NEWS & MEDIA

介護経営の組織論 Ⅱ ~本部機能の強化~


 介護経営の組織論において、これから大きなテーマとなるのが、本部機能だ。
 これまで法人本部といえば、人事や財務を中心とした「管理機能」だと考える人が多かったが、数字やデータをまとめたり、情報を上下に運んだりするの仕事は、すでにAIにとってかわられている。 
 しかし、この先、本部機能は必要ないのか、縮小していくのかと言えば、そうは思わない。
 これからの経営環境の大変革を考えれば、本部機能の戦略的強化は、一定規模以上の社会福祉法人にとっても、民間介護企業にとっても、事業の安定、推進に不可欠なものだからだ。
 これからの介護経営の本部機能について整理、考察しよう。

 一つは、各事業所の支援機能だ。
 前回のコラムの中で、これまでのピラミッド型組織と、これからの逆ピラミッド型組織の最大の違いは、上意下達の中間管理職ではなく、前線の部門経営者を上位の部門経営者が支援する体制に代わるという話をした。ただし、日々の介護サービス事業以外の、一定の分野、業務については、ピラミッド内の上下の支援だけでなく、横断的な支援が必要となるものがある。

① 採用・人事関係
 いま、多くの事業所で「介護人材不足」の大きな要因となっているのが、派遣労働、紹介労働の増加だ。看護や保育などの分野も含め、エッセンシャルワーク、特に社会保障関連の分野で、中間搾取の派遣、紹介労働が大きくなることに疑義の声が高まっている。
ただ、現状を見ると、そこには「責任を負いたくない」「合わなければすぐに辞められる」といった腰かけ介護労働者と、人材育成、教育訓練ができないため「即戦力」を求める素人介護事業者との利害が一致しているところもある。
 いまは、加重な人件費を負担させられる事業者のデメリットがクローズアップされているが、より大きなデメリットを受けるのは派遣労働者だ。彼らはパートやアルバイトと同じ、自分の時間を安価で売っているだけで、重要な仕事は任されず、組織的なステップアップのための教育訓練も行われない。伸びしろを中間業者に搾取されているだけで、やりがいも人間関係も構築できないまま、年齢に伴って労働環境、労働条件は下がり続ける。
 逆を言えば、介護経営者は、介護労働者にそのリスクを伝えられていないのだ。
 介護事業は、専門的な労働集約的事業である。派遣で転職を繰り返す経験者・即戦力ではなく、「介護のプロになりたい」と意欲のある一定の人材を集め、プロパーで育てることでしか、事業の成長はない。人材確保のためには、これまでのような「和気あいあいとした職場です」「先輩スタッフが丁寧に教えます」ではなく、職員の市場価値を高めるための組織的なバックアップ、その教育体制の優位性をアピールが最重要課題だということがわかるだろう。
 
② 教育訓練 ・キャリアアップ
 これは、職員教育についてもいえる。
 教育訓練については、大きく「OJT」「OFF-JT」と呼ばれる二つのタイプがある。
 新人研修などの「OJT」については、部門経営者を中心に、各事業所の先輩スタッフが行うものだが、「組織」「目的」「リスクマネジメント」などのOFF-JTは、事業所任せにせず、本部が一括して行った方がよい。特に、キャリアアップ研修、マネジメント研修は、「OFF-JT」が中心となるため、そのノウハウをもつ専門の本部スタッフが行うべきものだ。組織的にリーダーを育てるというのは、各事業所の役割ではなく、本部の責任、役割だ。
 これがなければ、人事評価、法人間の異動もできない。

③ リスクマネジメント
 拙著、「高齢者介護はリスクマネジメントの時代へ」でも述べているが、リスクマネジメントは、これからの介護経営の根幹である。介護サービス事業は、リスクの宝庫であり、これを適切に管理できなければ、事業の継続はできない。それは、介護看護スタッフが安全に働く環境が整備できないということと同意だ。このリスクマネジメントの推進、バックアップも重要な本部機能の一つだ。
 その論点は三つある。

