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社会福祉学の課題と未来について語ろう


 財務省が、2040年を目途に、現在の私学の四割に相当する250校、学部定員にして14万人程度を削減する方針を示し、大学関係者に大きな衝撃を与えている。文科省は「機械的に判断するのではなく、分野や地域のバランスを図ることが必要」としているが、反対の声は広がっていない。
 18歳人口は、1992年の205万人から2024年には109万人と半減する一方で、規制緩和により大学数は1.6倍となっており、結果、私立大学の53%が定員割れに陥っている。全入時代の弊害で少数や分数の四則計算もできないなど大学生の学力低下は著しく、キャリア官僚天下りの名ばかり教授の受け皿のための私学助成は年間3000億円規模に上る。何をか言わんや・・・
 この問題は、社会福祉学、ひいては介護人材の確保の未来にも大きく関わってくる。
 現在、社会福祉学が学べる四年制大学は全国で161校、短期大学は231校にのぼり、文科省は「地域の医療・福祉、社会インフラを支える人材輩出機能を持つ大学の維持する」としているが、社会福祉学部は平均を超える63%が定員割れを起こしている。
 ここでは、大学教育における社会福祉学の課題と未来について語ろう。

 社会福祉学部に学生が集まらない主たる要因として、「学生から介護労働が敬遠されているから…」という分析は間違いではないだろう。社会福祉士、介護福祉士など介護の専門性を適切に評価してほしいという主張は、全面的に賛同する。ただ、「介護給与は低い」「介護はブラック」と言われる要因の多くは偏ったものであり、介護労働に対する違う側面からの評価も必要だ。
 国家資格者である介護福祉士の労働環境の特徴は4つある。

① 男女の性差・学歴・企業規模などに左右されない
 「介護給与はその他産業の平均よりも100万円低い」と口を尖らせて介護労働の低賃金を嘆く声は多いが、比較対象となる介護労働者の勤続年数は半分程度であることは知られていない。また、一般企業の場合、同じ40代であっても、「産業」「大卒・高卒」「男・女」「大企業・小企業」などによって、年収は150万円以上違うため、「他の産業との平均」とすることに意味はない。
 一方の介護労働は介護報酬を土台としており、夜勤の有無や事業種別、保持する資格などによって待遇の差は生じるが、「大卒・高卒」「男・女」「大企業・小企業」による格差はない。「20代」「高校・短大卒」「女性」などで比較すると、一般企業の平均よりも介護福祉士の方が給与は高くなる。

② 全国どこでも一定の条件で働くことができる
 一般職種の場合、「企業の一員として働く」というイメージが強い。成果主義へのシフトが進んでいるとはいえ、営業職や特殊技能のある人を除いて、日本企業の基本給は勤続年数によって上がるのが一般的だ。ヘッドハンティングでない限り、30代、40代で転職することは容易ではなく、リストラや倒産となれば、同じ職種、同程度の賃金の仕事を見つけることはできない。
 一方の、介護や看護などの専門職種の場合、サラリーマンであっても「専門職種につく」という側面が強い。介護の仕事は、全国どこにいっても、どんな小さな町であっても、見つけることができ、一定のブランクがあっても国家資格の価値が下がることはなく、一定の給与水準は確保される。

③ 高齢者になっても、一定以上の給与水準で働くことができる
 一般職種で定年退職した場合、希望する仕事を探すことは難しくなるが、介護の専門職種であれば、一日3時間~4時間、週二日~三日という自分の都合に合わせて、平均以上の賃金で働くことができる。「介護は肉体労働なので高齢者には厳しい」という人がいるが、70歳でも訪問介護員をしている人は多いし、ケアマネジャーなどの資格を取れば、年齢を問わず求められる範囲はより広がる。

