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コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
日本の社会保障施策はどこに向かうべきか
 民主党が選挙で掲げていた「強い経済、強い財政、強い社会保障」というキャッチフレーズは、現在、日本が直面している課題を上手く表しています。
 止まらない円高、原油・食料品の高騰、株価の値下がりなど、世界経済の大きなうねりの中で、日本経済は厳しい経済環境に晒されています。バブル崩壊の余波からの建て直しに10年、15年という長い時間を要し、アメリカのサブプライムローン問題に端を発した世界同時不況からの立ち直りも遅れています。大学生・高校生の就職内定率は低く、製造業は人件費の安い海外へ流出していますし、中国や東南アジアとの競争も激化していますから、高い経済成長が見込める状況ではありません。政治の混乱も重なり、日本の経済成長率は、2008年度は-3.8%、2009年度は-1.8%と二年連続でマイナス成長となっています。東日本大震災の影響も、長期に渡って日本経済に大きなダメージとなることは間違いありません。
 一部には、「経済成長を目標にする時代は終わった」「経済ではなく幸福感が大切だ」という人がいますが、経済と社会保障は両輪であり、経済成長なしに社会保障の拡充はありません。日本の社会構造を考えると、最低、毎年2%程度の経済成長がなければ、年金などの社会保障制度が根本から崩れてしまうと言われています。経済成長しない社会というのは、現実的には社会的弱者が切り捨てられる社会なのです。それどころか、すでに莫大な借金を抱えているため、このままマイナス成長が続けば日本経済の信頼性が揺らぎ、円が暴落すれば原油が高騰し、工業だけでなく、農業も漁業もすべて止まることになります。
 2011年度の予算案の策定過程では、必要な財源確保の目処が立たないため、財務省が現在50%となっている基礎年金支給額の国庫負担の割合を、36.5%に引き下げることを厚労省に提案しているというニュースが報道されました。結局、この引き下げ分は年金特別会計の積立金から取り崩し、国庫負担割合を引き下げないことになりましたが、税制の改革が行われなければ、すでに国は法律で定められた年金を給付できなくなっているのです。
 このキャッチフレーズの中で、『強い経済、強い財政』は経済成長を高める、プライマリーバランスを黒字化するなどイメージしやすいのですが、『強い社会保障』とは何かと聞かれればその答は簡単ではありません。「広い意味では雇用対策も経済対策もすべて社会保障だ・・」「子供手当もある意味、社会保障だ・・」と言ったように、消費税を上げるために社会保障という言葉が乱発されていますが、それでは防衛も警察も外交もすべて社会保障だということになります。
 本来、社会保障制度は社会保険制度(医療保険・介護保険・年金保険)と社会福祉制度(生活保護、児童福祉、老人福祉等)の二つの制度のことであり、広い意味で捉えても雇用保険等の労働保険制度しか含みません。子供手当も社会保障の一つだという人がいますが、費用対効果の疑問は別にしても純粋な経済対策です。子供の社会保障充実を訴えるのであれば、数千人、数万人の子供を学習塾や習い事に行かせるのではなく、小児ガンや小児難病対策を充実させ、一人の子供の命を救うこと、その家族の生活を支援することを優先すべきです。
 また「社会保障が経済を牽引する」という人もいますが、現実的に考えれば「強い社会保障=手厚い社会保障」となれば、社会保障費は現在想定されている以上の勢いで増加します。それは更なる財政悪化を招き、増税・保険料値上げによって、経済は更に疲弊するという負のスパイラルに陥ることになります。純粋な社会保障費が財政を改善させ、経済を活性化させるということはありませんし、このまま経済・財政が好転しないままで、社会保障費だけが比例して右肩上がりで増えるということも100%ないのです。
 では、日本の社会保障施策はどこに向かうべきなのか、その指針は3つあると考えています。


 一つは、限られた財政・人材を効率的に運用するシステムを構築するということです。
 『コンクリートから人へ』というキャッチフレーズはわかりやすいものですが、社会保障の中にも制度の歪に潜む非効率な財政運用はたくさんあります。超高齢社会を支えるための人・お金は徹底的に不足しているのですから、社会福祉、社会保険の役割を明確にし、これらの無駄を排除し、限られた財源・人材を効果的・効率的に運用するという視点は不可欠です。
 2点目は、必要としている人に、必要な金額・必要なサービスを提供するということです。社会保険や社会福祉を受けることが『恥ずかしい』と考えるような社会は成熟した社会だとは言えませんが、『受けなければ損だ』『どうしたら上手く社会保障を受けられるか』と多くの人が考えるような社会も正常だとは言えません。
 介護疲れが原因の心中、自殺が増える一方で、『やりたい仕事がない』と若者が生活保護を受け、自宅でインターネットゲームに興じるという社会が現実となっています。一生懸命に働いても国民保険料が支払えずに医療を受けられない自営業者がいる一方で、生活保護受給者に必要のない受診をさせ、睡眠薬などの薬剤を横流しするという貧困ビジネスが拡大しています。
 マスコミ報道やインターネットを見ても、このような貧困ビジネスや生活保護受給者に対する視線は厳しくなっていますし、現在の社会保障の使い方・制度の不備に憤りを感じている人もおられるでしょう。これまで「あの人も困っている」「この人もかわいそう」と、選挙に勝つためだけにバラマキで膨張してきた社会保障をスリム化し、限られた社会保障費の中で、本当にすべきこと、優先的にすべきことを見直さなければなりません。セーフティネットとは何か、国や社会が保障すべき最低限の生活とは何を指すのかを明確にし、『福祉ビジネス』『貧困ビジネス』といった得体の知れないものは一掃しなければなりません。それができなければ社会保障は日本のお荷物となり、支える世代の不公平感は爆発し「あの人も甘えている」「これも無駄だ」という世論に一気に傾くことになるでしょう。そうなると声の小さな、社会保障が本当に必要とされる社会的弱者に、最低限のサポートさえ届かなくなります。
 そしてもうひとつ、これからの超高齢社会において不可欠になるのは、社会保障費を起爆剤として、その周辺産業を活性化させていくという視点です。『社会保険施策、社会福祉施策』は、その多くが金銭給付・人的サービスへの給付であり、その原資は公費や保険料ですから、そのものが経済を拡大させるわけではありません。ただ、医療保険・介護保険などの社会保険サービスを核として、民間サービス、自費のサービスと組み合わせることによって、その何倍もの経済効果を持たせることは可能です。
 世界の先進国の中で、未曾有の超高齢社会に最初に突入した日本ですが、同様にほとんどの先進国で高齢化は進んでいます。お隣の韓国や一人っ子政策を採っていた中国も、高齢化は大きな社会問題となります。現在、介護食、自立支援機器、先進医療機器など、様々な分野で研究・開発が進められていますが、この分野は日本の技術・創意工夫が活かせる得意分野でもあります。高齢化は経済にとってはマイナス要因ですが、高齢者の生活を支援できるような技術を率先して開発できれば、世界に通じる大きな産業となるのです。