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特養ホームのホテルコスト見直し の課題  ⑥      2013/12/19


前回から続く

【特養ホーム ホテルコストの課題①】の中で、低所得者対策の見直しは一定必要だ・・と述べましたが、マスコミで言われているような『高齢者にも応分の負担が必要』だという単純な話ではなく、これまでの老人福祉施策の膿ともいうべき、制度の根幹にかかる大きな弊害が隠されているのです。
 この老人福祉と介護保険の役割の混乱、セーフティネットの崩壊が、どのような社会的悪影響を及ぼしているのか、3つの課題を挙げます。

 一つは、貧困ビジネスの拡大です。
 本来、特養ホームの中で解決すべき自宅で生活できない低所得・低資産の高齢者の行き場所は、有料老人ホームでもなく、サービス付き高齢者向け住宅でもない無届施設です。この無届施設は一時期、『静養ホームたまゆら』の火災事故で社会問題となったために、届け出が進められたのですが、有料老人ホームと高専賃、サービス付き高齢者向け住宅と制度が混乱する中で、再び激増しています。この無届施設は、劣悪な環境に要介護高齢者を入居させ、生活保護費だけでなく、介護保険や医療保険を無理やり提供し(本当に提供されているのかも不明)、社会保障費を搾取する貧困ビジネスです。その金額は、一人当たり一ヶ月100万円に上るのではないかとも言われています。
 また、高齢者住宅や無届施設は入居者やスタッフが限定され閉鎖的であることに加え、要介護高齢者や認知症高齢者など入居者が弱い立場に立たされやすいことから、介護虐待が発生しやすい土壌にあります。監査指導体制が全く行き届かないために、最低限の生活が維持されているのか、虐待など人権に関わる問題が発生していないかさえ全くわからない状況です。特に、家族がいない要介護高齢者の場合、保険証や通帳さえ貧困ビジネスの事業者が管理し、その一部は暴力団などの闇組織の資金源になっていると指摘する人もいます。
 

 二点目は、高齢者住宅ビジネスの行き詰まりです。
 福祉的サポートが必要ない要介護高齢者の終の棲家の確保は、高齢者住宅で行うのが基本です。自宅で生活する要介護高齢者と同じように、必要な介護看護サービスは介護保険で、居住費や食費は個人負担しなければなりません。その上で支払能力の低い高齢者には、個別入居者の状況に合わせて家賃補助を行うというのがあるべき姿です。また、社会保障費の効率運用、介護保険を核とした周辺産業の活性化などの視点から、超高齢社会に不可欠な社会インフラとして、高齢者住宅産業の活性化、健全育成は不可欠です。
 しかし、述べたように、支払い能力の高い民間の高齢者住宅のターゲットとなる中間層が、優先的に特養ホームに入所できるため高齢者住宅の経営を脅かしています。民間の高齢者住宅でも様々な工夫をして価格を抑えていますが、一人当たり年間投入される社会保障費が150万円以上違えば、同じ土俵で戦うのは不可能です。

 もう一つは、社会保障費の無駄遣いです。
 厚生労働省は、民主党時代に緊急対策として16万床のユニット型個室特養ホームを整備していますが、その多くはセーフティネットではなく、要介護高齢者の住居を作ったにすぎません。介護付有料老人ホームと比較すると、150万円×16万床ですから、年間2400億円もの社会保障費が本来の目的から大きく逸脱して使われていることになります。
 さらに、そのセーフティネットから漏れた、行き場のない高齢者をターゲットとして貧困ビジネスが拡大していますから、その不正に使用される莫大な社会保障費は算定さえできないほど巨額なものになっています。

 何故こんなことになってしまったかと言えば、長期的視点や社会保障の全体像、公平性や効率的運用の視点からないまま、政策が年度ごとの目先の補助金ありきで進められているからです。
 例えば、マスコミ等でよく耳にする『待機者数42万人』という数字は、2009年12月に公表された調査結果ですが、それ以来数字が変わっていません。『2009年でも42万人もの人が待っているのだから、今は50万人60万人となるのか・・』と考えがちですが、その数字は申込総数であって待機者の実数ではありません。一人の高齢者が複数申し込んでいるケースや他の施設に入所したケース、亡くなっているケースも含まれています。
 『42万人の待機者がいるので緊急整備が必要だ』と民主党は、16万床の特養ホームの整備を始めましたが、そのあとで、厚労省は、丁寧に待機者管理をしている事業者をいくつかピックアップして調査した結果、実際に特養ホームの対象となる高齢者は待機者数の1割程度だと認めています。名前と生年月日で『名寄せ』をすれば、簡単に必要数は把握できるはずですが、それを後回しにして、『42万人だから・・』という間違った数字を全面に出して世論を誘導するのはあまりにも作為的です。
 これは厚労省だけでなく市町村にも責任があります。実際、一部の市町村や都道府県では、特養ホームは完全に利権化しており、行政の天下り団体となっていたり、地方議員のお財布のように使われている社会福祉法人もあります。新しい特養ホームが作れなくなると困るので、いまだ多くの市町村は丁寧に待機者数を精査していないのです。現在の社会福祉法人は一法人あたり余剰金が平均3億円、中には30億円40億円に上る金融資産を持つ社会福祉法人もあり、全国で2兆円に上ると言われています。社会保障財政が足りない、消費税アップ、保険料アップやむなしと言われている中で、あまりにも酷い現実です。

 老人福祉が不要だと言っているわけではありません。私は、社会福祉士として特養ホームで働いていましたから、家族による介護虐待や介護拒否、介護を苦にした心中など悲惨なケースをたくさん見てきました。それぞれに理由があり、それぞれに言い分があり、それぞれの悲しみがあります。介護サービスだけでは解決できない複合的な問題を抱える高齢者・家族に対し、時間をかけて話を聞いて、解きほぐしていくのが老人福祉の役割です。もちろん、効率性など求めることはできず、一つひとつのケースに非常に時間がかかりますし、警察沙汰になることもあります。
 今後、介護虐待や介護拒否、独居の認知症高齢者の問題など、福祉的な視点が必要となるケースが爆発的に増えていきますから、セーフティネットとしての福祉の役割はますます重要になることは間違いありません。
 もちろん、社会福祉法人やそこで働く相談スタッフは、解決の糸口さえ見つからないような、胃が痛くなるような福祉的課題に直面し、その課題解決に向けて昼も夜もなく働いています。ただ、そのような福祉的課題に真剣に取り組んでいる社会福祉法人ほど経営が悪化し、福祉を利権として介護時ビジネス法人と化した社会福祉法人は、高い利益をあげているのです。


 ここまで、特養ホームのホテルコストの見直しというニュースを起点に、現在の特養ホームのホテルコストやその役割・目的の混乱について6回に渡ってみてきました。
 この問題は、非常に根深い、難しい問題です。
 テレビや新聞では、よく『国民・市民』という言葉がでてきますが、社会保障制度に対して一人の国民は、『受益者』と『負担者』という相反する二つの側面を持っています。どちらの立場に立つのかで、意見は大きく変わってきます。『公平な社会保障制度とは何か』と言う課題一つにしても、それぞれに観点は違います。講演などでも、『アリとキリギリスが同じ老後だというのは不公平だ・・』という人もいました。
 ただ、社会保障は長期安定的な制度でなければならないということ、そして、今でも後世への莫大な借金で制度を運用しているということを理解しなければなりません。
 それぞれの立場で、個々の意見には反論もあると思いますが、社会保障とは何か、セーフティネットとは何かを、今一度真剣に考え再構築しなければ、直面に迫っている超高齢社会を乗り切ることはできないということは事実です。