遇は本当に安い・低いのか (1)


新聞やテレビなどで報道される「介護従事者の40歳男性の平均年収は、他の産業と比較すると100万円以上低い」というデータは、間違いではない。ただ、介護の仕事をするのであれば、介護給与の特性と課題をきちんと理解しておく必要がある。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 012


高齢者介護は、他に類例のない安定した仕事🔗 で述べたように、30年、40年先も需要が拡大することが確実な稀有な事業である。
介護労働者が不足しているということは、労働者が事業者を選べるということでもある。介護の技術や知識があれば、働く場所はどこにでもあり、劣悪な環境や待遇で、上司の暴言や横暴を我慢して、不正や苦痛に耐えながら働く必要はない。また、後後期高齢化・介護ニーズの増加は、日本全国、すべての自治体・市町村に共通する問題であり、どの地域・エリアでも仕事を見つけることができる。
為替や株式相場などの経済動向に左右されることはなく、技術革新によって代替されたり、海外に移転できるような種類の仕事でもない。

「今、最も安定している職業は何か・・」と問えば、ほとんどの人は公務員を上げるだろう。
しかし、それはこの10年程度の話でしかない。国だけでなく、多くの自治体で財政は逼迫している。今後、医療介護費用の激増に耐えられず、夕張市のように財政再生団体に転落する自治体は増加し、消滅・合併がすすむだろう。国や自治体の財政が破綻しても、公務員の給与がそのままということはない。
40年、50年先まで、給与や待遇の安定が約束された仕事は、介護労働以外にはないといって良い。

この話をセミナーですると、介護の現場で働いている人は、
「超高齢社会なんだから、介護の仕事が安定していることはわかっている」
「問題は給与が安く、上がらないことなんだ (怒)」

という顔をする。恐らく、このコラムを読んでいる人もそう思っているだろう。

確かに、「公的な介護保険制度を基礎とした給与」という高い安定性は、プラス面ばかりではない。
高齢者介護は、市場原理に基づく営利目的の事業でありながら、サービス内容や価格設定の基礎を制度に縛られている。そのため、他の業界と同じように、「正月はスタッフが少ないので正月料金上乗せ」「ベテランのヘルパーなので、指名料1000円プラス」など、それぞれの事業者が勝手に介護サービスの内容やその価格を決めることはできない。「知識・技術・経験」「閑散期・繁忙期」に関わらず介護報酬は同じであり、介護従事者の平均給与が500万円を超えるということはない。

介護の給与は低いという議論で必ずでてくるのが「40歳男性の平均年収は、他の産業と比較すると100万円以上低い」というデータだ。
それは嘘ではない。
ただ、介護のプロになるのであれば、「介護の給与は低い」という漠然とした思い込みや感情ではなく、「実際にどの程度なのか」「国はどのような対策を行っているのか」「今後どうなるのか」ということを総合的、かつ客観的に理解する必要がある。

ここでは、介護の給与の全体像を理解するために、厚労省から出されている平成29年度の「介護従事者処遇状況等調査結果」「賃金構造基本統計調査」をもとに策定した比較資料を示す。どちらも「常勤・月給」の従業者を対象としているが、介護従事者の給与については、キャリアパスなどの要件をクリアした介護職員処遇改善加算(Ⅰ)の事業所(全体の約2/3)に限定している。
また、「介護従事者処遇状況等調査結果」の月給については、4月~9月に支払われた夏季賞与一時金の1/6が含まれているため、公平を期すため平均一ヶ月として再計算(×6÷7)している。

介護の給与は本当に低いのか、どのような特徴があるのか、その検証を始める。


一般産業の給与と介護労働の給与の違い

まず、全産業と介護従業者の給与の平均を、性別にまとめたものが次の図だ。
このように年齢別に整理すると、「介護従事者の40代・男性の平均年収は、一般産業と比較して100万円以上低い」というデータは正しいことがわかる。
ボーナスを含めれば男性・50代前半では、150万円以上の差になる。


ただ、それ以外の注意点、特徴についても、整理しておくべきだろう。
目に付くのが男性の年代別の給与差と、男女の性差の違いである。
例えば、全産業の20代前半の男性平均給与210.5千円を100とすると、【30代前半・・137】【40代前半・・170】【50代前半・・201】と、50代では20代の二倍以上の給与を得ていることがわかる。日本の給与体系も成果主義が進んでいるとはいえ、現段階ではまだ年功序列が根強く残っていると言える。

