HOME > コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない > 有料老人ホームと高専賃の矛盾

コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
有料老人ホームと高専賃の矛盾
 制度の課題、3点目は、高齢者住宅制度の混乱による入居者保護施策の後退です。
 高齢者住宅は、訪問介護や通所介護のように利用するサービスではなく、高齢者の生活の根幹となる事業です。不透明な経営や劣悪なサービスが行われると、高齢者の生活に大きな負担となりますし、万一倒産し、食事・介助などのサービスが止まると入居者は生活を続けられなくなります。終身利用という名目で自宅を売却し、高額の一時金を支払っているケースも多く、年齢的にもその後の生活を立て直すことは容易ではありません。
 また、身体機能だけでなく適応力も低下していることから、若者のように簡単に転居できるわけではありません。また自分のできないことをしてもらっている、お世話になっているという意識があるため、一旦入居すれば入居者・家族が弱い立場に立たされやすいという側面があります。事業者にそのつもりはなくても「出て行けといわれると困るので言いたいことが言えない」「意見を言うと、親(入居者)が嫌な思いをするのではないか」という高齢者・家族の声は少なくありません。更に高齢者の判断力が低下すること、入居者やスタッフが一定に限られることなどから、外部から実態が見えにくい、閉鎖的になりやすい事業でもあります。
 超高齢社会において高齢者住宅の整備は必要ですが、単に数を増やせばよいというものではなく、優良な事業者を育成するということが前提です。高齢者住宅事業の特性を考えると「入居契約時に必要な情報は十分に開示されているか」「サービスは契約に基づいて適切に行われているか」「虐待などの人権に関わる問題は発生していないか」など、行政や第三者機関による定期的な監査・指導は不可欠です。
 しかし、介護保険制度以降、高齢者住宅は急増しているにも関わらず、この監査・指導体制は全く進んでいません。それどころか厚労省と国交省の制度間の歪によって、介護保険制度前よりも大きく後退しています。現在の制度は、予算確保や補助金拡大の手段として「高齢者住宅をとりあえず増やす」ということしか頭になく、優良な事業者を育成する、入居者の権利を保護するという視点が欠けているからです。
 何故、このようなことになってしまったのでしょうか。
 高齢者住宅の制度の一つは、厚労省管轄の老人福祉法に基づく有料老人ホームです。
 有料老人ホームは、昭和30年代からある老人福祉法に規定された制度で、その目的は入居者保護にあります。その開設・運営に関する最低基準(有料老人ホーム設置運営標準指導指針)が示されており、新しく開設する場合は、これに基づいて事業計画を策定し、都道府県に対する届け出、事前協議を行わなければなりません。有料老人ホームの届け出は義務規定です。営利事業であっても高齢者の生活の根幹となる住宅事業であることから、行政による監査・指導体制を整備することで、劣悪な業者を排除し、入居者・入居希望者の生活の安定、権利の保護を図るというのがその趣旨です。
 これに対して、国交省が推進したのが高齢者専用賃貸住宅(高専賃)です。
 この高専賃は、サービスの質の向上や入居者保護を目的としたものではなく、高齢者が賃貸住宅を探しやすくするための「情報提供」を目的とした制度です。
 高齢者の賃貸住宅探しは簡単ではありません。孤独死や認知症トラブルを恐れて、部屋が空いていても「高齢者お断り」とする賃貸マンション・賃貸アパートは少なくありません。高齢者の住居探しを支援するために、「高齢者の入居を拒まない」「高齢者専用」の賃貸住宅の登録制度を作ったというのが制度の本来の目的です。
 高齢者でも断らないという住宅を「高齢者円滑入居賃貸住宅」と言い、高齢者のみを対象とする賃貸住宅を「高齢者専用賃貸住宅」と言います。この登録は義務規定ではなく任意規定ですから、高齢者のみを対象とする賃貸住宅であっても、高専賃として登録するか否かは事業者の自由です。
 ただ、当初は登録基準がなかったため、押入れをベッドに改装したものや、一人当たり数㎡しかないもの、複数人部屋のものなど、高齢者の生活に相応しくないものも登録されることになります。そこで国交省は、居室の広さ、居室内の設備などを中心とした4つの登録基準を設置し、劣悪な環境のものは、高専賃として登録できないようにします。劣悪な生活環境の住居を排除するために、建物や設備基準などの最低基準を設定するというのは、高齢者の生活環境整備のためにも必要なことです。
 問題となるのは、並行して2006年の老人福祉法の改正で、この基準を満たして高専賃として登録したものは、食事や介護サービスを提供しても、有料老人ホームとしての届け出・事前協議を不要としたことです。
 有料老人ホームと高専賃は基本的に制度の役割や目的が違います。前者は入居者保護、後者は情報提供です。しかし、一般の賃貸マンションは高齢者の入居を拒んでいるのですから、単なる登録制度だけでは、高専賃の制度は広がりません。基準を設けると、更にその登録数は少なくなります。そのため、高専賃の登録数が増えるように、入居者保護のために行われている有料老人ホームの事前の届け出や行政協議の必要がないようにしたのです。
 有料老人ホームを開設する場合、事業計画の段階で、建物・設備だけでなく運営方法やスタッフ配置、契約書や重要事項説明書などの書式などがチェックされます。届け出と言っても、婚姻届のように書類を提出すれば良いというものではなく、事前協議を経ていないと届け出が受理されませんから開設することはできません。開設後も定期的な監査・指導があり、罰則規定もあります。
 これに対して、高専賃は広報の制度ですから、監査や指導を行う仕組みは作られていません。登録は届け出制度と違い、書式が整っていれば自動的に登録されますから都道府県・市町村の意思が反映されません。新しく開設する場合でも、事前の協議や事業計画書の策定、設計図書を提出する必要はありませんし、それらの登録内容が間違っていないか、虚偽の登録はないかをチェックする方法・手段さえありません。食事や介護サービスを提供する場合でも登録だけで開設でき、登録するか否かは事業者の判断ですから、開設後でもかまいません。
 事業者から見ると、高専賃は有料老人ホームと比べると設置基準が低く、事前協議も必要なく指導監査もないため、簡単に開設することができます。経営ノウハウのない新規事業者ほど借家権などのリスクを理解せず、高齢者住宅は需要が高い、儲かると参入し、一部のコンサルタントと称する人達が、利益率が高い、土地の有効利用にとその開設をバックアップしています。
 つまり、行政は入居者保護を後回しにして、安易に登録数を増やすことを優先したということです。これが高齢者住宅の入居者保護施策を大きく後退させた元凶です。
 結果、2005年の高専賃の登録件数は2331戸(98ヶ所)だったものが、二年後の2007年には18794戸(783ヶ所)、2011年2月現在47571戸(1781ヶ所)と急増することになります。有料老人ホームと同じような高齢者住宅が自由に開設できるのですから、無軌道に高専賃が増えており、その内容は玉石混淆で誰も管理しない、誰にも判らない状態になっているのです。