④ 景気変動や産業構造の変化に左右されない
 景気は波のように変動するため、一般企業ではボーナスカットやリストラ、倒産のリスクが高い。
これに加え、第四次産業革命と呼ばれる巨大なコンドラチェフの波によって、いまある職種のうち約半数の仕事がロボットやAI、ITによって奪われると試算されている。言い換えれば、いまの知識、技術、ノウハウの市場価値は、今後、大きく低下する可能性が高いということだ。
 これは一般企業だけでなく公務員も同じ。特に地方公務員は、自治体の財政悪化によって給与は上がらなくなっている。これから10年の間に破綻する市町村は二割~三割に上るとされており、そうなれば昇給どころか、現在の給与水準さえ維持するのは難しい。
 介護業界でもデータ化、ロボット化が進むと言われているが、あくまでも介護労働者の支援であり、介護労働そのものがロボットにとって代わるわけではない。介護福祉士という国家資格の価値は、今後も下がることは決してない。それが50年後まで確約されている仕事は介護以外にはない。

 高齢者介護は、超高齢社会において最強の働き方だというつもりはない。
 ただ、このように整理すると、産業構造の変化や景気変動に左右されず、全国、どこでも、いつまでも働くことのできる、この先50年後まで最も安定した仕事だということは間違いないだろう。また、介護業界は慢性的な人材不足、特に管理職が絶対的に不足しており、30代で管理者になる人も多い。法人にもよるが、他業種の30代の平均年収よりも、100万円以上高い。
 では、なぜ、いま介護労働はブラックだと言われているのか。
 それは、素人経営者が多いからだ。「介護はブラック」というのは「営業はブラック」「建築業はブラック」と言うのと同じで、介護業界ほど事業者によって労働環境が違う業態はない。少ない人員配置でキャパを大きく超える認知症高齢者、重度要介護高齢者へのケアをしなければならず、コールに怯えて走り回らなければならないのは、その経営者、事業者の責任だ。
 また、介護報酬が介護労働者の手に渡らないのは、ビジネスモデルが脆弱であること、派遣労働・紹介労働が増えていることなど他の要因が大きい。大規模事業者でも報酬が介護現場に還元されず、一部の経営者や株主に介護報酬画流れる仕組みになっている。この介護労働の特性、介護業界の課題を直視せず、「学生から介護労働が敬遠されているのは、介護報酬が低いからだ」と、いつまでも他責にしているだけでは、介護労働の未来も、介護業界の未来も見えてはこない。
 この話は、他のコラムでも述べているため、本論の主たるテーマではない。
 なぜ、前置きで、長々とこんなことを述べたのかと言えば、仮に介護報酬があがったとしても、今のままでは、大学で社会福祉学を学ぶ魅力がなく、優秀な学生が増えるとはとても思えないからだ。

 社会福祉学の大学教育の役割は二つある。
 一つは、介護や福祉などの専門性を持った人材の育成。
 福祉系大学・短大には、社会福祉士や精神保健福祉士、介護福祉士の養成施設としての側面があり、専門課程をもった大学や短大を卒業することが、一つの受験資格となっている。
 もう一つは研究機関としての役割だ。
 社会保障政策、特に高齢者施策は、介護保険制度が発足した2000年以降、大きく変貌するとともに、財政問題を含め様々な社会課題が噴出し、その学術的・臨床的な分析・評価は不可欠なものとなっている。大学の本来の役割・目的はこちらにあると言っても良い。
 つまり、社会福祉学の役割、ポテンシャルは高いものの、この二つの機能が、うまく連動して発揮されていないところに、社会福祉学部に優秀な人材が集まらず、かつ、その未来が見えない最大の要因だといってよい。