これに対して、全産業の20代前半の女性平均給与を100とした場合、【30代前半・・119】【40代前半・・129】【50代前半・・133】と、最大でも1.3倍程度でしかない。男女の給与差は、40代後半では13万円、50代前半では15万円を超え、ボーナスを含めた年収では200万円以上になる。
男女雇用機会均等法が施行されたとはいえ、男性と女性は「総合職・一般職」など、入職時の雇用条件・給与体系が違うことや、結婚・出産などで退職し、子どもの手が空いてから、別の会社に就職する人が多いなどの理由が考えられるだろう。

一方の介護従事者の平均給与は、20代の男性平均給与、243.0千円を100とすると、【30代・・113】【40代・・118】【50代・・108】と、ほとんど変わらない。また、一般産業と比較すると、給与の男女差も3万円程度と非常に小さい。その結果、20代であれば男女ともに介護給与の平均は全産業より高く、女性に限定すれば、全年齢を通じて他の産業とほとんど差がないことがわかるだろう。


産業別・事業種別・性別的に見た介護の給与

二つめは、建築や製造、金融など産業別に見た給与水準の違いである。
産業別の平均年齢・勤続年数、性別の平均給与に、介護サービスの事業種別を比較したものが次の表だ。


このように整理すると、平均値と言っても産業の種別によって大きな開きがあるということ、また全ての産業で男性と女性の給与差が大きいということがわかる。残念ながら介護の平均給与は特養ホームや老健施設の夜勤手当を含めても、最も低い部類に入るというのは事実である。

ただ、一般産業と介護従事者との違いで注意しておきたいのが勤続年数の違いだ。
述べたように、男性の給与は、30代後半から急激にアップし、40代後半から50代にかけて給与のピークを迎える。それは年功序列というだけでなく、高校や大学を卒業して、同じ企業で十数年働いて、課長や部長などの役職者・責任者になる人が多いからだ。
一方の介護保険制度は、まだ20年に満たない制度だ。他の仕事から介護業界に転職した人も多く、勤続5年未満の人が全体の57%、10年未満を加えると80%を超える。そのため、平均年齢は5年程度若く、また勤続年数は半分の5年~8年でしかない。

このように整理をすると、「40歳男性の平均年収は、他の産業と比較すると100万円以上低い」というデータは間違いではないが、それは「介護の給与は低い」ということを過度にアピールするために、取り出したデータだということも事実だ。性別や勤続年数によって大きな違いがあるにもかかわらず、「40歳・男性」だけを切り取って比較しても正確だとは言えないだろう。

10年、20年働けば、給与上がるか・・・

ここで問題になるのは、介護従業者も、他の産業と同じように10年、20年継続して働けば、介護主任や介護サービス課長といった役職者になれば、同程度の給与になるのか・・ということだ。それを、事業種別毎に示したのが、以下の表だ。

答えを言えば、上がらないわけではないが、その幅は一般産業よりもずっと小さい。
それは現行の制度では、勤続年数によって介護報酬が上がる仕組みになっていないからだ。10年働いても30万円には届かず、20年働いてようやく30万円をこえる程度、また役職者になっても、それほど給与が上がるわけではない・・というのが、現状だと言える。

平均値であるため、20年同じ事業所で働き続ければ、月額30万円程度なのでボーナスをふくめた年収は450万円程度にはなるように見える。
しかし、すべての介護スタッフが20年働けば必ずそうなるかと言えば、そうではない。
それは「全員が新人」でも、「全員が20年選手」でも介護報酬は変わらないからだ。
私の周りを見ると、20年以上、同じ事業所・法人で働いている人は、老健の介護サービス部長では500万円以上、特養ホームの施設長では600万円、700万円という人も多いのだが、平均値として見れば、介護従事者が「役職者になると責任が重くなるだけで、給与が上がらないのでやりたくない…」という意見もわからなくはないのだ。

もう少し、この検証を続ける。

⇒ ⇒ 介護労働者の給与・待遇は本当に安い・低いのか (2) 




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