特定処遇改善加算の目的は、「介護給与の底上げ」ではなく、「スタッフ間の給与の差別化」。人事評価ができない事業者が安易に特定処遇改善加算を導入すれば、事業所の雰囲気が悪くなる、連携がうまくいかないなど、チームケアが崩壊することになる。介護マネジメントができる「プロの介護人材」の育成をどう進めるのか
高齢者介護は、超高齢社会に不可欠な、公益性の高い仕事だと認識されているが、一方で「40歳男性で、介護職員の給与は一般産業と比較して100万円以上低い」というデータが示されるなど、「重労働・低賃金」というイメージが定着している。
しかし、「介護は給与が低い」と声高に叫ぶ人は、介護給与と他の一般産業の給与体系の特性は正反対であることを理解していない。
一般企業の給与水準は、産業別、性別、企業規模、学歴などによって差が大きく、逆に介護労働は介護報酬を基礎としているため、性別、企業規模、学歴などによってほとんど差がない。そのため介護付有料老人ホームを全国展開する大手介護企業であっても、単独事業者であっても介護スタッフの給与水準はほとんど変わらない。また従業員が999人未満の中小企業に限定すれば、男性の場合は30代まで、女性の場合、40代、50代でも、他産業の平均よりも特養ホームや老健施設の方が給与水準は高い。そもそも、介護労働者は他業種からの転職者も多く、勤続年数は他業種・産業の半分程度であるため、「40代 男性」と抜き取って比較することに意味はない。
ただ、介護の給与体系の最大の弱点は、経験や技能、知識を蓄積しても、他の産業と比較して給与の上昇幅が小さいという点にある。
高齢者介護は労働集約的な仕事(ベテランでも2人分の介護はできない)であり、かつ公的な介護保険制度をその収入の基礎としている。無資格新人でも、有資格のベテランでも事業者が受け取る介護報酬は変わらないため、「努力して資格をとっても、介護主任になっても、責任が重くなるだけで給与が大きく上がらない」というのは事実だ。
介護労働者の給与は本当に低いのか (1) 参照
介護労働者の給与は本当に低いのか (2) 参照
これは、各事業所で優秀な人材が育たないというだけでなく、介護の専門性や経験が蓄積されないという、業界全体に関わる欠陥である。
この介護給与の課題に対して、2019年10月に新設される「特定処遇改善加算」で、経験・技能ある介護職員に対する給与水準の改善が行われることになった。
安易な特定処遇改善加算の導入はリスクが高い
この特定処遇改善加算について、その要件や加算率などがすでに示されており、全国で勉強会やセミナーが行われている。
基本報酬を上げることは難しいため、一部では「介護スタッフ不足に対する批判をかわすための、広く薄い加算」「特に人材不足のサービスに重点的に色を付けた」と批判する人もいる。ただ、事業者に一定の昇給幅を示し、「専門職としての経験・技能を評価し、給与に反映させる」というところまで踏み込んで責任を持たせることは、単なる「優秀な介護人材の待遇改善」だけでなく、介護労働の専門性の評価・蓄積につながるという効果も期待できるだろう。
今後、届け出の要件・書式の詳細が明確になれば、介護コンサルタントが訪問介護、通所介護、特養ホームなどの事業種別毎の申請・届出の雛型や注意ポイント申請例を作成してくれるだろう。新しいスタッフを雇用する必要もなく、事務手続き的にはそう難しいものではない。
現在の処遇改善加算(Ⅰ)をとる事業者が全体の2/3以上であることを考えれば、同様に加算体制の事務処理ができれば、特定処遇改善加算(Ⅰ)をとる事業者は半数を超えるだろう。
しかし、この特定処遇改善加算は、これまでの「処遇改善加算」とは違い、一つの波紋を事業所内に投げかけることになる。 それは、この加算が求めているのは、「給与水準の全体の底上げ」ではなく、「介護スタッフ間の給与の差別化」だからだ。
Ⅰ 経験・技能のある介護職員の給与水準「月額8万円UP」「年収440万円以上」を確保すること
Ⅱ 経験・技能のある介護職員の処遇改善額が、その他の介護職員の2倍以上とすること。
今回の特定処遇改善加算は、広く薄く全介護職員の給与を上げるというものではなく、「経験・技能のある人を評価・特定し、給与を上げる」というものだ。
この「経験・技能のある介護職員」について、当初は「介護福祉士、かつ勤続10年以上」という明確な一定の基準が定められたが、Q&Aでは他法人や医療機関等での経験も通算できること、また「10年以内」であっても、業務や技能等の合理的な説明ができれば、対象とするなど事業者において柔軟に対応することが可能となった。
通常の人事評価や給与水準は、事業者と個別スタッフとの話し合いで決めるものであり、「誰をどのように評価しているか」「Aさんにいくら給与を支払っているか」は、第三者に公表する必要はない。
ただ、この加算を受けるためには、事業者は「どのような経験・技能を評価するのか」「対象者のどのような経験、技能が評価されたのか」「どのような経験、技能を取得すれば、どの程度給与があがるのか」を明確にし、実際に対象者給与の大幅アップを行わなければならない。
つまり、この加算による「給与の差別化」は、給与が上がる対象者本人ではなく、一緒に働いている(対象にならない)他の介護スタッフを納得させられるか否かが重要になってくるのだ。
① 働いている介護スタッフが納得できる経験・技能の内容・評価基準が明確に示されているか
② 評価基準をクリアした介護スタッフの経験・技能が他のスタッフから認められているか
