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「Sアミーユ川崎幸町」における殺人事件について     2016/2/16


 川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」において三人の入居者が転落死した事件で、この有料老人ホームで働いていた元職員が逮捕された。ひとりの男性入居者の殺害だけでなく、二名の女性入居者の殺害についても関与を認めているという。転落死亡事故ではなく、職員による連続殺人事件であることが明らかになった。
 当初からこの連続転落事故は、通常の事故だと考えるのは不自然な点が多かった。私だけでなく、恐らく大半の人がそう考えていただろう。
 ただ、この「Sアミーユ川崎幸町」の運営会社である積和サポートシステムは、全国で最も多くの有料老人ホームやサ高住を展開する「㈱メッセージ」の子会社の一つである。殺人事件が発生したのが、経営ノウハウのない新規参入の小さな事業所ではなく、リーディングカンパニーであったことに、大きなショックを受けた。
 もちろん、殺害を行った23歳の男性職員に最大の問題があることは言うまでもないが、見えてくるもの、考えるべきことはそれだけではない。
 この事件について、その背景と責任、課題について、整理する。

 まずは、背景について。
 このメッセージグループは、都心部だけでこれまで一年間に50棟を超える高齢者住宅を開設してきた。しかし、どうしてそんなことができるのか、そんなことが実際に可能なのかという疑念はこれまでもあった。
 高齢者住宅は建設することは簡単だが、良質のサービスを提供し、安定的に運営するのはそう容易ではない。それは、サービスの基礎となる優秀なスタッフを育てるには一定の時間がかかるからだ。特に、施設長などのサービス管理責任を担うことのできる職員を育成するには、長い経験と知識、技術が必要となる。
 しかし、このアミーユでは、短期間での拡大路線を続けたために、施設長・管理者といっても経験も知識も乏しい人が多い。サービスの質をチェックしたり、新人スタッフを教育するだけのノウハウもない。実際、話をしていても、サービス管理者・高齢者住宅のプロというよりも、入居者確保・スタッフ確保に走り回る営業マンに近いイメージを受ける。

 「介護スタッフの給与が安いのが背景にある」「介護報酬が低いのが問題だ」などと言う人がいるが、これは明らかな間違いである。確かに、高齢者介護と言う仕事は、肉体的にも精神的にも厳しい仕事である。その介護の専門性を報酬としてもっと高く評価してほしいと考えているが、介護報酬の低さと職員による虐待や殺人とは何の関係もない。
 そもそも「高齢者介護」というものか理解せずに仕事を始めたわけでも、事前に約束された給与や待遇が与えられなかったというわけでもないだろう。もし、自分のもっていたイメージと違うのであれば退職すれば良いし、管理者に不満があるのであれば、他の介護系企業に転職すればよい。有効求人倍率は高く、介護労働市場は引く手あまたである。何の罪もない要介護高齢者に暴力をふるったり、殺害しなければならないほどの、強いストレスなどあるはずがない。「給与が安いので虐待が起きて当然だ」など賢しらに言う人こそが、その専門性を毀損していると考えた方が良い。
 また、このメッセージは上場企業であり、毎年40億円超える経常利益を上げている。
 「介護報酬の低さが原因だ…」などというのは、全く当てはまらない。
 この事件の背景にあるのは、急拡大路線の中で、ガバナンス、コンプライアンスといった基礎となるべきサービス管理が全く行き届いていなかったということだ。これまで、メッセージは、業界団体で主要なポジションを占めるなど、リーディングカンパニーとして業界内での発言権も大きく、立派なことを言う人が多かった。
 厳しい言い方だが、やってきたことを見ると、適切なサービス管理を放棄して、利益優先で事業規模だけを拡大させてきたそのツケが回ったと言われても仕方ないだろう。