 「日本ソーシャル教育学校連盟」の調査によれば、全国の介護福祉士養成課程を持つ大学・短大の定員割れは74%とその他の学部よりも20%以上高い。私学助成が減額となる定員充足率が90%以下の大学・短大も、全体62%に及び、募集停止になるとこも増えている。
 もちろん、表面的には「学生から介護労働が敬遠されているから…」という理由もあるだろう。
 しかし、この先、介護報酬が上がれば、社会福祉学が再び脚光を浴び、優秀な学生が集まる日が再びやってくるのか…と言えば、その見込みは小さい。本質的な理由は、わざわざ高いお金を出して、福祉系の大学・短大に進学しなくても、特養ホームなどで三年働きながら、その間に実務者研修(もしくは基礎研修+喀痰吸引等研修)を受講すれば、同じように受験資格が得られるからだ。
 介護経営から見てもそのメリットは少ない。「短大・大学を出た即戦力の介護福祉士がほしい」という介護経営者がいるが、プロの介護経営者からみれば、現状においては、その魅力を感じない。例えば、20歳の短大卒の「介護福祉士」と、18歳の高卒で「3年間働いて実務者研修を受けて介護福祉士の資格を取りたい」という二人の求職者がいれば、迷うことなく前者を選ぶだろう。
 入社時の介護知識・技術については大きな差があるが、求める人材は即戦力ではなく、事業所の理念を共に体現してくれる職員だからだ。法人の支援によって、後者が三年後に介護福祉士の国家資格に合格すれば、21歳で優秀な戦力というだけでなく、一定の責任を与えられるリーダーになりうる。
 しかし、同じ年齢でも短大卒の介護福祉士一年目では、まだ新人に毛が生えた程度でしかない。
 四年生の大学を卒業すれば、新人介護福祉士として介護現場にでるのは22歳だが、高卒・同い年の介護福祉士がその教育担当をすることになるだろう。他の業界と違い、四大卒、短大卒の介護福祉士よりも、高卒・未経験で働きながら介護福祉士を取得したほうが、昇進が早く、給与・待遇も高くなる。
 大きな声では言えないが、これは年齢もある。介護福祉士は女性の割合が高く、かつ専門職種であるため、結婚・出産などの20代での離職率が高い傾向にある。それが避けられないのであれば、少しでも長く、働いてもらうには「高卒の介護人材を一から育てるほうがよい」となるのだ。

 理由は違うが、社会福祉士の養成も同じことが言える。
 相談員に欠員が出た場合、内部から「相談員になりたい」という人がいれば第一候補。新規で採用するとしても、社会福祉学部の新卒の社会福祉士を採用するか、もしくは、無資格でも他の業界からの転職者にするかと言えば、わたしなら後者を選ぶ。もちろん、人物本位ではあるものの、介護現場にいるときはそうしていた。それは、「相談援助技術」「老人福祉・介護保険等の知識」は後からでも取得できるが、トラブルやクレームへの対応、現場との調整にはそれ以外の「社会性」「人間力」が重要になるからだ。
 精密機器の営業職だった人、音楽関係の仕事をしていた人、祇園のクラブでホステスをしていたという女性もいた。彼ら、彼女たちがなぜ、介護の仕事を志したのか、その話は千差万別であり、興味深い。四半世紀前に採用に関わった彼らはみな、管理職を経験したあと、法人の幹部職員となっている。女性は、介護福祉士、社会福祉士、ケアマネジャーなどの資格を取得し、相談・ケアマネジャーを統括しているときく。かくいうわたしも、経済学部を出た銀行員だが、介護現場で働き始めてから社会福祉士、ケアマネジャーなどの資格を取得した。
 つまり、「わざわざ、高いお金を出して福祉系の大学・短大に進学する必要があるのか…」というクエスチョンマークがつくのは、介護給与が低いからでも、社会福祉士・介護福祉士が名称独占に留まるからでもない。四年制大学や短大に行かなくても、介護福祉士、社会福祉士ともに、実務経験や通信教育などで働きながら取得することが可能であり、働きながら取得する方が事業者にとっても、本人にとってもメリットが大きいからだ。

