市場が成熟し、飽和状態になると、業界全体の成長は頭打ちになるため、規模の拡大によるコストダウンやシェアの拡大を目指して、(独占禁止法に抵触しない範囲で)同一業界内での同種企業の買収や持ち株会社による経営統合が行われる。この業界再編はすべての業態における市場メカニズムの一つだと言ってよく、それに乗り遅れた企業は淘汰される。
地方銀行や信用金庫では、統合によって資金量を増やし、店舗や従業員の数を減らすなどの取り組みが進んでいるし、精密機器などの最先端企業でも、企業買収による技術、特許の奪い合いは激化している。この業界再編は、映画や小説にでてくるようなハゲタカファンドによるマネーゲームではなく、少子化・人口減少によるパイの縮小、AIやDX化などの技術革新など、経営環境の変化に対応するための、 生き残りをかけた企業間の最後の戦いだ。
大手企業のM&Aが続いたことから、「介護業界でも業界再編が進んでいる」という人がいるが、実態は似て非なるものだ。他の業界における業界再編とは、成熟した業界における存続をかけた「プロの事業者間の戦い」だが、現在の高齢者住宅、介護サービス事業の「M&A」は未熟な業界における「夢見る素人事業者同士の取引」だからだ。
【介護業界のM&Aの多くが失敗する理由】
介護大手、高齢者住宅大手だといわれるところも、異業種からの企業買収によるものが多い。しかし、客観的に見て、そのほとんどは成功という言葉からは程遠い状態にある。「合併の混乱は一時的なもので、将来性は高い」「DX化、データ化を推進して事業性を高める」「これからも事業を拡大したい」という強気な言葉とは裏腹に、「M&A」による新規参入やその後の拡大路線は止まっている。
その理由をいくつか挙げてみよう。
① 介護事業の特性・リスクを理解していない
M&Aで新規参入した企業の担当者や社長と話をすると、異口同音に「介護は、重要増加が確実な将来有望なマーケットだ」「介護福祉に民間の経営ノウハウを導入すれば高い収益性が見込める」という声が帰ってくる。しかし、そのメリットだけを過剰に評価し、「介護保険制度に依存した制度変更リスクが高い特殊な事業」「少子化によって人材確保はより難しくなる」といったリスクが全く評価されていない。
介護経営は、「想定される経営上・サービス上のリスクをどうヘッジするか」が九割だ。
特殊なリスクを理解、適切に評価しない人には、介護経営はできない。
② 商品性・ビジネスモデルを見極められない
「介護付有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅」と言っても、それぞれに商品性・ビジネスモデル違う。これまで「介護ベンチャーの雄」「高齢者住宅のトップカンパニー」と言われた介護企業がすべて消えたのは、不正の発覚や連続殺人事件が原因ではなく、入居一時金の短期償却や低価格化路線に頼った、拡大ありきのビジネスモデルが脆弱だったからだ。
それは、今のサ高住・住宅型などの「囲い込み型高齢者住宅」も同じ。いまや囲い込みによる不正は数兆円規模に膨らんでおり、介護医療財政悪化の最大要因であり、その問題が明らかになった時点で全滅する。購入した後で巨額の返還命令が行われれば、すべてそれは「新経営者」の責任となる。素人経営者がリスクに気づいて手放したいと考えているものを、「利益がでているから」「将来性が高い」と更に素人の第三者が高額な資金で買い取って、上手くいくはずがない。
③ 介護事業特有の難しさ ~高いプライド、低い能力、ローカルルール~
新規参入事業は、ビジネスモデルだけでなく、スタッフの質も見極められない。
「オムツ替えとか入浴介助は誰がやっても同じ」「やる気があれば誰でもできる」と思っている介護経営者は多いが、医療・介護業界ほど事業者によって、サービスの質、スタッフの質に違いがある業界はない。特に「事故・トラブル対策」「感染症・災害への対策」などのリスクマネジメントのノウハウには天地ほどの差がある。「介護は専門職種」とプライドだけは高いのに、知識や技術は低く、手抜きや責任転嫁、言い訳ばかりという使い物にならないベテラン介護福祉士も多く、その巣窟となっている事業所も少なくない。
改善を促そうとしても、「わたしたちはこの方法でやってきた」と、徒党を組んで反抗し、唯我独尊の介護理論で、新しい管理者・経営者の言うことなど耳を貸さない。
