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コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
社会福祉と社会保険の混乱
 第一に挙げるべきは、社会保障制度の混乱です。
 日本のように市場経済システムをとる資本主義経済の国では、法律に違反しない限り、好きな職業について、自由に商売ができるというのが基本です。個人の責任で経済活動を行える社会であり、自立自助が原則のシステムだとも言えるのですが、その半面、ケガをしたり、病気になったり、年を取って働けなくなった場合、生活が困窮してしまいます。そうならないために、社会全体でこのような場合の経済的な給付や相互扶助を行う制度として考えられたものが社会保障です。
 同じ資本主義経済を原則とする国であっても「どこまでが社会保障のライン」か、国がどこまで個人の生活に責任を持つべきかという考え方やシステムはそれぞれに違います。スゥェーデン、デンマークなど北欧の福祉先進国と呼ばれる国も日本と同じ市場経済システムが基礎となっていますが、税金を高くして手厚い社会保障制度が取られています。いわゆる「高負担、高福祉」の国です。一方、アメリカでは自立自助が原則となっており、最近まで、公的な医療保険制度(健康保険)も整備されておらず、無保険者が4000万人を超えるとされていました。医療保険改革法が成立し、国民皆保険への道が開かれたのはオバマ大統領になってからです。
 日本の社会保障制度の基礎となるのは憲法25条です。この中で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とされています。よく耳にする「セーフティネット」とは、憲法の定める「健康で文化的な最低限度の生活」の基準のことであり、それ以下の生活に陥る人がでないようにしようという最低ラインを示すものです。
 このセーフティネットを守るための日本の社会保障制度は、社会保険、労働保険、社会福祉に大きく分かれています。
 一つは社会保険です。年金保険や医療保険は、すべての国民に加入が義務付けられており、その職場、職域に応じて年金保険(国民年金、厚生年金、共済年金)と医療保険(政管健保、国民健康保険、健保組合、共済健保等)に加入することになっています。労働保険は、主に労働者の失業や、仕事が原因で怪我をしたり病気になった場合、介護や育児などで休業する場合などの所得保障を目的としたもので、雇用保険、労災保険があります。
 日本の社会保障制度は、疾病やけが、老齢、失業等に備えて、国民自らが保険料を支払うという保険システムに基づいた相互扶助が制度の基軸となっています。
 しかし、労働者とその家族を中心とした社会保険だけでは対応できない、憲法に保障された『健康で文化的な最低限度の生活』を営むことができない人がいます。家庭の事情で親が養育できない児童、身体障がい者、知的障がい者、働くことのできない特殊な事情のある人などです。これらの社会的弱者に対して全額公費(税金)で運営される公的扶助の社会福祉制度(生活保護を含む)が設けられています。
 日本の社会保障制度は体系としてみた場合、社会保険と社会福祉の二段階のシステムを採っており、社会福祉制度は社会保障制度の中でも、最終ライン、つまりセーフティネットの役割を持っているのです。

 ただ、社会保険と社会福祉のラインの線引きは、時代や社会環境の変化によって変化してきました。それが介護保険です。



 老親の介護については、大家族の家長制度の風潮が残っていた頃の日本では、家族内で対応すべき事柄で、主に長男の嫁の仕事だとされてきました。脳梗塞や心筋梗塞などの救命率は低く介護が必要となる期間が短かったこと、結婚すると専業主婦となり外に働きに出るケースが少なかったこと等も関係しています。また、家族がいなくても、隣近所からのサポートによって、老人福祉施設の入所や公的な介護サービスを利用しなければならないというのは、稀なケースとして捉えられていました。そのため、高齢者の介護サービスは老人福祉法の中で行われてきたのです。
 しかし、要介護高齢者の増加に加え、核家族化による家族介護機能の低下、地域コミュニティの崩壊、要介護期間の長期化等の様々な要因が重なり、高齢期の「要介護への対応」というリスクは一部の人のものではなく、全国民に共通して発生するリスクへと変化しています。その結果、それまでの老人福祉法が担っていた高齢者の介護を分離させ、医療保険、年金保険と同じように保険料によって運営される第三の社会保険制度として、2000年に介護保険法が制度化されたのです。
 このように制度の体系は整っているのですが、問題は、それぞれの役割が混乱し、十分に機能していないということです。
 特に、高齢者施策では致命的な欠陥となっています。今でも、マスコミでは「介護」と「福祉」という概念の違う言葉が混同されて使われていますが、これは言葉上の定義だけでなく、制度上「介護保険」と「老人福祉」の役割を明確にできていないことに起因しています。
 介護保険制度の発足によって、これまで老人福祉の中で行われていた役割・施策のすべてが介護保険に引き継がれたわけではありませんから、その分離にあたっては介護保険と老人福祉の役割、民間の介護サービス事業者と社会福祉法人の役割を明確にしなければなりません。
述べたように、社会福祉は社会保険では解決できない課題に対応するセーフティネットの役割を持つものです。介護保険制度によって、老人福祉の役割が薄れたわけではなく、利用申請に基づく介護保険の介護サービスだけで対応できない、営利目的の民間の介護サービス事業者では対応できない介護虐待や介護拒否、孤独死、独居認知症高齢者などの問題が急増しています。それが本来の老人福祉の役割です。
 しかし、現状を見ると、社会福祉法人と株式会社の役割は明確に区切られている訳ではありません。それぞれの法人が行う訪問介護サービスに違いはなく、今の社会福祉法人は非課税で補助金をもらって介護保険サービスを提供しているにすぎないという人もいます。特別養護老人ホームは、本来、介護保険制度では対応できない高齢者の福祉施設ですが、実質的には介護が必要な高齢者の住居であり、個別契約となっているために民間の有料老人ホーム・高専賃等の高齢者住宅と何ら変わりません。老人福祉の役割・使命は高まっているにもかかわらず、介護保険による市場原理、競争原理の中に巻き込まれてしまったために、本来の社会的弱者に対応するという社会福祉、老人福祉の役割・理念は大きく後退しているのです。
 これは財政問題にも関わってきます。
 社会福祉の財政は「全額公費」、社会保険の財源は「公費+保険料」です。高齢者対策に必要な社会福祉の割合が高くなればなるほど、財政負担は大きくなります。特別養護老人ホームの利用料が介護付有料老人ホーム等の民間の高齢者住宅と比較して格段に安いのは、福祉施設として高額な税金や介護報酬が投入されているからです。
 セーフティネットという言葉だけが先走りをし、高齢者対策の社会保障費を増やしても、高齢者の福祉や生活の向上には結びつきません。底の破れた鍋に、介護は重要、福祉の充実と湯水のように税金を投入しているようなものです。この介護保険と老人福祉の役割の混乱は、社会的弱者への対応力の低下、地域福祉の劣化というだけでなく、限られた社会保障財政の効率運用、公平性という側面からみても問題の多いものとなっているのです。