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崩壊する老人福祉・特養ホーム      2014/05/19

 前回の「ニュースを読む・本質を知る」の中で書いた「特養ホーム入所待機者52万人 4年で10万人増」という記事に対して、批判を含め様々なところから様々なご意見をいただきました。
 批判は、社会保障の議論の中では避けて通れない問題であり、また当然です。
 社会保障財政が極度にひっ迫し、現在予定されている消費税増税だけでは穴埋めが難しいことは明らかな中で、政治家やマスコミは、「国民目線の社会保障制度改革が必要だ・・」などと言っていますが、それはそう簡単なことではありません。
 すべての国民は、社会保障制度に対して、「受益者」と「負担者」という相反する二つの側面を持っています。私も、税金や社会保険料を支払う負担者ですが、家族に難病の患者や認知症の義父を抱えている受益者でもあります。一人ひとり、それぞれの年齢や生活環境によって、受益者と負担者どちらに軸足が置かれているのかによって、意見は変わってくるからです。
 自宅で要介護高齢者を抱え、特養ホームへの入所を何年も待っている人から見れば、「特養ホームを作ってほしい・・」という意見になりますが、若者や、これから生まれてくる未来の子供たちに意見を聞くことができれば、「どうして、僕たちばかりに借金を負わせるんだ・・」ということになるでしょう。

 立場や視点によっても意見は変わってきます。
 例えば、ミクロ的な視点で見た場合、現在のユニット型特養ホームは要介護高齢者の住まい・生活環境としては理想的なものです。10人未満の少人数のユニット単位で、それぞれの個別ニーズやQOLに合わせて、介護看護スタッフによって手厚い介護サービスを受けることができます。特養ホーム団体や事業者が主張している通り、「要介護高齢者の生活環境は質の高いユニットケアであるべき・・」「複数人部屋などとんでもない。特養ホームの生活・居住環境を向上させるべき」という意見はその通りだと思います。
 しかし、社会保障制度全体としてマクロ的に現在の特養ホームの制度を見た場合、お金の使い方として公平なものか、効率的な運用なのか・・という問題がでてきます。在宅で生活する要介護高齢者と比較すると、ユニット型特養ホームの入所者には一人当たり年間180万円以上の多くの社会保障費がかかっています。もちろん、入所希望者がすべて低価格でユニット型特養ホームに入所することができるのであれば問題ありませんが、それは財政的に100%不可能ですし、現在の状況は、「運よく入所できた人だけラッキー」ということになります。
 中央政府の官僚の方の中にも、「高齢者住まい法の中で、特養ホームは高齢者の住まいとして位置付けられている・・」と勘違いして話をする人がいますが、「長期入所になることから居住性を高めなければならない」ということと、「高齢者の住居である」ということは根本的に違います。特養ホームの本来の役割は、あくまでも介護保険だけでは対応できない介護虐待や介護拒否、独居認知症などの社会的弱者に対する老人福祉施設、セーフティネットであり、そのために福祉施策として高額な社会保障費が投入されているのです。
 高齢者住宅と特養ホームとでは、投入されている社会保障費の額に大きな開きがあります。「高齢者の住宅ではないが、高齢者の住まいとしての役割をもつ・・」といった、目先の補助金を得るためのごまかしが、いつまでも続けられるはずがないのです。
 居住環境としては理想的でも、社会保障全体としてみれば、現在のユニット型特養ホームは、非常に不公平で、財政運用方法としても非効率であり、財政が極度にひっ迫する中で、長期安定的な制度だとはとても言えないのです。