介護経営の特性を理解し、事業性の高いビジネスモデルを構築し、介護人材の育成ができるプロの介護経営者であれば、買収するよりも一から自前で立ち上げるほうがずっと簡単だ。逆にそれができない、わからないのであれば、介護業界に参入しようなどと考えるべきではない。「介護ビジネスのノウハウも買い取る」と大真面目に言っている人がいたが、落語の滑稽話でしかない。
【介護業界の再構築は喫緊の課題】
高齢者住宅、介護事業バブルは、すでに終わっている。人材確保の失敗や事故・トラブルの増加、社会保障制度の不透明感で、「介護業界は成長産業」という唯一の希望にも黄色信号がともっており、まともな事業者は手をださず、短期利益や短期売却をもくろむ投資ファンドの割合が増加、彼らでさえ、売り時を探している。業界再編どころか、バブル崩壊前の不良債権に押し付け合い、いわば「ババ抜き」に近づいているというのが実態だ。
しかし、介護業界の再編・再構築はないのか、ずっと先のことかと言えば、そうではない。一企業や業界内だけの話ではなく、持続可能な介護保険制度、介護システムのためにも喫緊の課題だからだ。
現在の介護業界には、その成長や安定を阻害する二つの課題がある。
一つは、小規模事業が多いということ。
どんな事業においても、経営が安定する必要な規模・スケールというものがある。ラーメン店でも一日一〇人しか客が来なければ大赤字になる。同様に「一日の利用者20人」「訪問介護員10人未満」程度の訪問介護の経営、サービスが不安定になるのは当たり前のことだ。それは「特養ホーム一か所+デイサービスのみ」「グループホーム二か所のみ」などの社会福祉法人も同じ。「介護事業者の倒産は、小規模零細事業者が多い」という分析は、「お客の来ないラーメン屋は経営が厳しい」と言うのと同じくらい当たり前のことだ。介護サービスは個人事業や単独事業には適さないのだ。
もう一つは、脆弱なビジネスモデルが多いこと。
「地域密着型サービス」は「山間部・農村部」などの小規模集落を限定とした収益性の低いビジネスモデルであって、都市型のものではない。30床以下の高齢者住宅、特養ホームなど「住居費が無償貸与、社会福祉法人で市町村から継続的に補助金を受ける」と言った特殊事情の下でしか経営できない。
また、高齢者住宅は「重度要介護高齢者専用」しか経営は安定しない。住宅類型を問わず自立から身体重度、認知症重度などの多様なニーズを持つ高齢者が混在すれば事故やトラブルが多発し、介護スタッフは過重労働となる。それは介護報酬云々の話ではなくビジネスモデルの失敗だ。【3:1配置】の基準配置の介護付有料老人ホームで、事故やトラブルが多発し介護人材が逃げ出すのは当然のことだ。
その脆弱性は、述べた、「囲い込み型高齢者住宅」も同じ。介護医療費が経済を逼迫する中で、違法なビジネスモデルを「グレーゾーン」と言い訳しても、それが安定的に経営できるはずがない。
「介護倒産が増えている」と言っても、現在、その割合は総事業者数の0.1%程度しかないが、この先、「小規模事業者」「脆弱なビジネスモデル」は確実に淘汰されていく。そうしなければ地域の介護システム、つまり地域包括ケアシステムは彼らに引きずられて崩壊するからだ。
【介護業界の再構築の方向性】
これからのM&Aについて少し語ろう。
これまでも、いくつか病院理事長や社会福祉法人の理事長などから、「事業を買ってほしいという話がきている」と相談を受けて対応したことがある。しかし、すべて「検討する価値もない」と最初の面接で終わる。介護専門の「M&A」の事業者と話をしたこともあるが、「いま利益がでている」という膨らました収支計画だけで、デューデリや事業性の判断の欠片もない。
介護業界の未来は「業界再編」ではなく、「リストラクション(再構築)」だ。
最後に、その方向性と成否のポイントをいくつか述べて行こう。
① ビジネスモデル・スタッフの質も含めたデューデリ(事業判断)
一つは、商品性やサービスの質も含めた事業判断だ。
介護サービスは、飲食業のように購入後にサービス・価格をリニューアルすることはできない。