 では、四年制大学や短大で、社会福祉学を学ぶことに意味はないのか…と言えば、そうは思わない。
 それは、もう一つの「学術研究・臨床研究」の役割があるからだ。
 大学や短大は専門学校ではなく、本来の役割、目的はこちらにあると言っても良い。
 社会保障政策、特に高齢者施策は、介護保険制度が発足した2000年以降、大きく変貌するとともに、様々な課題が噴出し、その学術的・臨床的な分析・評価は不可欠なものとなっている。
 しかし、残念ながら、いまだ社会福祉学は、「社会保障概論」「老人福祉原論」という基礎や理念ばかりで、ほとんど進んでいるように見えない。社会福祉学を専攻する学生と話をしていても、「この子は社会福祉、高齢者介護を社会的・多角的に課題ととらえて、深く勉強してきたんだなぁ」と感じることがほとんどない。教授陣と話をしていても、「福祉は大事~」「困っている人が~」「介護報酬が~」「抜本的な改革が~」と、研究活動をしているのか、政治活動をしているのか、わからない人も多い。
 最近は、介護現場で実際に相談援助を行ってきたという准教授、教授が増えているが、実務を教えてもらうだけであれば、介護現場に出てからで十分だ。社会福祉士・介護福祉士の養成学校だけではなく、それとリンクして学術的、臨床的に深い分析を行い、「さすが福祉学を四年間学んだだけのことはある…」と、その高い知識・ノウハウを介護現場に還元できなければ、最高学府で学ぶ意味はない。その学術的な議論や理論的な実務的研究の遅れが、いまの介護業界、福祉業界が発展、進化しない大きな要因だといってもいいだろう。

 この社会福祉学は、社会学の一つであるが、単独で成立しているわけではない。
 深いアナリシスのためには、他の分野の知識・関わりを学ぶことが不可欠である。
 この社会福祉学、高齢者介護には、いくつもの研究・臨床テーマがあるだろうが、その中で、これからの高齢者介護の進展に不可欠だと考える、実務的ないくつかの論点について示しておきたい。

① 高齢者介護・福祉をめぐる法律学
 一つは、介護サービスをめぐる法律的な観点からの研究だ。
 最近は、高齢者住宅・介護保険施設における「介護事故」が増加しているが、どこまで事業者の責任になるのかという検証や、法的責任についての議論はほとんど進んでいない。それが介護現場の介護スタッフを苦しめる最大の要因になっている。特養ホームの管理者であっても、事故が発生した場合の法的責任を「刑事責任」「民事責任」「行政責任」に分けて整理理解できている人は一握りもない。事故・トラブル時には重要な「介護サービス契約書」「ケアプラン契約」も、厚労省の曖昧な指針のまま、曖昧な説明をして、相互理解のないまま締結、事故・トラブルが起きて、家族が感情的になって大騒ぎ、スタッフは疲弊するということになる。
 認知症高齢者の法的責任はどこまでか…、という検証も学術的・法的には遅れたままだ。
 数年前に、在宅介護の認知症高齢者が線路に入って亡くなり、鉄道会社が電車遅延などの損害賠償を家族に求めたケースでは、「在宅介護の大変さをわかっていない」と感情的な騒ぎになった。結果、裁判所は世論に阿るように「家族に賠償責任なし」になったが、あれは視点を変えれば「認知症高齢者から受けた損害は、すべて被害者が負うべき」という判例になるのだが、本当にそれでよいのだろうか。
 逆に、グループホームや特養ホームの入所中の認知症高齢者が勝手に外にでて、事故を起こした場合、家族とは違い、介護事業者に賠償責任が認められることになるだろ。しかし、だからと言って、外にでられないように鍵を閉めておくと、「虐待だ」と行政から指導を受けることになる。
 これは施設内・住宅内で起きる介護事故も同じ。認知症高齢者の事故で民事裁判になれば、通常の人員配置では避けられないものであっても、「予見可能性あり、過失あり」とされ、100%の損害賠償がかかってくる。判例主義の裁判においては、理論的な組み立てをして、事業者サイドに立った論述を張って戦える弁護士もいない。「認知症高齢者なので、想定外の行動を起こすことは、想定できたはずだ」という哲学的なパラドクスの中で、「すべて事業者、スタッフの責任」となれば、契約上、「法的責任が担保できないので認知症お断り」「事故のリスクが高いので退所をお願いします」となるのは当たり前だろう。
 「認知症高齢者には法的責任は問えない」ということは事実だろうが、それが認知症高齢者を守ることにつながず、逆に過度に行動を制限し、生活場所を追われることになっていないだろうか。
 この問題については、「社会福祉学者」「法学者」「介護事業者」が判例や臨床にもとづき、「認知症高齢者加害の損害賠償はどうあるべきか」「認知症高齢者の事故の事業者責任はどこまでか」「業者はどのような契約・説明・対応をすべきか」と言った、介護実務に基づく研究が不可欠だと考えるが、みなさんはどのようにお考えだろう。

