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「一億総活躍社会」は誰のものか  (中)     2015/11/26


 政府は、「一億総活躍社会」の一環として、特養ホームと共にサービス付き高齢者向け住宅に対する補助金も増やす予定だという。サービス付き高齢者向け住宅は、「サ高住」という略称とともに、テレビや新聞などでのニュースでも頻繁に取り上げられ、有料老人ホームと区別され、低価格の高齢者住宅として認知されてきている。
 しかし、この「サービス付き高齢者向け住宅」も課題が山積している。制度だけでなく、商品としても、非常に不安定なものであることをこれまで幾度となく指摘してきた。
 現在、補助金を使って作られたサ高住の大半は、確実に経営が行き詰る。
 この問題の本質は、有料老人ホーム、サ高住と個別に見ていては理解できない。
 まず、ここでは高齢者住宅に関連する制度の根本的な課題について整理する。

 民間の高齢者住宅が健全に育成、発展するために、法体系・制度設計が果たすべき役割は大きく分けて二つある。
 一つは、「入居者の保護」。
 高齢者住宅や高齢者施設は、
  ①「身体機能の低下や認知症などで判断力の低下した高齢者である」
  ②「行き場がないために入居者や家族が弱い立場に立たされやすい」
  ③「スタッフや入居者が限定されるために閉鎖的になりやすい」
 という3つの特徴がある。もちろん、個別の事業者、経営者の課題もあるが、高齢者住宅や高齢者施設で虐待や隠蔽が多発している背景には、この事業特性にある。またそれは虐待だけではない。感染症や食中毒が蔓延すれば、重篤化するリスクが高く、火災や地震が発生すれば大災害に発展するリスクが高くなる。
 業界が健全に発展し、高齢者や家族が安心して入居・入所するためには、行政による一定の強制力を持った「基準の設定」「指導監査」などの「入居者保護対策」が不可欠である。
 もう一つは、「公平な競争の担保」。
 高齢者住宅や介護サービス事業は、「社会保障制度を収入の基盤とした営利目的の事業」という、他に類例のない非常に特殊なビジネス・事業である。民間企業の活力によって産業を発展させていくためには、法体系を整備し、公平な競争が行われることが前提となる。
 法律の理念を無視し、制度矛盾をついた事業者だけが高い利益を上げ、真面目にやっている事業者は不利益を被るというのでは、業界の健全な発展などとても望めない。
 この「入居者保護」「公平な競争の担保」が高齢者住宅の制度設計の目的・根幹である。それさえ適切に行われれば、劣悪な業者は排除され、民間企業が努力、工夫、競争して、高い商品性やノウハウを開発していただろう。
 しかし、厚労省と国交省は、これまで、この二つの指針を真っ向から否定するような政策をとってきた。単なるバラマキやハコモノ政策に終始し、「制度は何を目的とするのか」「行政の役割は何か」ということを無視して政策を推進してきた。その結果、入居者に対する虐待や介護報酬の不正利用、優良企業の倒産など、様々な課題が噴出することになる。

 一つは、入居者保護施策の崩壊。
 現在、高齢者住宅には、厚労省の有料老人ホームと国交省のサ高住の二つの制度がある。
 有料老人ホームの制度の目的は、「入居者保護」であり、一方のサ高住の本来の目的は、高専賃や高円賃から続く広報の制度であり、その制度の役割は基本的に違う。
 しかし、何故か広報の「サ高住」に登録した高齢者住宅は、有料老人ホームの届け出が不要という非常に歪な関係にある。国交省は補助金の拠出を目的に「サ高住」という制度をつくり、事前の届け出も確認も必要なく、誰でも簡単に高齢者住宅産業に参入できるようにした。つまり、サ高住を入居者保護の対象から外してきたのだ。
 法律上は、サ高住も立ち入り調査などができることになっているが、何を基準に調査するのかも決まっておらず、その体制も整っていない。開設時に基準に適合しているのか、情報開示は適切に行われているのかといった事前の協議もなく、定期的な監査や指導も行われていない。スタッフや家族の通報により、酷い虐待や身体拘束などのトラブルが報告されたときだけ、場当たり的な立ち入り調査、書面での指導が行われるにすぎない。
 また、この二つの制度間の混乱・ひずみで激増しているのが無届施設だ。
 現在、全国で、有料老人ホームやサ高住に届け出や登録をしていない無届施設が1000施設を超え、そこで暮らす高齢者は数万人に達している。そこでは、身体的な虐待や金銭を搾取するなどの経済虐待が横行しているが、まったく第三者の目が入らないために、何が行われているのかさえわからない。有料老人ホームの方が虐待や事件が多いように報道されているが、それはまだ事件が表面化するからだ。サ高住や無届施設の場合は、その指導や監査の体制さえないため、ホッタラカシの状態になっているのだ。
 これは、虐待の問題だけなく、感染症や食中毒の届け出、骨折や死亡事故などの報告、防災設備や防災訓練などの実施などでも、同じことが言える。サ高住や無届施設では、基準がないため、大半の事業所で報告も訓練もまったく行われていない。
 本来、民間の高齢者住宅の増加に伴い、入居者保護の体制、制度をしっかり整えなければならなかったのだが、厚労省、国交省にまたがる制度の歪みの中で、入居者保護施策は有名無実化しているのだ。

