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「一億総活躍社会」は誰のものか  (上)     2015/11/24


 報道によると、現在の政府の掲げる一億総活躍社会の中で、「特養ホーム」と「サービス付き高齢者向け住宅」を中心に50万人分のサービスのの強化・推進が行われるという。
 社会保障の充実や行き場のない要介護高齢者の住まいの拡充は喫緊の課題であり、これに目を向けることは必要である。しかし、このような、長期的な視点のない、場当たり的な政策では何の意味もなく、長期的に見れば害悪でしかない。

 まずは、現在の特養ホームの課題。
 自民党だけでなく、共産党から民主党まで、「特養ホームを作れ」のオンパレードだが、今の都市部の特養ホームの現状を全く理解していない。

 その理由の一つは、現在の都市部の特養ホームは、十分に機能していないということ。
 都市部のユニット型特養ホームは、待機者は多いが入所率は100%ではない。介護スタッフが絶対的に不足しており、入所者を受け入れることができない事業者も増えている。実際、開所したものの、複数のユニット、複数のフロアーが稼働していないところもある。
 これは、現在のユニット型特養ホームのシステムにも問題がある。
 現在のユニット型特養ホームの居室配置は、ユニット当たり10名の入所者と限定しており、60名の定員では6つのユニットに分かれている。しかし、ユニット単位の人数が10名程度では、見守りや夜勤などの介護効率性が低くなり、より多くの介護スタッフが必要になることがわかっている。
 通常の複数人部屋の特養ホームのスタッフ配置は実質的に【2.5:1】程度だが、ユニット型では【1.8:1】程度でないと介護システムは動かない。つまり、同じ60人定員であっても、10名程度の介護スタッフが多く必要になるということ。
 結果、経営が不安定になる社会福祉法人が増えている。
 社会福祉法人の余剰金は一法人あたり3億円、全国で2兆円。社会福祉法人の優遇が問題になっているが、その大半は地方都市の社会福祉法人である。
 その一方で、都心部の社会福祉法人、特に新しく特養ホームを開設した法人は、スタッフ不足による人件費高騰と、入所者の受入ができないため収支が悪化している。まだ、それが表面化しないのは、最初の三年間は福祉医療事業団への借入金の返済が猶予されているからだ。今でも、社会福祉法人を売りたい、特養ホームから撤退したいという声が増えている。恐らく、今後、数年の内には、都内の社会福祉法人、特養ホームでは、事業閉鎖や倒産というリスクも現実味を帯びてくるだろう。

 もう一つの課題は、特養ホームの役割の混乱だ。
 「都心部で特養ホームが不足している」という構図には裏がある。
 現在の特養ホームを開設するには、莫大な社会保障費が必要であり、在宅で生活する高齢者と比較すると、年間180万円もの社会保障費が投入されている。東京都内でユニット型特養ホームの隣に、まったく同じ基準で特養ホームを作ると月額費用はゆうに35万円を超える。重度要介護高齢者の住宅として特養ホームをつくり続けるのであれば、介護付有料老人ホームなど民間の高齢者住宅の社会的役割はない。
 更に問題は、現在の特養ホームは莫大な社会保障費を投入しているにもかかわらず、富裕層が優先で、低所得・低資産の高齢者は極端に入所できないということ。
 「低所得者は特養ホームで、富裕層は民間の介護付有料老人ホームへ」と考えている人が多いが、実際は全くの逆転現象ができている。
 現在のユニット型個室特養ホームの基準額は、家賃や食費を含めて月額14万円程度だが、都心部では建築費が高騰しているため、実質的に17万円~18万円程度になっている。これに医療費や健康保険料、介護保険料を加算すると、月額の生活費は20万円を超える。低所得者に対する減額措置もあるが、低所得者を入所させると収支がさらに悪化するため、後回しにされ、富裕層しか入所していない特養ホームも増えている。
 現実的には、家族からの金銭的な支援がないかぎり、減額措置のある第三段階までの高齢者の多くは、ユニット型特養ホームに申し込むことさえできない。つまり、年金が250万円~300万円あるか、預貯金が数千万円ある高齢者しか、都心部のユニット型特養ホームには入れないのだ。

 これらの問題は、厚労省もわかっている。
 特養ホームは高齢者住宅ではなく、老人福祉施設である。「要介護」だけでなく、自宅での介護虐待や介護拒否、独居認知症高齢者などの福祉的な視点からの支援が必要な「要福祉」の高齢者の施設だかこそ、年間180万円も余計に社会保障費が投入されているのだ。
 しかし、現実的には、虐待事件は激増しているものの、今や特養ホームにその福祉的な視点は全くなくなっており、重度要介護高齢者の住宅に舵は切られている。現在の制度のもので、特養ホームをつくっても、莫大な社会保障費の浪費になるだけで、福祉対策、介護対策、どちらにも役に立たない。
 それでもこの特養ホームをつくり続ける。それは、「特養ホームをつくる」と言えば、それだけで「福祉や介護に力を入れている」かのような素振りができること、そして、それは巨額の補助金を産む、厚労省の利権となっているからだ。
 これは、自治体も同じだ。
 「今なら、一床あたり400万円の補助金がでます」と喜んでいる担当者に、「その特養は2年程度で閉めるのか」「このままでは介護保険財政は本当に大変ことになる」と問えば、「保険システムだから破綻しませんよ。介護保険料も自己負担も二倍、三倍になるでしょうけどね・・・」とどこ吹く風だ。彼らも公平、公正に、効率的、効果的にお金を使う気が全くない。これが、今の地域包括ケア、地域マネジメントの実態である。
 確かに、この数年後には、保険料も二倍・三倍、自己負担も二割・三割になることは避けられないだろう。それが前提であるならば、ユニット型の特養ホームに入れるのは、高額な退職金と300万以上の年金をもらえる人しかいない。
 そう考えれば、公務員や政治家は自分達のためにだけ、高級なユニット型特養ホームを作っていてると言われても仕方ないだろう。

 「特養ホームに入れない=特養ホームが足りない」ではない。
 いまでも、富裕層は家賃の高い特養ホームに申し込めば一ヶ月以内で入所できる。その一方で、待機者の大半はこの高額な特養ホームに入れない低所得者層の人達であり、この人達の待機期間は、3年5年とこれまで以上に長くなっていく。
 現在、特養ホームの個室割合は70%を超え、中間層以下の人達が入れる特養ホームは、全体の3割ではしかない。現在の制度で特養ホームを作っても、非効率で不公平な財政の無駄になるだけで、福祉施策にも介護施策にも全く寄与しないのだ。
 「今なら、割増で補助金がでる」「国や自治体の持っている土地を貸与する」「賃貸でも開設できるようにする」などとアピールしているが、その恩恵を受けるのは、一定以上の富裕層だけである。人材、財源ともに厳しさを増す中で、二重三重の優遇施策を施して、富裕層を対象とした老人福祉施設を、莫大な借金をして作っている国は日本だけである。

 政府の掲げる一億総活躍社会は誰のためのものだろうか。
 その活躍すべき人の中に、一般の市民は入っていないということだろうか。