マニュアルは「立派なものを作る」のではなく「誰にもわかりやすく」「簡単に使えるもの、すぐに使えるもの」でなければならない。ただし、作れば終わりではなく、マニュアルに基づいて適切に業務が遂行できるようにロールプレイングや知識・技術の向上などの教育・訓練が不可欠
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 057
ここからは、実際にここまで述べたポイントを整理し、マニュアルとしての書類にしていきます。
「介護マニュアルを整備しています」という事業者に行くと、分厚い文章作成ソフトで作成し、ファイリングされた教科書のようなものを事務所の書棚から出されることが多いのですが、ここで言う入居相談マニュアルは、そのようなものではありません。
作ったけれど使っていないという「あるだけマニュアル」は意味がないというだけでなく、害悪です。それは、 「あるだけ報告書」は事業者責任の決定的証拠 ? で述べたのと同じように、事故やトラブルが発生した場合、「事業者が作成した業務手順通りに行われていない」「事前説明ができていないことは明らか」と、債務不履行という事業者責任の決定的証拠となるからです。
また、ここでいう「入居相談マニュアル」は、一つのものだけではありません。
入居相談マニュアルとはどのようなものか、その整備に必要な関連書類についてまとめます。
入居相談マニュアル・関連書類を整備する
ここまで述べてきた入居相談対応のポイントに従って、実際にどのようなマニュアル、関連書類が必要になるのか、その一覧を整理したものが以下のものです。
ざっと見るだけで、「これだけたくさんのものを作らいないといけないのか・・・」とぞっとする人もいるかもしれませんが、それはそう難しい作業ではありません。
例えば、「相談申込受付表」ですが、聞き取るべき内容については、高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅰ ~申込・受付~ ? に示してあります。
それが完成すれば、受付対応マニュアルの80%は出来上がりです。マニュアルで追記すべきは、「確認事項」「事前送付」の他、食事時や夕方遅くの時間の相談予約を求められたり、訪問人数が多人数の場合にどのように説明・応答するのか、また、受付後に遅滞なく、相談担当者へ伝達することなどです。
下記の例のようにポイントを箇条書きにして、「相談申込受付表」の表紙にしてておけば、相談受付をしながら、確認することができます。
「必要書類・準備チェック表」「来訪時対応マニュアル」も同じです。
相談申込受付表から、「相談者の指名」「関係書類・車いすなどの準備」「相談室のチェック・空調」など、確認すべきことを転記・一覧にして、「必要書類・準備チェック表」を作れば80%は完成で、その注意点を書き出しておけば完成です。「必要書類・準備チェック表」「来訪時対応マニュアル」は、A4一枚におさまりますから、最後の「入居相談 対応報告書」と一緒にして、整理整頓しておけばよいのです。マニュアルと言えば、大げさに聞こえますが「共通の備忘録」だといった方がイメージしやすいかもれません。「立派なものを作る」のではなく、「簡単に使えるもの、すぐに使えるもの」を作るというのが基本です。そこで、足りないこと、気づいたことがあれば、加えていけばよいのです。
「マニュアル」は、教育・訓練の土台になるもの
マニュアル整備の目的は、「マニュアルを作る」ということではなく、「マニュアルに沿って質の高い入居相談業務ができる」ということです。
言葉にすれば当然のことですが、実際は、マニュアルを作ることが目的となっている事業所が多く、「事務所の書棚に入って終わり」というところも少なくありません。その「質の高い入居相談ができる」という目的を達成するためには、「マニュアルを土台・教科書として訓練する」と作業が不可欠です。
訓練のポイントは、大きくわけて二つあります。
一つは、「ロールプレイング」の実施です。実際に「相談申込の電話がかかってきた」「入居希望者・家族が来訪された」「入居者を前に説明する」ということを想定して、受付業務、来訪業務、説明業務などの訓練を行います。これは一般企業の営業や接客の訓練でも使われている、非常に有用な手法です。
新人スタッフに入居相談マニュアルを渡して、「この通りにやってね」と渡しても始めからその通りにはできる人はいません。実際に先輩スタッフが様々なタイプの相談者(自分が困った人のタイプも含む)の役を演じて、受付業務、説明業務の練習をしておくと、落ち着いて応対できますし、「どこがポイントなのか」がわかります。