これは、いま、利益が出ている、出ていないという話ではない。入居一時金経営の有料老人ホームは表面上、利益が出ているように見えても、長期入居リスクで実態は大赤字ということもあり、囲い込み型高齢者住宅では、巨額返還や詐欺という刑事罰を背負い込んでしまうことになる。また、「介護は専門職」「人は財産」と言う一方で、事業の安定や成長の妨げになる負債のような人材もたくさんいる。このビジネスモデルやスタッフの質を見極められなければ、無償譲渡であっても事業の連携・連結はできない。
逆に、「小規模事業所」「単独社会福祉法人」で管理コストが高く、一時的に利益がでていなくても、しっかりした管理者がいれば、統合することで再生させることは十分に可能だ。
② 同一地域・サービス連携を意識した事業の構築
介護サービスの経営を安定させるには、「一定以上の規模」だけでなく、「同一エリアでの他種多様なサービスとの連携」が不可欠となる。言い換えれば、多くの大手事業者が経営に行き詰まり始めているのは、「介護付有料老人ホームだけ」「サ高住だけ」「訪問介護・通所介護だけ」を、スタンドアローンの状態でバラバラに全国展開してきたからだ。
ある経営者が「全都道府県に事業を展開する」という目標を掲げていたが、それは介護ビジネスとしては悪手であり、結果的に脆弱なビジネスモデルを全国にばらまいたに過ぎない。それぞれが地域に根差したビジネスモデルではないため、介護人材の交流もできず、自己負担の増加などの制度が変わるだけで全滅する可能性が高い。毎年、「全国で居室数トップ一〇の大手高齢者住宅」というデータ化が示されるが、10年後にはそのほとんどが消えているだろう。
介護サービス事業は、「特養ホームだけ」「サ高住だけ」ではなく、それぞれの地域単位で訪問系(介護・看護)・通所系・短期入所系、入所入居系、更には医療サービスまで含めて、包括的に拡大させなければ強くはなれない。逆に介護業界には「市場の成熟」はないため、それができれば100年先まで経営は安定する。
③ 自治体責任による地域包括ケアシステムをイメージする
述べた、「小規模事業者」「脆弱なビジネスモデル」は、今後、破綻するか、もしくは利用者・入居者を守るために救済するかしかない。破綻、事業閉鎖となれば、放り出された入居者、家族は大混乱し、地域の介護システムそのものに、大きな悪影響を及ぼすことになる。これが間近と言われる介護バブル、高齢者住宅バブルの崩壊だ。
不動産バブルの場合、金融システムの維持を図るため最終的に負債を被ったのは銀行、その辣腕を振るったのは財務省だったが、介護サービス事業者の「リストラクション(再構築)」は、指定権者である市町村や都道府県が、その整理の責を負うことになる。いまは「営利事業の破綻に行政は関与しない」「利用者・入居者にも一定の選択責任」と我関せずを決め込んでいるが、それでは市町村での地域包括ケアシステムが維持できなくなり、市町村そのものの崩壊につながる。
これからの介護システムは、自治体によって制度や支援の中身は変わってくる。言い換えれば、介護バブル崩壊後は、行政が責任を負わない再構築は手を出すべきではないということだ。
ここまで、いまの介護業界のM&Aが失敗している理由と、介護バブル崩壊に続く業界再構築の方向性とポイントについて述べてきた。この問題は、社会全体の介護システムだけでなく、企業・事業体としての業界再構築、その後の業界再編にも大きく影響してくる。
これからの流れとしては、
① 自己負担増加、囲い込みの対する規制強化などの制度変更
② 介護バブル、高齢者住宅バブルの崩壊
③ 自治体単位での介護システムのリストラクション
④ 自治体単位での介護システムの再編
ということになるだろう。
②まではこの五年以内に起きると考えている。全国展開している事業者も、バラバラにされて地域単位で小売りされることになるだろう。それで救済できるかどうかはわからないが…。
業態を成長・安定させるために、いま企業・事業体ができることは何か。それは、遠くないその未来を見据えて、脆弱性やサービスの質を見極め、乗り込んで再生させることのできる、介護の未来の人材・チームを育成することだ。結局、介護業界は「人を育てることができる事業者」しか勝ち残れないのだ。



























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