② 高齢者介護をめぐる経営学
 二つ目は、介護サービスをめぐる経営学的な観点からの研究だ。
 経営学とは、企業や組織がヒト・モノ・カネ・情報を効率的に管理し、利益最大化や事業継続(持続可能性)を目指すための戦略、組織構造、リーダーシップを研究・実践する学問だ。経営戦略や経営組織論、コンプライアンス、マーケティング、財務・会計など、営利事業の経営について学ぶ。
 老人福祉の時代には、「経営」という考え方はなかった。しかし、現代の介護サービス事業は、営利事業ではあるものの、公的な介護保険制度を土台とする多に類例のない極めて特殊な事業であり、経営戦略だけでなく、経営課題やその特性を含めた理解、整理は不可欠だ。

 一つは経営理論。介護経営は、「公共性+営利性」という相反する二つの性質を持っているため、経営学的な側面から、その特殊な経営の在り方をさぐることは、学術的な大きな意味がある。
 「介護経営の三要素(収支・ケアマネジメント・リスクマネジメント)の整理と関係性」
 「営利を追求する経営と非営利性の高いケアマネジメントの関係と課題」
 これらの整理が、制度上も法律上も曖昧なままにされているため、要介護高齢者の生活の基礎となる公的な側面が強いにも関わらず、不正請求ありきの「囲い込み型高齢者住宅」、計画倒産のような「入居一時金短期償却」などコンプライアンスを無視して暴走を始めている。
 それは一部の事業者だけでなく、業界全体がその方向に向かっていると言っても過言ではない。コンプライアンスの意識の低い事業者が、制度矛盾、グレーゾーンでビジネスを展開し、巨額の不正利益を上げて株式上場、巨額の医療介護費が株主配当や一部の経営者利益に消えている。それは業界内だけでない。介護報酬は介護人材の待遇改善や入居者・利用者のサービス向上に使われることなく、外部の高齢者住宅、介護人材の紹介料、派遣料に流出している。
 社会福祉学が、「介護福祉の充実」「介護・福祉は大切」という老人福祉時代の理念に留まったままで、介護サービス時代の「介護経営」の研究がまったくできていないため、「介護経営が悪化している=介護報酬が低いから」と言った、子供のような議論にしかできないのだ。

 そしてもう一つが、実務的なビジネスモデルの構築だ。
 「訪問・通所・入所など介護サービス種別ごとの適正な規模・ビジネスモデル」
 「高齢者住宅における『建物設備』×『介護システム』の効率的・効果的な配置」
 他の産業と同じように、経営戦略・経営組織論がでてくる。「倒産件数が過去最高」「零細事業者の経営状態が悪い」と毎年のようにニュースになるが、それは「お客の少ないラーメン店がつぶれている」と同じくらい当たり前の話だ。学術的に介護サービス事業を「経営」として、コンプライアンス,ビジネスモデルを適切に分析・評価することができなければ、社会福祉学に未来はない。