 もう一つは、責任について。
 これは元職員の男性個人による殺人事件である。
 もちろん、業務上の事件であるることから、運営会社である「積和サポートシステム」も使用者責任を問われ、死亡された入居者の家族に対して、相応の損害賠償の責任を負うことになるだろう。
 しかし、それだけで済むのだろうか。
 被害者は3名である。
 1人目は11月4日  午前1時40分頃 (要介護3の男性 87歳)
 2人目が12月9日  午前4時10分頃 (要介護2の女性 86歳)
 3人目が12月31日 午前1時55分頃 (要介護3の女性 96歳)
 介護付有料老人ホームの対象者は要介護高齢者であり、認知症の高齢者も含まれることから、建物設計上、入居者の生活の安全性については十分に検討されている。歩行中の転倒事故や誤嚥・窒息などの事故は発生するが、認知症などで極度の興奮や自殺願望がない限り、要介護2、要介護3といった要介護高齢者が、自ら高いベランダの柵を乗り越えて転落するというような事故は聞いたことがない。
 もちろん、絶対に発生しないというわけではないが極めて異例である。少なくとも、その入居者がベランダ柵を越えて転落するようなリスクのある高齢者なのか否かは、スタッフはわかるはずだ。疑問が生じるのは、このように極めて稀な死亡事故であるにもかかわらず、十分にその原因究明が行われていないということだ。通常、身体的に自ら乗り越えることが難しいのであれば、誰かに落とされたのではないかと考えるのが通常の感覚である。外部からの侵入者や他の自立度の高い入居者とのトラブルを含め、事件性を疑うべきだろう。そうでなければ、建物設備の安全性を含め「何故、転落したのか」を真剣に見直さなければならない。
 しかし、そうこうしている間に、その一か月後に二件目の事件が発生する。
 報道が正しければ、どちらも自力でベランダの柵を乗り越えることは不可能だという。
 更に、その約一月後に、第三の殺人事件が発生する。
 一件目が発生した時に、殺人の可能性が高かったにも関わらず、サービス管理者や企業が、全く必要な対策を採らなかった。原因究明や適切な対応を取っていれば、恐らく、二件目の事件は防げただろう。少なくとも、確実に第三の事件は起こらなかったはずだ。
 もうそれは、サービス管理やコンプライアンスというレベルの話ではない。
 特に、この事業所では、窃盗や複数の職員による虐待が頻発しており、全体として極めて劣悪なサービス状態だったことがわかっている。運営企業として、入居者の生命をあまりにも軽視していると断罪されても仕方なく、民事(損害賠償)だけでなく、刑事的な責任(業務上過失致死になるのかわからないが)を問われるべきだろう。
 ただ、その責任は運営企業だけではない。
 行政や警察がどう対処していたのか、という疑念も残る。
 一件目から明らかな不審死である。今回、三件連続して発生したために問題が明らかになったが、もし、一件目、二件目だけであれば、事故として処理され、この男性職員は、この事業所で、介護業界で働き続けていたのだろうか。「全国の高齢者住宅での原因不明の不審死はどれくらいあるのだろう」「表面化しないだけで、ほかにも・・・」そう思うとそら恐ろしい。

 ここまで、その背景と責任について述べてきた。
 ただ、この事件は、「アミーユ」だけでなく、現在の高齢者住宅業界や制度が抱える大きな闇の中で発生したものだともいえる。
 昨年に、警視庁の殺人捜査を担当する刑事さんと、この事件について話をすることがあったが、「閉鎖的な環境の中で行われてもので物証は何もない。本人の自白がなければ、逮捕するのは難しいだろう」という見解だった。
 その言葉の通り、高齢者住宅や介護保険施設は、入居者やスタッフが限定される非常に閉鎖的な空間であり、一旦入居すると行き場がなく高齢者や家族が弱い立場に立たされやすいこと、入居者が認知症などで自分の意見を言えないことなどから、暴行や虐待などの事件が発生しやすい環境にある。それが、最悪の形で現れたのが今回の「Sアミーユ川崎幸町」での職員による入居者連続殺人事件だと言える。
 しかし、問題はこれがリーティングカンパニーであるメッセージのアミーユで明らかになったということだ。述べたように、アミーユは低価格路線を武器に全国展開・拡大してきたが、全体として見れば「悪徳業者」でも「素人経営」でもない。また、指導監査体制の整わないサ高住ではなく、法令違反の無届施設でもなく、基準に基づいて適切に届け出された介護付有料老人ホームである。そこでさえ、このような殺人事件が連続発生したということが驚きなのだ。
 現在経営されている高齢者住宅の中には、アミーユとは比較にならないほど経営体質が脆弱でサービス管理が劣悪な事業者も少なくない。言い換えれば、表面化している虐待や事件は氷山の一角で、激増している素人経営のサ高住や貧困ビジネス化している無届施設では、どのようなことが起っているのか、何が行われているのか全くわからない。更にひどいことになっていることは間違いないだろう。
 その原因は、高齢者住宅は数だけば増えてきたが、厚労省の主管する有料老人ホームと国交省のサ高住の歪みの中で、その指導や監査体制、チェック体制、情報開示はまったく進んでいないことにある。制度の混乱の中で無届施設が生まれ、入居者への虐待が明らかになっても、省庁間、国と自治体との間で責任の押し付け合いが起こっているのが現実であり、その歪みはますます拡大している。

 この殺人事件は、一人の職員の殺人事件、一企業の問題として捉えるだけでは、解決策を見いだすことはできない。間違いなく、運営会社だけでなく、国も含め高齢者住宅の育成に対する無責任体質が生んだものである。制度の枠を超え、届け出制度や指導監査体制を整え、入居者や家族からの不安や苦情を受ける体制を構築し、情報開示や開かれた環境作りを推進しなければ、今後、何度もこのような事件は発生するだろう。
 国や自治体は、今回の殺人事件に対する自らの責任を十分に認識し、「地域包括ケア」「施設から住宅へ」というお題目ではなく、「補助金施策」「利権争い」ではなく、制度を根本的に見直し、その健全な育成、入居者保護のために真摯に取り組むべきだ。