 この制度矛盾は、今後一気に噴出することになります。
 前回述べたように、「特養ホームの待機者総数」という大きなくくりでみれば52万人ですが、今でも、その待機の状況や入所までの期間は大きく分かれています。低所得者でも入所しやすい複数人部屋の特養ホームには待機者が殺到し、入所まで数年待ちという状況ですが、ユニット型個室特養ホームの中でも、特に基準額以上のホテルコストが必要なところは、1~2ヶ月で入所が可能です。前回述べたように、全体の待機者数は右肩上がりで増えている一方で、東京都の足立区の特養ホームのように、入所者が集まっておらず、申し込めばすぐに入所できるところもでてきています。
 この問題はさらに大きくなります。
 2015年度を目途に、特養ホームの入所者に対する食費や居住費などのホテルコストの負担減額制度が大きく変わることが決まっています。現在の課税所得(前年度の収入)だけでなく、預貯金が1000万円以上(夫婦で2000万円以上)の高齢者は、減額制度がなくなり、第四段階の費用を支払わなければならなくなります。
 在宅で暮らす高齢者との不公平感を緩和するために必要な措置だということはわかります。ただ、現在のユニット型特養ホームの基準負担額(第四段階)は13万円ですが、ホテルコストの平均額を見ると、実質的には15万円程度の支払いは必要ですし、かつ介護保険料や健康保険料、医療費負担、おやつ代、おこずかいなど様々な諸費用を含めると、少なくとも生活費は18万円は必要となるでしょう。中には、25万円以上の『高級特養ホーム』のようなものもあります。
 特養ホームの平均在所期間は、約4年。預貯金を取り崩してその費用を支払い続けることは容易ではありませんし、残された子供や家族からすると、相続対象となる親の預貯金がどんどん減っていく・・というのは気持ちの良いものではありません。「ただでさえ少ない資産が減るのは嫌だ」「長男がひきとって親を見るべきではないか・・」といった家族の問題はさらに先鋭化していくことになり、現在よりも、低価格の複数人部屋の特養ホームに入所希望者が殺到することは間違いありません。
 また、ケアマネジャーが家族から特養ホームの入所申込みを相談された場合でも、「あの特養ホームは高い」「ここは安い」という説明をすることになります。同じ地域、同じユニット型で一方は13万円程度、もう一方は16万円ということになると、高い方の特養ホームには申し込まないでしょう。
 結果どうなるのか。
 特養ホームの待機者は現在の52万人から、この10年内に70万、80万人と一気に増えていきます。待機者が激増する中で、一部の家族に介護が押し付けられることになり、介護虐待や介護拒否などの問題は激増、低所得者にとってはさらに狭き門となり、ほとんどの人が入所できないまま亡くなるということになります。
 しかし、その一方で一部の基準額より高額なユニット型特養ホームでは入所者が確保できず、空所の特養ホームがたくさんでてくることになります。また、毎月20万程度の生活費を、余裕で負担することのできる年金額の多い元公務員や大企業の元社員、数千万円、数億円の預貯金をもつ高齢者は、申し込めばすぐに入所できるということになり、特養ホームの新規入所者はすべて、第四段階のアッパーサイドの富裕層という、考えられないような事態に陥ります。
 述べたように、在宅で暮らす高齢者と比較するとユニット型特養ホームの入所者には一人当たり180万円以上の多くの社会保障費がかかっています。ユニット型特養ホームは、セーフティネットと言う名目で莫大な社会保障費が投入されているにも関わらず、その実は一部の富裕層のための高級老人ホームという、全く制度として整合性のとれない異常なものとなるのです。

 これは、最悪の事態を想定して言っているのではありません。このまま進めば、確実にそうなります。
 そして、それは大きな社会問題となります。
 制度矛盾だけでなく、同時に、前回述べた社会福祉法人の天下りや一部の地方議員などのお財布になっている福祉利権、闇で高額で売買されている社会福祉法人の理事長職、高額の余剰金など「福祉」というベールに隠されている様々な問題についてマスコミは一気に批判の矛先を向けるでしょう。
 私が一番恐れるのはここです。
 介護保険だけで対応できない、福祉的な視点や対応は、今後ますます重要になります。
 今でも多くの社会福祉法人やそこで働く介護スタッフや相談員は、地域の老人福祉向上のために、答えの見えない制度の歪に落ち込んだ困難ケースを抱える社会的弱者のために懸命に働いています。しかし、「社会福祉法人は金儲け主義だ」「福祉とは名ばかりで解体すべきだ・・」といった社会的な風潮が高まれば、混乱する制度や厳しい労働環境の中で必死にセーフティネットを守っている職員のプライドを、根底から挫くことになります。
 老人福祉だけでなく、身体障害者福祉、児童福祉を含め現在の福祉施策は、気高い福祉の心を持った現場職員の誇りによって支えられています。その士気が下がれば、老人福祉は完全に崩壊することになるのです。