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恐い高齢者の誤薬 ~事故から読み解く2つの課題~     2015/07/04

 埼玉県熊谷市の特養ホーム「いずみ熊谷」で、昨年、入所者に別の入所者の薬を誤って与えるなどのミスがあり、2人が死亡していたことがわかった。
 報道によると、昨年12月19日、女性入所者(88)に、別の入所者が服用するパーキンソン病の薬を介護職員が渡した。女性は薬を飲み、副作用による嘔吐(おうと)が原因とみられる誤嚥(ごえん)性肺炎で3日後に死亡した。介護職員は薬を置いた別の入所者の食膳を誤って女性に渡したという。県警が業務上過失致死容疑で捜査している。
 同施設ではこれを含めて県への報告が必要な事故が計8件起きていたが、いずれも報告していなかった。県は遺族の通報で今年1月に立ち入り調査を行い、行政指導した。
(毎日新聞 7月4日) リンクhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150704-00000075-mai-soci
(産経新聞 7月5日) リンクhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150705-00000046-san-l11
(埼玉新聞 7月5日) リンクhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150705-00010007-saitama-l11
 新聞だけではなく、テレビでも大きく取り上げられた特養ホームでの介護事故のニュース。
 この施設では、この死亡事故の他に、昨年4~12月の間、◇いなりずしを食べた入居者がのどに詰まらせ誤嚥性肺炎で死亡◇入所者が転倒して腰の骨を折る◇入所者が入浴中に意識を失い救急搬送される◇職員が入所者に誤った量の薬を飲ませる◇入所者が喉に食事を詰まらせて肺炎になる……など厚生労働省令に基づく県への報告が必要な事故が8件(内2件は死亡事故)起きていましたが、適切に報告していなかったといいます。
 この介護事故から、何を読み取るべきか、2つのことを指摘しておきたいと思います。

 一つは、介護スタッフや管理者が認識している以上に、誤薬のリスクは高いということ。
 誤薬は、転倒や転落、誤嚥窒息、溺水などと同様に、発生可能性の高い介護事故の一つです。
 当該事故の原因となったような嘔吐が起こる薬もありますし、血圧の薬、心臓の薬、血糖値の薬などを飲み忘れると、命に関わる大問題に発展します。
 今回は、介護の配薬ミスによるものですが、その他、「入居者がとなりの席の高齢者の薬を間違って飲んでしまった」「食後薬がテーブルの下に薬が落ちていたのを掃除の時に気付いた」など、様々なケースが報告されています。ケアプランの中で事業者側が薬剤の管理を行っている場合、確実に飲みこむところまで確認していないと、サービス提供責任を果たしたことにはなりません。
 しかし、転倒や溺水などと比べると、誤薬に対するリスクの理解は進んでいません。
 それは、転倒や転落、誤嚥などのように、その場で大きな被害が見えにくいことや、誤薬が必ずしも、被害につながるとは限らないこと、また内的な急変が発生しても、それが誤薬によるものだと断定できないことなど、いくつかの要因があります。
 これは、誤薬に対する対策の遅れでもあります。
 特養ホームや介護付有料老人ホームで「誤薬が発生した時にどうしているか」と話をすると、「とりあえず看護師に確認する」という人が大半ですが、それだけでは不十分です。
 薬剤を処方したのは看護師ではなく医師ですから、医師に確認しなければなりません。看護師が、「一回くらいなら大丈夫じゃなぃ」「たいした薬じゃないし・・」と安易に判断して急変した場合、その看護師が法的な責任を負うことになります。
 介護スタッフも、漫然と服薬介助するのではなく、全入居者がどのような疾患で、どのような薬を飲んでいるのかについて把握し、その上で、過剰摂取や飲み忘れなどの誤薬があった場合の対応について、看護師、医師と連携し、対応マニュアルを整備しておく必要があります。

