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クローズアップ現代 安住の地はどこに ~広がり続ける介護移住~ 2013/09/27

 安価に入居できる介護施設や高齢者用住宅の慢性的な不足から、都市の高齢者が地方で介護を受ける状況が増えている。特養の待機者が2千人に迫る杉並区では、静岡県の南伊豆町に保養型特養の建設を計画。厚労省でも都市部の高齢化対策として遠隔地介護に取り組み始めている。しかし受け入れる地方は、雇用の創出や消費の拡大といった経済的効果を歓迎する一方で、介護保険財政の悪化や貧困ビジネスの温床にならないかなど懸念を深めている。さらに、不慣れな土地でお年寄りが健康を害する“リロケーションダメージ”の問題も表面化している。老いても安心して暮らせる枠組みはどうしたら構築できるのか。都会の空き家などを利用して高齢者支援を行うNPOの実験的な取り組みや地方移住の具体例から、その方策を考える。  
【NHK クローズアップ現代 HPより】

 NHKの中で語られた介護移住の問題。ご覧になっていない方もあると思いますが、示された課題と流れは単純なものです。
 ① 都会では地価が高く、安価な介護施設や特養ホームが少ない。
 ② 都市部の自治体では、低価格での介護保険施設を地価の安い地域に建設
 ③ 受入自治体では、経済効果の反面、財政悪化の一因になることを心配
 ④ 不慣れな土地での『リロケーションダメージ』の問題も表面化
 ⑤ 住み慣れた土地で暮らせる枠組みを構築するにはどうすれば良いか
 ⑥ 都会の空家を利用して高齢者支援を行うNPOの紹介
 この『介護移住』について、色々な意見がありますが、ここではもう少し深く、『運営コスト』という視点から、この問題の本質について考えたいと思います。

 まず、要介護高齢者対象の住宅事業に必要な運営コストを考えてみましょう。
 高齢者住宅の商品性を一言で言えば、『高齢者専用 生活支援サービス付住宅』です。運営に必要なコストを大まかに分類すると、『土地・建物・設備関連費用』 + 『生活支援サービス関連費用(介護看護等)』 + 『食事サービス費用』 となります。これは、高齢者住宅だけでなく、特別養護老人ホームでも同じです。ですから、特養ホームでも、高齢者住宅でも、その建物設備・サービス内容が同じであれば、必要なコストは変わりません。
 ただ、投入される社会保障費が違いますから、特養ホームの月額費用は13万円であっても、その隣の土地に、同じ基準で介護付有料老人ホームを作れば、その月額費用は30万円以上になります。つまり、『安価な施設が少ない・・』と言っても、その差額は社会保障関係費が負担しているだけなのです。



 もう一つは、コストの内訳です。
 述べたように、特養ホームは『13万円』、介護付有料老人ホームでは『30万円』であっても、これは入所者・入居者が負担する金額であり、その運営には、一人当たり毎月50万円くらいのコストがかかっている計算になります。
 詳細なデータはありませんが、この50万円の内訳を考えると、『土地・建物・設備関連費用』は13万円程度、『生活支援サービス関連費用(介護看護等)』が30万円程度、『食事サービス費用』 は7万円といったところでしょうか。



 もちろんこれは、経験値からみた平均値であり、土地の値段によって住宅部分のコストは変わってきますし、要介護度によっても介護看護サービスにかかるコストは変わってきます。土地を購入する場合は、一時的に高額な費用が必要となりますが、施設運営は30年40年と続きますから、トータルコストを考えると、土地部分の割合はそれほど大きくはありません。また、東京は交通網が発達していますから、都心部から少し電車で走れば、都内でも安い土地はいくらでもあるはずです。
 『都会では地価が高く、安価な介護施設や特養ホームが少ない』というのは、一概に間違っているとは言えませんが、コスト全体から見ると、それほど大きな要因ではないのです。
 そう考えると、『東京都杉並区』が、なぜ遠く離れた伊豆半島の先端の『静岡県南伊豆町』に特養ホームをつくらなければならないのか全く理解できません。もっと近くに、同程度のコストで施設を作ることは十分に可能だからです。『リロケーションダメージ』だけでなく、訪問するだけで大変な時間と費用が必要ですから、地域だけでなく家族との関係も断ち切られてしまいます。
 また、自治体間の負担の問題は、『住所地特例』などで、制度設計の技術的に調整可能な問題であり、それほど大騒ぎするようなことではありません。
 このように、総コストに占める割合を考えると、都心のど真ん中の一等地と買い手がつかないような土地であれば、多少は違ってくるでしょうが、要介護高齢者を対象とした民間の高齢者住宅を都会に作っても地方につくっても、価格設定にそれほど大きな差がでるわけではないのです。

 では、なぜ、地方に低価格の高齢者住宅が増えているのか・・です。
 番組の中でも、『東京であれば30万円程度必要なのに、地方に行くと10万円台で入所できる』という家族の話が紹介されていました。それは嘘ではありません。
 その理由は、土地の値段ではなく、介護保険の適用方法にからくりがあります。

