HOME > コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない > 高齢者住宅の育成を阻害する福祉施設

コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
高齢者住宅の育成を阻害する福祉施設
 『特別養護老人ホームは財政運用・人材運用の視点から見ると非効率だ』という話をすると、『福祉に効率性を求めるべきではない』と反論する意見がでます。それはその通りです。
 老人福祉法の目的、特養ホーム等の福祉施設の役割は、「社会的弱者の救済」「セーフティネット」にあります。法の趣旨は児童福祉法、身体障がい者福祉法と同じで、その役割は児童養護施設、身体障がい者福祉施設と同列です。民間の収益性・効率性を求める営利目的の事業やサービスだけでは、社会的弱者は阻害され取り残されてしまいます。介護虐待や介護拒否、孤独死など、福祉的対応な課題どれ一つを取っても、簡単に解決できるものではなく、決められた答えがあるわけではありません。一つひとつのケースに合わせて時間をかけて対応しなければならないものばかりです。民間の営利事業だけでは解決できない社会的弱者を救済することを目的として、公益性の高い非営利の法人が設立され、福祉施設は運営されているものです。
 そう考えると、福祉施策の中で一体的に行われてきた低所得者対策の意味・目的も見えてきます。
 障がいがある場合、仕事は限定され、また特殊な福祉用具や医療費・介護費がかさむため生活が厳しくなります。自宅で障がいをもつ子供の世話をしたくても、金銭的な余裕がないために家族は働かなければならず、施設に入所せざるを得ないというケースも少なくありません。「低所得者=社会的弱者」ではありませんが、低資産・低所得者ほど社会的弱者になりやすいとも言えるでしょう。
 特養ホームは「介護施設」ではなく「福祉施設」だからこそ、純粋な社会的弱者の救済を目的として手厚い保護が行われてきたのです。民間企業による一般サービスと同じように、市場原理主義に基づく効率性を求めてしまうと、社会的弱者の救済という本来の目的が果たせなくなるという意見はその通りです。
 しかし、ここで指摘したい課題は、現在の制度は全体の社会保障や社会福祉のバランスを無視して、特養ホームに入所できた高齢者のことだけしか考えていないのではないかということです。
 要介護高齢者は勤労によって収入を得ることはできませんから、優良企業のオーナーや有効利用できる不動産を持つ資産家でない限り年金収入に限られてしまいます。入所者・家族の立場から見れば、費用は年金の中で賄える程度に抑えられ、預貯金を取り崩す必要がないほうが良いに決まっています。
 その一方で、実際には、高い建設費・運営費がかかっているのですから、入所者の負担が低くなれば、それだけ税金や社会保障費の負担は重くなります。入所を希望する人がいつでも入所できるという理想には程遠い状態であり、今後、急増する団塊世代の要介護化によって、特養ホームは今以上に狭き門となります。現在の『絶対的な特養ホーム不足』『厳しい行財政・社会保障財政』という現状を考えると、運よく入所できた人には二重三重の手厚い保護がなされている反面、入所を待っている多くの高齢者との間で格差が大きく、不公平・非効率な施策であるということは否定できません。その皺寄せは、在宅で生活する高齢者の負担となるだけでなく、次の世代の高齢者・若者に転嫁されていくという、世代間格差にも繋がります。
 これは、高齢者住宅の健全な育成を阻害しているという課題にも直結します。
 有料老人ホームと言えば、一部の富裕層を対象とした高額の老人ホームをイメージする人もまだ多いのですが、今後、絶対的に不足するのが、中間層が入居可能な価格を抑えた要介護高齢者を対象とした住宅です。高額の社会保障費が投入される福祉施設ではなく、課税による再分配の行われる民間事業を基礎として、要介護高齢者の安定的な住処を整備していかなければなりません。
 今でも、企業努力によって価格を抑えた高齢者住宅が増えていますが、要介護高齢者を対象とした低価格の介護付有料老人ホームの仕様・介護システムは、ユニット型個室の特養ホームの足元にも及びません。民間事業者は、競争力をつけるために建設単価やサービスの効率性などを検討し、価格を抑えるように努力していますが、他の有料老人ホームとの競争はできても、収入の基礎が全く違うのですから、特養ホームとは比較することはできません。現在のユニット型個室特養ホームと同じ基準・仕様・介護サービスを介護付有料老人ホームで提供しようとすると、月額費用は30万円を超える価格設定となるでしょう、
 終の棲家を探している高齢者・家族からすれば、入居一時金ゼロ、毎月6万円~13万円程度で入所できる特養ホームがあるにも関わらず、同じサービスで、毎月3倍もの月額費用がかかる介護付有料老人ホームを積極的に選ぶという人はないでしょう。隣のお爺さんは、運よく特養ホームに入所できたので毎月10万円の支払いで済んでいるが、我が家のおばあさんは介護付有料老人ホームに入らざるを得ないため、高額の入居一時金、高額の月額費用を支払っている、お隣の方がお金持ちなのに不公平だということになります。
 現在の制度の中で、有料老人ホームが特養ホームとの差別化を図ろうとすると、富裕層を対象とした豪華で広い居室、24時間看護師常駐などの付加価値の高いサービスを提供するしかありません。当然それは、一時金が数千万円、月額費用も数十万円という高額なものとなります。または『特養ホームに入れないので仕方なく・・』『特養ホームの入所が決まるまでの待機場所として・・』という福祉施設の受け皿としての役割しかありません。それは本来あるべき姿とは全く逆のものです。
 ユニット型個室の特養ホームが存在する現在の制度の下では、低価格で優良な要介護高齢者を対象とした高齢者住宅は育たないのです。
 現在の特養ホームが『セーフティネットの役割にしては贅沢だ』と言っているのではありません。社会保障にかける財政や人材が豊富で、入所を希望する地域の要介護高齢者がいつでも入所できる状態にあるのであれば、セーフティネットの高さを上げることは賛成です。すべての要介護高齢者が特養ホームと同程度の価格で、同程度のサービスを受けることができ、それ以上のサービスを受けたい富裕層は民間の介護付有料老人ホームに入居するといのであれば、それが理想でしょう。しかし、述べてきたように、それは財政的に100%不可能なのです。
 このままでは特養ホームを増やすこともできない、民間の優良な低価格の高齢者住宅も育成されないということになります。要介護高齢者が生活する高齢者住宅の安定供給を、現在の特養ホームが阻害しているといっても過言ではないのです。