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コラム3 こんな老人ホーム・高齢者住宅を作ってはいけない
地域密着型の特定施設
 3つ目は、高齢者住宅の規模に関する課題です。
 私の仕事は高齢者住宅の経営コンサルタントですから、「高齢者住宅の開設をサポートして欲しい」という話が持ち込まれます。開設を予定している市町村の特定施設入居者生活介護の指定状況について確認すると、「今年の特定施設の指定枠は20名です」という答えが返ってきました。何故か、どのようにして定められているのかを聞くと、その市では向こう3年間で60名分としており、1年あたりで20名を予定しているとのことです。
 これは特殊な例ではありません。介護保険事業計画は3年ごとに策定されていることから、総量規制の指定枠をその中で年度毎に三分割して設定している自治体は少なくありません。
 ただ、それは事業としてみれば、「生徒数30人未満の高校なら認可してやる」と言っているのと同じです。
 「一日一組しか予約を受け付けない旅館・レストラン」というのがマスコミに登場することがありますが、利益を出す継続的な事業として行うのであれば、他のホテルには真似のできない特殊なサービスを提供し、高額な価格設定にしなければ成り立ちません。若しくは、採算を度外視した個人・家族の趣味に近いものになります。
 高齢者住宅でも同じことが言えます。定員が少なくなれば、事業としての収益性・効率性は低下するからです。
 2006年度の介護保険制度改定で、29床以下の特養ホームや特定施設を「地域密着型サービス」として新設しました。大規模な集合住宅ではなく、その地域に密着した相談しやすい、入所しやすい小さな介護拠点・高齢者住宅をたくさんつくりたいという、理念としては素晴らしいものです。しかし、実際の業務を考えると、定員数が少なくなればなるほど、施設・高齢者住宅を運営していくのは難しくなります。
 これは、地域密着型の特養ホームの現状を考えればわかります。
 第三章で、ユニット型個室の特養ホーム(介護老人福祉施設)の介護報酬単価は、介護付有料老人ホーム(一般型特定施設)よりも高く設定されていると述べましたが、地域密着型(29床以下)のユニット型個室特養ホームには、一般(30名以上)のユニット型個室特養ホームよりも、更に一人1ヶ月4万円以上の高い介護報酬が設定されています。一般型特定施設の単価と比較すると、基本単価だけで1ヶ月一人あたり7万円以上の差となります。



 高い介護報酬が設定されている理由は、それだけ多くの介護看護スタッフ配置が必要になるからです。
 29名の入居者でも、緊急対応を考えると二人の夜勤スタッフを配置しなければなりません。【10名定員×2ユニット】【9名定員×1ユニット】として、重度要介護高齢者が多くなっても安定的なサービス提供が可能な介護看護スタッフ数をシミュレーションすると、22名になります。これは入居者1.3人に1人【1.3:1配置】という、本来の指定基準の2倍以上の介護看護スタッフの配置です。民間の介護付有料老人ホームでも、これほど手厚いスタッフ配置を行っているところは、ほとんどありません。
 この地域密着型のユニット型個室特養ホームの介護スタッフ配置比率は、特養ホーム、介護付有料老人ホームの最高峰に位置すると言っても良いのですが、それは介護の効率性が悪くなるため、そのように配置しないと介護サービスがまわらないという、最低限のスタッフ配置でもあります。その他、相談員、ケアマネジャー、施設管理者なども必要ですから事務管理費相当分の費用もかかりますし、一床当たりの床面積、建設単価も上がっていきます。
 ただ、このように高い介護報酬が設定されていても、この地域密着型の特養ホームは、近隣に別途、本体の施設があり、そのサポートを受けるサテライト施設としてでないと運営することは難しいと言われています。定員が少なくなれば、収支体系、介護システムの効率性が低下するため、単独では収支が合わなくなるのです。
 これは、民間の高齢者住宅でも同じです。高齢者住宅事業は営利事業ですから、定員数に関わらず単独で収益を確保しなければなりません。特養ホームの場合、地域密着型には手厚い介護報酬が設定されていますが、一般型特定施設の介護報酬は、地域密着型でも同じ報酬単価です。地域密着型のユニット型個室特養ホームと同じ基準で同程度の介護サービスを提供する定員29名未満の介護付有料老人ホームを作ろうと思えば、その月額費用は40万円を超えるものになるでしょう。
 民間事業の場合、それは価格競争力がなくなるということです。
 新しい高齢者住宅、商品性の高い高齢者住宅は次々と開設されます。入居者・家族から見れば、同じ程度・レベルのサービスを受けても、入居一時金や月額費用が割高になります。特養ホームのように減額制度によって支払額が定められており、同程度のサービスで同程度の価格であれば、定員が少ないほうが家庭的で良いと考える人もいるでしょうが、民間の高齢者住宅で、価格が大きく違えば、それでも定員数の多寡によって選ぶという人はいないでしょう。
 これは事業の長期安定経営という側面から見ても非常に危険なことです。
 20名、25名の指定枠があるからと、それに合わせて事業計画を策定し、開設している介護付有料老人ホームを見かけますが、机上の計画では可能だとしても安定した経営は難しくなります。価格を抑えるために、スタッフの賃金を抑えることになりますし、夜勤が一人しかいないというところも多く、緊急時の対応を考えると介護システムとしても脆弱です。数年後、重度要介護高齢者が多くなれば、転倒事故などのトラブルが多発し、介護スタッフが次々と退職し、事業として継続できなくなります。
 「地域密着型(29床以下)の介護付有料老人ホーム」が成り立つとすれば、他の事業者にはない特殊なニーズを満たし、手厚いサービスを提供する一部の富裕層を対象とした超高額な高齢者住宅しかありません。
 高齢者住宅を設計する場合、適正な規模による効率性の視点は不可欠です。スケールメリットという言葉がありますが、高齢者住宅の場合、効率的な定員数が確保できないと、それは、経営できないほどの大きなデメリット・リスクとなるのです。