 もう一つの問題が、「公平な競争」の崩壊だ。
 マスコミ等でさかんに、「有料老人ホームは25万円程度」「サ高住は16万円程度」などと報道されているが、常識的に考えて、「有料老人ホーム」から「サ高住」と制度名称が変わるだけで、10万円近くも価格が下がるはずがない。無届施設に至っては、10万円台前後で提供されているものもあるが、要介護高齢者を対象とした「食事付、介護付」のまともな住宅がその価格で提供できるものか考えればわかるだろう。
 なぜ、そんなことができるかと言えば、介護保険適用の歪みがあるからだ。
 介護付有料老人ホームに適用される介護報酬の特定施設入居者生活介護と、サ高住で使われている区分支給限度額を比較したのが以下の表だ。その差額は、入居者1人、一ヶ月あたり、要介護3で約7000単位(7万円)、要介護5では12000単位(12万円)となる。



 区分支給限度額は、一般の自宅に個別訪問するための介護報酬で、一軒一軒、離れた家庭にホームヘルパーが訪問するその非効率性を加味し、報酬単価が高く設定されている。一方の介護付有料老人ホームは、要介護高齢者が集まって生活しているために移動などの時間がないために、介護報酬が抑えられている。
 しかし、多くのサ高住では、区分支給限度額方式で算定しているものの、一体的に訪問介護を併設し、介護付有料老人ホームと同じように、介護スタッフが臨機応変に動き回るという介護システムを取っている。更に、その介護時間やケアプランを無視した不適切な運用が横行しており、実際に行われていない介護サービスの報酬を請求するなどの不正が日常的に行われているところも少なくない。
 医療法人の運営や診療所が併設されているところは、これに医療保険が加わる。内科や歯科、精神科といった訪問診療が繰り返し行われ、中には、一月あたり50万円、100万円単位の診療報酬が請求されているところもある。
 これを「囲い込み」と言う。入居者の負担が安いだけで、その数倍の費用が社会保障費に不正につけ回されているというシステムだ。
 もちろん、これらは違法行為だが、述べたように指導監査体制が崩壊しているために、野放しになっている。特に、無届施設や一部のサ高住では、酷い押し売りの介護や医療が当然のように行われている。「生活保護など低所得者にも配慮」等といっている事業者もあるが、生活保護受給者は介護も医療も自己負担がないため、やりたい放題になっているのが現実だ(このあたりの仕組み、課題についは、拙著「高齢者住宅があぶない」に書いた)。

 政府は、指導監査体制の強化を掲げ、市町村も指導できるようにするとしている。
 しかし、述べたように目先の補助金ほしさに無理やり制度を歪めてきたのは国交省である。「低価格の高齢者住宅」と言えば聞こえが良いが、その「囲い込み」が前提として商品設計が行われている。不正だと認定すれば、高額の値上げか倒産しか道は残されていない。
 ただ、市町村も都道府県も強く指導や監査を行えば、入居者は行き場を失うことになる。入居者が人質になって、違法行為が大手を振ってまかり通っているのが現実で、開設後に適切な指導監査などできるはずがないのだ。

 これは、莫大な金額の社会保障費が不正に使われているという問題だけではない。
 高齢者住宅を法律に基づいて適切に運営しようとすれば、建物設備、食事、生活相談、介護看護サービスなどのコストは必ず必要となる。これは有料老人ホームでもサ高住でも無届施設でも同じだ。
 介護付有料老人ホームは、老人福祉法によって、不正がないよう開設前に厳しいチェックが行われ、特定施設入居者生活介護の指定が必要なため、人員配置も介護保険法によっても厳格に規定されている。しかし、一方のサ高住は、述べたように指導や監査体制もなく、介護保険法上の規制も全く行われていない。
 結果、不正の横行する「囲い込みありき」のサ高住に、介護付有料老人ホームの経営が圧迫されている。この数年で、有料老人ホームの倒産が増えることは避けられないが、その理由の一つはここにある。法律を遵守し適切に運営している介護付有料老人ホームの事業者が、法律や制度の不備を突いた一部のサ高住や無届施設に駆逐されるというとんでもない事態に陥っているのだ。

 そもそも、サ高住と有料老人ホームの制度の違いは説明できるが、何故、二つの制度が必要になるのか、そのメリットはどこにあるのか、誰にも説明できない。
 なぜ入居者保護の基準の高い有料老人ホームには補助金がなく、誰でも簡単に開設できるサ高住には補助金が出されているのか、誰か説明してくれないだろうか。