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コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
強い社会保障実現のために高齢者住宅は不可欠
 日本の急激な高齢化は、戦争という特殊要因から続く人口バランスの変化、先進国に見られる少子化という二つの要因が重なったものです。高齢者対策の難しさは、高度経済成長による高齢者の生活環境の激変に加え、プライマリーバランスを無視して、経済対策の名のもとにバラマキ・借金を重ねてきた日本の財政問題も大きく関係しています。
 強化すべき高齢者対策として『介護対策、低所得者対策、住宅対策』の3つを挙げましたが、同時に『経済悪化・財政悪化・社会保障費増』という三重苦を乗り越えなければなりません。必要な対応を先送りにし、様々な課題、変化が積み重なった結果、大きな障壁となり日本の未来に暗い影を落としています。直面するこの難問をどのように回避し、対応していくのかが、これからの日本経済・財政の未来を占う一つの要因となることは間違いありません。
 これらの課題を踏まえ、強い社会保障を実現するために不可欠になるのが、長期安定的な制度設計に基づく、優良な高齢者住宅事業の育成です。
 理由は3つあります。

 一つは、効率的・効果的な介護サービスの提供が可能な集合住宅の特性です。
 排泄介助を例に挙げると、実際の介助時間は10分~15分程度ですが、訪問介護サービスの場合、離れた各家を回るのですから移動の時間がかかります。入居者個別のケアプランに基づいて介護サービスが提供されるのですから、順序良く回れる訳ではなく手待ち時間も発生します。一人のホームヘルパーが一日8時間働くとしても、一日あたり8人~10人を訪問するのが限界です。
 これに対し、高齢者住宅で暮らす要介護高齢者が増えると、介護スタッフは移動の時間が必要ないため、効率的に介護サービスを提供することが可能です。個々のケアプランに基づく排泄介助の間に、全体の洗濯・掃除などきめ細かいケアを行うことができます。
 食事介助でも、スタッフ一人で二人の高齢者を介助するということは十分に可能です。食事介助と言っても『全介助』『一部介助』『見守り介助』など状態は様々ですから、一人の介護スタッフが全介助の入居者を介助しながら、一部介助の高齢者に食事を促し補助しながら、他の入居者に誤嚥はないか、咽ていないか等、見守ることができます。自宅で一人暮らしをしていると、調理から食事介助までが必要とされる高齢者でも、老人ホームでスタッフが見守り、促しながらであれば、自分で何とか食べることができるという人はたくさんいます。
 また、高齢者は嚥下機能が低下し、糖尿病、高血圧など生活習慣病などの疾患もあるため、様々な工夫が必要になりますが、これを一人ひとりに合わせてホームヘルパーが自宅に出向いて作るのと、管理栄養士の下で専門の数名の調理員が一斉に作るのとでは、効率性という面だけでなく、栄養管理・衛生管理という側面からも大きな違いがあります。
 この効率的な介護サービス提供は効率的な介護保険財政の運用につながります。介護サービスにかかる費用は人件費が中心であり、介護報酬も人件費が基礎となって設定されています。効率的・効果的に介護サービスが提供できるということは、同じ量の介護サービスを提供しても、必要な介護労働者数を抑えられるということですから、財政的にも効率的な運用が可能となります。視点を変えれば、給与など介護職員の労働条件を上げることもできますし、「介護のしやすさ」を高めることによってスタッフが働きやすい労働環境をつくることにもつながっていきます。高齢者住宅で生活する要介護高齢者が増えると、財政的にも人的にも効率的な運用が可能になるのです。
 

 2点目は、経済への影響です。
 『強い社会保障』を実現するためには、社会保障を核として周辺産業を活性化させることが重要だと述べましたが、高齢者住宅事業は、それを最も具現化することのできる事業です。
 訪問介護、訪問看護は、純粋な介護・看護サービスですから、経済波及効果という面では高くありません。しかし、高齢者住宅事業は、高齢者の生活を丸ごと支える複合サービスですから、介護サービスだけでなく、土地・建設・設備・食事・レクレーションなど様々な関連事業へ波及します。それは介護食や介護ロボット、自立支援機器などの開発・発展にも繋がっていきます。
 地域経済への波及効果という面でも優れています。
 現在、様々な産業が東京を中心とした都心部に集中し、地域経済の空洞化が社会問題となっていますが、高齢者住宅事業は都心部に集中する事業ではなく、地域密着型の不動産事業です。集合住宅を建てるのですから地域の遊休不動産の活性化につながり、その経済効果は地場建築業者にも波及していきます。都心部は土地が高騰していますし、要介護高齢者の生活に通勤は関係ありませんから、どちらかと言えば地方に拡散していくタイプの稀有な事業だと言えます。
 また、訪問サービスのようにパートスタッフ、非常勤スタッフではなく、正規職員・常勤職員の介護・看護スタッフが中心となりますから、地域の安定的な雇用を増やすことができ、その影響は、単年度だけでなく20年、30年と継続していきます。
 間接的な経済効果も小さくありません。
 現在でも、同居、別居に関わらず両親の介護問題に直面している人は多く、両親の介護のために妻がパートの仕事をやめた、介護のために故郷に戻ることにしたという話を耳にされることがあるでしょう。中には、両親の介護問題が原因で離婚した、介護虐待、介護殺人という最悪のケースも増えています。
 両親の介護のために故郷に戻り、新しい生活が順調に進めばよいですが、子供の年齢も50歳代~60歳代前半が中心ですから、現在の社会情勢を考えると、その年齢で田舎に戻り同じような収入を得るとことは不可能です。また両親の介護をしながら働くとなると、フルタイムで働くことは難しくなります。実際に親の年金とそれまでの貯金で生活し、親の死亡と同時に、生活保護に頼らざるを得ないというケースも増えていると聞きます。
 優良な高齢者住宅が増えれば、老親の介護目的で退職する人は減るでしょうし、介護問題での家族別居・崩壊という悲惨な選択を回避することもできます。労働力人口は減少していくのですから、優秀な労働力・人材を適材適所で活かすということは、経済的な側面から見ても小さな要因ではありません。


 3つ目のポイントは、現在の非効率な特養ホームからの脱却です。
 現在、「特養ホームが足りない」「42万人もの待機者がいる」と特養ホームが作られていますが、民間の要介護高齢者を対象とした高齢者住宅(介護付有料老人ホーム)と比較すると特養ホームには、少なくとも年間一人当たり100万円~150万円以上の社会保障関係費が多く使われています。財政が逼迫し、人材が限られる中で、需要に合わせて特養ホームをつくり続けることは100%不可能です。運よく入所できた人は幸運ですが、その皺寄せは大多数の在宅高齢者に及ぶことになり、社会保障財政の効率運用、公平性という側面からも、問題が多いものとなっています。特養ホームの整備は、地域の老人福祉・高齢者介護の向上に寄与すると考える人は多いのですが、実際には、その地方自治体の財政を長期に渡って逼迫させ、その地域全体の福祉を低下させていくことになります。この問題は、第三章で詳しく述べますが、莫大な社会保障費が必要となる特養ホームからの早急な脱却、高齢者住宅への移行は不可欠です。
 

 以上、高齢者住宅の整備が、超高齢社会に不可欠だという理由を三つ上げました。
 高齢者住宅の増加は、社会保障財政悪化の一因だという人がいますが、それは根本的に間違っています。安定した優良な高齢者住宅は、超高齢化社会において不可欠な「介護対策、低所得者対策、住宅対策」を一体的に解決できる事業だというだけでなく、強い社会保障を実現するための大きな武器となる事業なのです。