例えば、相談受付「日中は仕事でいけないので、午後7時にしてほしい」「子供が多いので10人で行きたい」という人に対して、どのように答えるのかロールプレイングでシミュレーションすれば、いざというときに慌てずに済みます。一律に断るのではなく、「横柄な人や無理を言ってくる人にはどうすればよいか」を議論するテーマにもなります。
また、電話の応対は「自分では普通」と思っていても、他人から見れば「口調がきつく感じる、事務的に感じる」ということは少なくありませんし、説明対応、見学対応についても、説明者は理路整然と説明しているつもりでも、「説明の中に専門用語が多い」「話すスピードが速いのでわからなくても質問できない」といった個別の課題が見えてきます。
このロールプレイングは、演技のようなものですから、始めての人は「恥ずかしい」といった照れのようなものがでますが、緊張感をもって真剣に取り組まないと意味がありません。また、訓練後には、「良かった点」「悪かった点」「どのように修正すべきか」をきちんとフィードバックしなければなりません。
もう一つは、土台となる技術・知識の向上です。
相談を受けることは誰にでもできますが、相談業務としてプロとして「相談対応」を行うには「相談援助技術」が必要です。
その相談援助者の規範として有名なものが「バイスティックの7原則」です。
その中に、「個別化の原則」というものがあります。例えば、「うちの父は、人見知りで人付き合いが下手なので心配」という相談に対して、「同じような男性入居者もおられますよ…」と対応するのは失格です。「人見知り」という言葉上のカテゴリーは同じでも、人それぞれに育ってきた環境も価値観も違うからです。「もともと人付き合いが上手くない」という人もいれば、「この一ヶ月で急に人付き合いをしなくなった」というケースもあり、後者は認知症の可能性もあります。同様の質問を「同じようなもの、よくあるケース」として分類してしまうと、そこで家族の質問は止まってしまいますし、それが入居後のリスク・トラブルにつながっていきます。
これは電話応対も同じです。
電話は日常生活において、誰でもかけたり受けたりすることはできますが、業務として行うためには「ビジネスマナーに基づく電話応対」が求められます。
繰り返し述べているように、特に、高齢者住宅を探している高齢者・家族は、心配や不安を抱えていますから、最初の電話の受け方・かけかた一つでその事業者のイメージが左右されます。実際、電話をかけて、その口調や応対が横柄なものであったり、長時間待たされたり、たらいまわしにされたりすると、その事業所に怒りがわくでしょう。
「電話に出る」「電話を取り次ぐ」「担当者が不在の場合」などの対応、「声が聞き取りにくい場合」「相手が名乗らない場合」など、入居相談対応以外でも、外部からの電話に出る人は、基本的なビジネスマナーが求められます。
もちろん、それ以外にも適切な相談対応を行うには、高齢者介護や関連制度の専門的な知識が必要ですし、リスクの説明には「実際に発生した事故事例」「事業者から退居を求めたケース」など、実務に基づく様々な情報、データが求められます。
このように入居相談をマニュアル化するということは、単に「マニュアルを作る、文章にまとめる」ということだけでなく、それに基づいて必要な教育・訓練する、必要な知識・技術を向上させるというところまで含むのです。
入居相談マニュアルを作成する Ⅰ ~相談・説明~
➾ リスクマネジメントを土台とした入居相談マニュアルの整備
➾ リスクが大きくなる最大の理由は受け入れ時の説明不足
➾ 「入居説明・相談・見学対応」 3つの目的を整理する
➾ 高齢者住宅 入居相談対応のストーリーをイメージする
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅰ ~申込・受付~
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅱ ~準備・説明~
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅲ ~見学対応~
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅳ ~相談・質問~
➾ 入居相談マニュアル 書類整備と教育訓練
➾ 入居相談にマニュアル導入の効果とNG対応
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