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コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
高齢者対策にかかる制約②~人材の問題~
 高齢者対策の推進を阻む、もうひとつの制約は人です。
介護サービス事業は、典型的な労働集約型の事業です。車のトップセールスマンは一人で何台もの商談をまとめていますが、ベテラン介護職員は一人で何台もの車椅子を押せるというわけではありませんし、それが能力を測る指標でもありません。
 機械化が難しい事業でもあります。製造業では、機械化、オートメーション化が進んでおり、生産量と比較すると働く人の数は減っています。金融機関でも、入出金や振込みなどはATMできるようになったため、個別の相談・説明が必要な金融商品のセールス、ローンなどの相談に人材がシフトされています。
 介護業界でも介護ロボットの開発が進められており、その将来性に期待が集まっていますが、今のところ介護労働者の負担を軽減するためのものが中心であり、人間の代わりに介護をしてくれるロボットは、まだ先の未来の話です。介護サービスは、それぞれの高齢者に適した介助方法が違い、日々の体調変化・状態変化もあるため、いわゆる機械的に、型どおりに対応できるものではないからです。
 介護サービス事業には、介護サービス量・ニーズに応じた介護スタッフ数が必ず必要になります。それは要介護高齢者の急増に比例し、介護サービスを提供する介護・看護スタッフを増やさなければならないということです。2008年社会保障国民会議に提出された試算によると、2005年に117万人だった介護職員数は、2025年には211万~255万人、看護職員は132万人から169~202万人と、それぞれ2倍以上が必要になるとされています。厚労省は、毎年76000人ずつ増やせば到達する人数だとしていますが、厳しい数字だと言わざるを得ません。 介護保険発足当初は「介護はこれからの事業」だとして、介護の専門職である介護福祉士を養成する大学・専門学校が全国で急増しましたが、現在、その入学者の定員割れが続いています。厚労省の調べによると、全国の養成校は434校、定員数は25,407人に対し、08年度の入学者数は定員の半分以下の11,638名に留まっています。ホームヘルパーの養成校も、介護保険当初は受講まで半年待ちという状況が続いていたのですが、閉鎖されるところも増えています。介護職員が足りないと考える介護サービス事業者は全体の半数に上っていますし、2009年9月の介護関連の有効求人倍率は、全産業の平均0.45に対して、介護業界は1.34倍となっています(厚労省 政策レポート)。
 高齢者介護は責任の重い仕事ですが、これからの社会に必要とされ、役に立っていることが実感でき、高齢者や家族から感謝される、やりがいのある素晴らしい仕事です。また、将来性が高く、独立を含め大きな夢を語ることができる、人生をかけることのできる仕事です。事業者、経営者がそれを現場の介護スタッフに伝えられていないということにも原因があるのですが、『失業者は介護の仕事をすれば・・』といった介護の専門性を蔑ろにするような発言をする人もいますし、マスコミの報道を見ていても『給与が安いのに頑張っている』という、一面的でおためごかしのような偏ったイメージが、逆に高齢者介護という仕事の魅力を隠し、介護の仕事をしたいという人を遠ざけている気がします。
 更に問題は、日本の高齢化は少子化とセットになっており、働く労働者が減っていくということです。
労働政策研究研修機構の調査によれば、労働力人口は、2006年の6657万人から、2030年には5584万人へと1073万人が減少すると試算しています。これは全労働者の16%が減るということです。
 高齢者が増えるから、介護サービス事業は将来性が高いと考える経営者は多いのですが、近い将来、介護サービスを受けたい高齢者が増えても、介護スタッフがいないために経営できないという事態は十分に考えられます。医療の分野では、へき地医療の課題に対して『保険あって病院なし』と言われたことがありますが、高齢者介護の分野では、都市部においても、保険・事業者があっても介護職員不足で対応できない、『保険あって介護サービスなし』という状態になる可能性があるのです。

 この二つの制約、財政と人材の課題は、繋がっています。
 介護職員を増やすためには、労働条件の改善が必要になるため介護報酬のアップが必要です。『介護報酬を上げろ』と拳を振り上げるのは簡単ですが、対象者が急増するのですから、それは更なる介護保険財政の悪化、保険料値上げにつながります。社会保障費の支出抑制と高齢社会を支える人材の育成という二つの相反する課題・制約に対して、どのようにバランスを取っていくのか、難しい舵取りを迫られているのです。