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コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
理解すべき高齢者住宅事業の特殊性
 高齢者住宅は、訪問介護や通所介護のように利用するサービスではなく、生活の根幹となる住宅事業です。対象が要介護高齢者の場合、「介護・看護・食事」などの生活支援サービスが一体的に提供されており、これらのサービスか止まると入居者は一日も生活を続けられません。安定的にサービスが提供されない場合、命に関わる問題に発展します。
 また、不動産事業ですから、高額な資金を借り入れ、20年を超える長期間の返済計画を立て、建物の償却は40年を超えます。「昨年は赤字だったが、今年は黒字になった」という単年度で事業の成否が判断できるわけではなく、大規模な修繕を繰り返しながら40年50年という長い期間を通して収支を予測・管理する必要があります。一定期間、事業が継続し、利益が確保されたあとでも、入居されている高齢者に対する責任は残ります。
 他業種からの参入組や医療法人からの相談が増えていますが、収支の悪化した高齢者住宅事業だけを閉鎖して、他の事業を存続させるということはできません。『超高齢社会に役立つ事業を・・』という高い理念のもとで始めたものであっても、失敗すれば、信頼して入居された高齢者の生活を根底から崩壊させることになります。サービスの継続が困難となり事業閉鎖となる場合、地域の福祉ネットワークにも影響する大きな混乱となりますから『高齢者、介護を食いものにした悪徳業者』という批判は免れません。事業の失敗は、その地域で長年培ってきた信頼を根底から失うことになります。
 高齢者住宅を建設・開設するのはとても簡単ですが、一旦開設すれば『利益がでないから撤退する』ということのできない、社会的責任の非常に重い事業なのです。
 その責任を果たすためには長期安定経営が不可欠なのですが、『高齢者が増加するから経営は安定する』と言い切れるほど単純な事業ではありません。高齢者住宅事業は経営環境が大きく変化する反面、それに対処することが難しいという他に類例のない特殊な事業だからです。
 経営環境の変化は、大きく分けると3つあります。

 一つは、サービス内容・サービス量の変化です。
 高齢者の最大の特徴は、加齢によって身体機能が低下していくことにあります。期間の差はありますが、突然死でない限り、一人で歩いていた高齢者も車椅子が必要となり、寝たきりの状態になります。排泄が自立できていた人も、トイレ介助、オムツ介助となります。同じ入居者であっても、入居期間中に必要な介護サービス内容、介護サービス量が変化するのです。
 高齢者住宅事業の場合、この個別の入所者の変化だけではなく、全体のサービス量も変化します。当初は要介護1、2程度の軽度要介護高齢者が多くても、4~5年経過すれば、要介護3~5という重度要介護高齢者が増えてきます。
 入居者や家族が高齢者住宅への入居を希望する理由は『要介護対応、終の棲家』です。『介護が必要になっても安心』と謳っているのであれば、一人、二人の高齢者が重度要介護状態になった時だけでなく、半数、2/3の入居者が要介護、重度要介護になるという全体変化を想定し、これに対応できなければなりません。

 二点目は、超高齢社会支える介護労働市場の変化です。
 介護保険制度が発足した2000年には、バブル崩壊後の長期不況に加え、高齢者介護の将来性の高さを反映して圧倒的な買い手市場でスタートした介護労働市場ですが、この10年の間に激変し、現在では多くの介護サービス事業所で慢性的な介護労働者不足となっています。景気の変動によって労働市場は変化しますが、少子化によって全体の労働者人口が減少しているのですから、優秀な介護・看護スタッフの確保がより難しくなることは間違いありません。今後は、入居希望者がいても介護スタッフが集まらないために事業が継続できない、スタッフの大量離職によって突然倒産するというケースも出てくるでしょう。
 もう一点は混乱と混迷を深める制度です。第二章で述べたように、新しいサービス付高齢者住宅制度にも矛盾は多く、今後も様々な紆余曲折が予想されます。また、介護報酬と高齢者住宅との相性も良好なものではないため、社会保障財政が逼迫する中で、現在の非効率な財政運用や制度間の矛盾は解消されることになるでしょう。高齢者介護の充実、高齢者住宅の整備は必要ですが、制度を継続していくためには膨張する社会保障費の圧縮は避けられません。それは一人ひとりの高齢者に対する社会保障費は削減せざるを得ないということです。介護報酬の方向性が、すべての介護サービス事業者、高齢者住宅事業者の経営にプラスになると予測するのは楽観的すぎます。
 全体の経営環境の方向性を考えると、経営にプラスになる変化は『高齢者が増える』『需要が増加する』というだけで、制度の方向性を含め、今よりも経営が厳しくなるというマイナス側面のベクトル・変化が強いのです。

 もうひとつ、更に難しいのは、このような流動的な経営環境に置かれている事業であるにも関わらず、一旦開設してしまうと、途中でこれらの変化に対処することが難しいということです。
 高齢者住宅への入居を検討する高齢者のニーズは、『今、快適な生活が送りたい』ということではなく、介護が必要になっても生活できるという、将来の安心に重点が置かれています。そのため、現在の有料老人ホームの入居契約は、『終の棲家』を前提とした他に類例のない終身契約が中心となっています。契約書の中には、契約内容変更について謳われていますが、契約期間中(つまり入居期間中)に契約内容を変更する場合、事前に入居者や家族に十分に説明し、その理解を得ることが必要になります。これは有料老人ホームだけでなく、高専賃、サービス付高齢者住宅でも同じです。経営環境が変わったからと言って、事業者の判断だけで一方的にサービス内容や価格を変更できるわけではないのです。
 消費者物価指数の変化を基礎とした緩やかな価格改定については想定されていますから、絶対に値上げできないという訳ではありません。しかし、高齢者やその家族は、当初の『月額18万円』『要介護状態になっても安心』ということで、年金額や預貯金等を計算して入居を決めています。経営が悪化したので来月から3万円管理費を上げるということになれば、支払えずに退居せざるを得ない人もでてきます。特に、事業計画の甘さ、経営の失敗を、安易に入居者に転嫁するような急激な価格改定やサービス変更に、同意を求めることは難しいでしょう。

 このように高齢者住宅事業は、経営環境が流動的で不安定である反面、サービス内容・価格の変更が難しいという非常に特殊で難しい事業なのです。とりあえず開設して課題が出てくれば、追々経営の中で見直していけば良いと話される方もいますが、開設すればその見直しの手段は限られているのです。
 更に、軽度要介護高齢者に対する介護報酬が削減されたり、介護保険の自己負担が2割になれば、当初のマーケティングやターゲット選定そのものが大きく変わってきますし、これからも次々と商品性の高い、新しい事業者が参入してきます。高齢者住宅事業は需要が増加する、将来性の高い事業であることは間違いありませんが、『需要が高いから事業が安定する』と言えるほど、簡単なものではないのです。