 もう一つの論点は、安易な隠蔽のリスクです。
 昨年の4月~12月の間に、厚労省令に基づく県への報告義務が必要な事故が8件起きていたということで、多いという印象はぬぐえません。しかし、報道を見る限り、この8件すべてが、事業者の法的な責任が問われるような介護事故だったか・・・というと、そうだとは言い切れません。
 例えば、「誤嚥」というのは、食材の変更や見守りなどで対応することになりますが、それでも100%予防することはできません。また、入居者の要介護状態にもよりますが、転倒による骨折、入浴時の急変なども、事業者の努力だけで回避することは難しいでしょう。
 小さな介護事故の芽を摘んでいくこと、事故リスクに対する対策をマニュアル等で徹底すること、予防対策の限界について家族と話し合い、ケアマネジメントの中で注意を喚起していくことなど、事故対策は、一つ一つの積み重ねです。

 しかし、この施設では、事故の芽を摘むのではなく、サービス改善の芽を摘むという最悪の選択をしてしまいました。
 トラブルや事故が発生すると、人はだれでも「大問題ではない」「原因は複数あり誤薬だけとは限らない」と防衛に走る傾向にあります。報道による関係者の証言を見る限り、最初は隠蔽という悪意をもっていたのではなく、「この程度なら・・」「表沙汰になると嫌だな・・」と安易に考えていたのでしょう。
 ただ、管理者や上司が一度でも隠蔽すると、その甘い認識は、一気に全スタッフに蔓延し、「この程度なら大丈夫だよね」「連絡、報告しなくてもいいよね」と、必要な報告、連絡、相談は何一つ上がってこなくなります。掃除の時に飲み忘れの薬が落ちていることに気がついてもそのままゴミ箱行き、転倒して頭を打っていても本人が大丈夫と言えばそのまま寝かせて終わりです。
 この施設では少なくとも死亡事例を含め、重大な誤薬による事故が2件発生しています。1件目の誤薬で、問題を隠蔽せずに、誤薬を予防するマニュアル・対策を検討し、徹底していれば2件目は防げたはずです。もちろん、ミスをしたスタッフにも責任がありますが、その介護スタッフを業務上過失致死罪として刑事罰にかけられるまで追い込んだのは、まちがいなく事業者、管理者です。

 また、事故は過失であっても、隠蔽は過失ではありません。
 転倒や骨折、誤嚥なでのすべての事故が事業者の責任ではありませんし、またすべてがトラブルになるわけではありません。入所時の説明やケアカンファレンスなどで、事故のリスクやその対応方法、対応の限界について丁寧に説明をしていれば、「24時間見守れるわけではないので転倒は仕方ない」と常識的に考えてくれる家族が大半です。
 しかし、「報告しなかった」ということは「隠さなければならない不都合な理由があった」と判断されます。隠蔽が発覚してから、正直に本当のことを言っていても、「この事業者は信頼できない」「もっと酷いことが行われているのではないか」「転倒事故もスタッフの介助ミスが原因ではないか・・」と、全てのサービス、全ての事故に、厳しい疑いの目が向くことになります。一度、隠蔽をしてしまえば、誰も、その事業者やスタッフの言っていることを信用しなくなるのです。

 リスクマネジメントの目的は、「入所者を守る」ということだけではありません。「スタッフを守る、事業を守る」ことも重要な目的の一つです。
 事業者、管理者のリスクに対する対策、認識の甘さによって入所者が亡くなっただけでなく、仲間である介護スタッフを犯罪者にしてしまいました。遺族からは高額な損害賠償請求が行われるでしょうし、離職率の増加だけでなく、新しいスタッフの確保は難しくなりますから、この社会福祉法人の運営は早晩、立ち行かなくなるでしょう。この施設で死亡を含めた事故が多発し、劣悪な事業者としてマスコミに大々的に報道され、事業を崩壊させたすべての原因は、「この程度なら・・」という最初の小さな隠蔽からスタートしているのです。

 何故隠蔽はいけないかと言えば、「倫理的に問題があるから」だけではありません。経営管理の視点から見ると、事業を破たんさせる最悪の選択だからです。
「ひどい施設だなぁ・・」「でも100%事故をなくすのは無理だよね・・」といった表面的な議論では不十分です。特養ホームだけすべての介護サービス事業者、介護保険施設、高齢者住宅事業者が他山の石とすべき事故、事件なのです。