当初の通り、「介護福祉士、かつ勤続10年以上」など所持資格や経験年数を基準にした場合は、誰もが納得しやすいだろう。ただ「10年勤務すれば誰でも給与が上がる」という基準では、スタッフの技能、サービスの質は向上しない。また、その「10年以上、介護福祉士」という対象者が増えてきた場合に、全員昇給させるのかという問題もでてくる。
一方で、その評価基準が曖昧な場合、間違いなく他の介護スタッフから不満の声があがる。
今回の目的は、「経験・技能の高い人の待遇を上げる」ということであり、他のスタッフから目標となる技能をもつ人材像の設定である。しかし、介護の能力・技能は、他の産業のように「一番営業成績の良い人」「一番たくさんホームランを打った人」といったように、数字で表すことのできるようなものではない。「あの人が対象?」「口だけで、仕事しないのに…」「お気に入りだからじゃない…」となれば、他の介護スタッフのモチベーションや業務に対する意欲は低下する。
嫉妬、やっかみと言えばそれまでだが、まったく同じ仕事をしていて、一人だけ評価されて給与が上がるとなれば、面白くない人はいるだろう。大手法人であっても、それぞれの事業所で管理者が説明ができなければ、評価されなかった人が退職したり、逆に、評価されたことで仕事がしにくくなり、優秀な人材が離職するということにもなりかねない。
高齢者介護はチームケアである。人事評価ができていない事業者が「加算ありき」で安易に導入すれば、事業所の雰囲気が悪くなる、連携ができなくなりサービスが低下するなど、数十万円の報酬増とは比較にならないほど、大きなダメージを受けることになる。
特定処遇改善加算によって、何が変わるか
一方で、この特定処遇改善加算は、適切に活用できれば、報酬加算額以上に大きな武器になる。
「国家資格+実務経験」ではなく、事業者にその評価基準が委ねられたことで、経営者、事業者が望む「介護のプロは何か」を明確に示すことができ、給与水準の差別化によって人材育成に大きな弾みをつけることができるからだ。
この「経験・技能の高い介護職員」の評価基準として必要となるポイントは以下の3点である。
① 対象となる資格
一つは、言うまでもなく資格だ。 高齢者介護は「要介護高齢者のお世話」ではない ? で述べたように、高齢者介護は家族介護の代替サービスではなく、専門的・科学的な知識・技術に基づくプロの仕事だ。「介護は資格がなくてもできる」という人がいるが、資格はプロとして基本的な知識や技術を持つという公的な証明書であり、個人の経験のみに頼った自己流の介護は評価されない。
資格は、職務上必要となるものではなく、介護業務の基礎となるものであり、他のスタッフの目標になる経験・技能には、「介護福祉士・社会福祉士」といった技術・知識の中核となる国家資格と、介護保険・個別ケアの基礎となる「介護支援専門員」の資格は必須だ。
② 対象となる3つのマネジメント能力
述べたように、高齢者介護は労働集約的な仕事であり、経験・技術があっても一人で二台の車いすが押せるわけではなく、「一時間にたくさんのオムツ交換できる」ということが、その技能・知識の高さを示すものではない。この「特定処遇改善加算」は、「〇〇年 勤続表彰」のような勤務経験の年数を評価するものではなく、事業者・経営者にとって役立つ技能・人材への評価である。
これからの介護人材に求められるのは、排泄介助、入浴介助といった「個別の介護技術・知識」ではなく、それを基礎とした「介護マネジメント能力」である。この介護マネジメントは、個別の要介護高齢者の生活向上・サービス向上を基礎とした「ケアマネジメント」、事故やトラブル、クレームの発生予防・拡大予防にかんする「リスクマネジメント」、そして、人材管理・収益管理などを行う「介護経営マネジメント」に分かれる。算定においては、このマネジメント能力の評価基準が必要となる。
⓷ 対象となるマネジメント実務
もう一つは、②に基づくマネジメント業務を実際に行っているという実務だ。
訪問系サービス、通所系サービス、また施設系・住宅系サービスなど、サービス種別によって、それぞれに介護マネジメントは変わってくる。また、この3つの介護マネジメントのノウハウは、それぞれ単独のものではなく、そのノウハウ・実務は重なりあう部分も大きい。ケアマネジメントもケアプランの作成・ケアマネジャーだけの仕事ではなく、リスクマネジメントや経営マネジメントと合わせ三位一体のものだと言ってもよいだろう。
どの産業・業界でもそうだが、「与えられた介護の仕事は一生懸命やりますが、サービス管理などの責任のある仕事はしたくない」という人の給与は上がらない。対象となるのは、全体の管理者や、現場のサービス管理者など、これらのマネジメントの能力をもち、かつそれを適切に遂行している人材ということになるだろう。
以上、ここまで、介護 特定処遇改善加算の注意点と評価のポイントについて述べてきた。
介護経営の根幹は、介護マネジメントができる「プロの介護人材の育成」である。介護のプロの未来を示し、労働環境の向上とともに、意欲と目標をもって働き続けられる環境の整備が、事業の成否を決めると言っても過言ではない。「介護の専門性を高く評価してほしい」「質の高い介護を提供するためには、優秀な人材が必要」と訴え続けることは必要だが、介護経営者、介護事業者は、「介護報酬が低いから・・」と嘆くだけではなく、介護労働の未来、プロとして大きく広がる世界を、職員、スタッフに示していく必要がある。
その方向付け、インセンティブ・意欲を高めるためにも「専門性の評価に基づく給与の差別化」は不可欠である。 この特定処遇改善加算は、介護業界の二極化に向けた分岐点の一つであり、「加算ありき」ではなく、腰を落ち着けて丁寧に準備することが求められるのだ。
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