 介護付有料老人ホームに適用される一般型特定施設の報酬単価は、介護看護スタッフ、相談スタッフ、ケアマネジャー及び管理者の費用を含めて要介護3で【21000単位】、要介護5で【25140単位】です。これに対して、現在の低価格の高齢者住宅の多くは、各自宅で生活する高齢者に適用される区分支給限度額方式を採用しています。その場合、介護看護サービス費だけで、【26750単位】(要介護3)、【35830単位】(要介護5)で、これに居宅介護支援費(ケアマネジャー費用)として、【1300単位】が付きますから、その差額は、要介護3の高齢者では7万円、要介護5では12万円にもなります。
 この区分支給限度額が特定施設の単価よりも高いのは、介護スタッフが離れた自宅に訪問して介護サービスを提供するため、移動や手待ち時間など、サービスの非効率性を勘案して設定されているからです。また、特定施設の場合は、介護看護スタッフ配置が厳格に定められていますが、区分支給限度額方式では定められていません。低価格の高齢者住宅の多くでは、グループ法人が建物内に訪問介護・通所介護などのサービスを併設し、最少の人数で最も効率的に、かつ限度額一杯までサービスを利用してもらうことによって利益を得ているのです。



 しかし、このような方式は、制度上の矛盾だけでなく、入居者個々人の生活リズムに合わせたサービス提供ではなく、事業者の都合で介護サービスが提供されることになるため、介護保険制度の理念に反しています。また、監査指導の目が十分でないため、実際に適切な介護看護サービスが提供されているかわからないという指摘もなされています。
 マスコミは、『介護付有料老人ホームは高額で入所できない』『低価格でも入居できるサ高住』という思い込みで報道していますが、常識的に考えて、制度名称が代わるだけで、価格が高くなったり安くなったりするはずがありません。低価格の高齢者住宅の多くは、介護保険制度の矛盾を突いたビジネスモデルであり、自己負担を介護保険に振り替えているだけなのです。

 これは、もう一つの課題にもつながっていきます。
 テレビ番組の中では、都会の空き家を利用して高齢者支援を行うNPOの紹介が行われていました。当然、NHKもしっかり調査しているでしょうから、この事業者は有料老人ホームの届け出やサ高住などの登録など、法的に問題ない事業者であり、介護保険制度上も不正など行っていない、『低所得者のために・・』と純粋に行き場のない高齢者をサポートしている事業者なのでしょう。
 しかし、その一方で、低所得者を対象として、劣悪な環境に高齢者を押しこめ、介護保険制度を限度額まで利用させ、不必要な医療を受けさせるという社会保障制度を悪用した『貧困ビジネス』が蔓延しています。表面上は、『低所得者のために』 『行き場のない高齢者のために・・』と言っても、その実、制度の矛盾を突いて、莫大な利益をあげている事業者も少なくありません。
 また、身体機能の低下した要支援・要介護高齢者が安全に生活するためには、バリアフリーの基準や防災設備などの基準は不可欠です。同様にNPO法人が運営していた群馬県の『たまゆら』が、どのような末路を辿っていったかをみれば、わかるはずでしょう。
『空き家を活用して・・』というのは妙案のようですが、将来的に、認知症の周辺症状や重度要介護状態になった時にどのようにサポートしていくのかまで考えると、資金的にもサービス的にも、一つのNPO法人だけで対応できる問題ではありません。

 クローズアップ現代の番組の中では、この行き場のない高齢者の住まいの問題は、『いかに利用者の負担を抑えるのか・・』 『住宅サービスにかかるコストをどのようにして抑えるか』に、重点が置かれているのですが、実際は、適切なサービスを維持するには一定のコストは必要であり、問題の本質は、『運営にかかるコスト』を誰が負担するのか・・にあります。
 自己負担を社会保障の負担に置き換えて、表面上安くしているようなビジネスモデルは問題の先送りにすぎず、自己負担を子供や孫世代に押し付けているだけです。更に、その運用が不透明なだけ、劣悪な事業者の蔓延、社会保障費の搾取につながっています。

 いま、私達が立っているのは、超高齢社会の入り口にすぎません。
 今後、団塊世代の後期高齢化によって、自宅で生活できない高齢者・要介護高齢者は、爆発的に増えていきます。孤独死や介護虐待、介護心中など、悲しい事件が報道されていますが、それが本格化するのはこれからです。
 行き場のない高齢者の住まいの確保は、小手先の対応で解決できるようなものではありませんし、活用できる財源・人材なでの社会資源は、絶対的に不足しています。
 『安価に入居できる介護施設や高齢者用住宅が足りない』といった表面的、大衆迎合的な視点だけでは超高齢社会を乗り越えることはできません。大きな矛盾を抱えている特養ホームと高齢者住宅の関係や、社会福祉法人の役割を見直し、また、高齢者住宅に適用される介護保険制度の矛盾を解消し、社会保障を搾取する貧困ビジネスを根絶していかなければなりません。
 また、その運営コストや社会保障財政を考えると、『要介護状態になっても年金程度で、だれでも入れる高齢者の住まい』をつくることは不可能です。預貯金やリバースモゲージなどを活用し、特養ホームであろうと、高齢者住宅であろうと、支払能力のある人には支払ってもらう、公平・公正なシステムを作っていかなければならないのです。