② 高齢者介護をめぐる行政学
 そしてもう一つが、介護サービスをめぐる政治・政策論からの研究だ。
 述べたように介護サービス事業は、一般営利事業とは違い、公的な社会保障制度、介護保険を収入の基礎とする極めて特殊な事業である。制度設計がその事業性に与える影響は甚大で、それは個別の「介護サービス事業者の経営収支」だけでなく、業界全体の健全な発展、育成に直結する。国民は年間11兆円もの巨額な介護費用を負担しながらも、「介護労働はブラック」と揶揄され、サービスの提供体制もサービスの質も崩壊しかかっているのは、制度設計に無駄や矛盾が多すぎるからだ。
 「介護サービスにおける社会福祉法人と営利法人の役割の違い」
 「介護保険施設と高齢者住宅の役割・対象者選定の分離」
 「介護付・住宅型・サ高住などの高齢者住宅の課題と制度統一」
 「高齢者の住まいの紹介ビジネス、介護人材派遣の在り方と規制」
高齢者介護に関わる制度矛盾や不正事例を数えるだけで両手でも足りない。それ以外にも、「高齢者医療の分離」「介護保険の自己負担の在り方」など財政面からの検討課題も多い。国や自治体の社会保障政策に対し、政治的理念から切り離して、学術的に検証する社会福祉学の研究は社会的にも非常に重要だ。

 もう一つは、地域包括ケアシステムだ。
 この地域包括ケアの政策論は、②で述べた経営学にも大きくかかわってくる。
 経営学とは、企業や組織がヒト・モノ・カネ・情報を効率的に管理し、事業継続(持続可能性)を目指すための戦略を立てるものだが、それは個別事業者だけでなく、今後、需要の増加に対し、その地域におけるヒト(介護人材)、モノ(介護物資)、カネ(介護財源)などの十分な供給ができなくなるため、その効率的・効果的な運用は、その市町村の存続に直結するからだ。それは、財源不足に悩む地方都市だけでなく、人材不足に悩む東京などの都市部でも同じだ。
 「財源不足が深刻化する小規模自治体の地域包括ケアシステムの課題と論点」
 「介護人材不足が進む都市部における地域包括ケアシステムの課題と論点」
 「離党や山間部の集落における地域包括ケアシステムの課題と論点」
 今後、全国にある1700の自治体すべてで地域包括ケアシステムの構築とその財政負担に頭を悩ませることになる。学術的な研究だけでなく、臨床や実務を通じて検討すべき、日本の未来を占う最重要課題だと言ってよいだろう。産官学という言葉があるが、介護業界においても、「介護サービス事業所」「基礎自治体・都道府県」「社会福祉学」が一体となって、それぞれの基礎自治体で最適化された地域包括ケアシステムの構築、検証が必要となる。

 以上、三つの社会福祉学の学術的論点とそのテーマを挙げた。
 これだけではない、経営学の中には、「介護福祉×建築学」「介護福祉×介護機器」などの研究も不可欠になる。介護保険施設や高齢者住宅のビジネスモデルには、どうすれば介護事故や介護負担を減らせるかという「生活動線・介護動線」「可変性・汎用性」という建築設計や介護機器導入の視点からの研究は不可欠であり、それをフィードバックしていくことで、その方向性を形づけることも可能となる。
 もう、おわかりだろう。社会福祉学の社会的価値は、極めて高いのだ。
 「わたしの専門は、リスクマネジメントの視点から介護事故への法的対応です」
 「大学で『建物設備』×『介護システム』の効率的・効果的な配置について学びました」
 「自治体と一緒に、〇〇市における効率的な地域包括ケアシステムの実証研究をしました」
 短大でも、四年制大学でも、そのように自分の専門性を語ってくれる学生がいれば、多くの介護企業、行政機関から引く手あまたになることは間違いない。
 その答えは、財務省が示している2040年になるまでにでるだろう。

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