【食中毒 ・ 感染症対策】
 食中毒、感染症対策は、コロナやインフルエンザなどの感染症のほか、O157、ノロウイルスなどの食中毒、疥癬などの皮膚感染症まで、その内容は多岐にわたる。「平常時」「流行時」の予防対策は、一定のマニュアル化のもと、各事業所のルーティンとして行うものだが、「近隣施設発生」「事業所内発生」の他、今回のコロナのような緊急事態宣言など、いくつかの段階に分かれ、それは入所者、利用者だけでなく、スタッフや家族にまで影響してくる。
 特に、「事業所内発生」「緊急事態宣言発令」の段階になると、事業所内だけで対応するには限界があるし、「サービスの一時停止、変更」「面会の中止」など、家族の説明も必要になってくる。 各段階でのマニュアルの作成・徹底とともに、契約書の作成、利用入所時説明、マニュアル徹底に対する定期的な内部監査、更には、感染症発生時の司令塔、緊急時のスタッフ派遣など、通常の逆ピラミッドからは独立した、本部機能としての横断的な支援が必要となる。

【災害対応】
 この災害対応も、上記の感染衣装対策と同じことが言える。
 災害対応は、大きく分けると「災害の想定・訓練」と「災害発生時の救援体制」の二つ。
 大手の事業者では、後者の「災害発生時の救援体制」については、他事業所からのスタッフ派遣、備蓄品の配送など一定の体制をとっているところが多いが、ここで指摘したいのが、「災害の想定・訓練」の一元化だ。
 災害時は、初期対応が重要であることが知られている。それぞれの事業所で、地元消防署の強力のもと夜間想定の防災訓練を行っているが、「年に一度」「訓練するのは数人程度」、加えて「ニコニコ・ダラダラ」というところが多い。これでは、やらないほうがましというものだ。
 施設・住宅系だけでなく、訪問系、通所系についても、訪問中・利用中・送迎中などに災害が発生した時はどうするのか、ハザードマップに基づいたリスクの想定やサービス休止の判断など、契約書や事前説明を含め、本部が中心となって、緊張感のある各種マニュアル、連絡対応、教育訓練を行う必要がある。

【事故・トラブル・クレーム対応】
 これも「事故・トラブル・クレームの想定・訓練」「発生時の対応」に分かれる。
 リスクマネジメントを事故予防・事故対応だと考える人が多いが、これは間違っている。 事故対策は、事故が起きる前の対策が八割で、そのほとんどは入所・利用の契約・事前説明だ。
 なぜか、「医療事故」と「介護事故」は同列に扱われ、スタッフの努力では防ぐことのできるはずのない事故までが、事業者・スタッフの過失とされて、事業者側もそれを回避するための実務的な対策ができていない。「事故ゼロを目指す」といった介護経営者がいたが、それでは隠蔽や改竄がふえるだけだ。
 法律や判例などについての理解も重要になる。先日、墨田区のデイサービスで、高齢者がアパートの階段で転落、その後死亡し、「部屋まで送迎すべきだった」と、1800万円の賠償が認められたというニュースがあったが、これは「事業所が提案したが、本人が断った」「送迎時間上、駐車スペースの確保ができず部屋までの送迎不可」などの、リスクマネジメント上の提案(裁判に勝つための予防線)が、事前にできていないからだ。
 これは社会問題になっているカスタマーハラスメントも同じ。「スタッフがかわいそう」と憤る前に、「暴言、暴行は一発レッドカード」であることを、事前に明示、丁寧に説明して、その理解を得なければならない。それが経営上の対策だ。「認知症高齢者はどうする…」という人がいるが、これも事前にきちんと線をひくことで、スタッフも余裕を持った対応が可能となる。
 このリスマネジメントの対策には、介護サービス上の事故予防対策だけでなく、ケアマネジメント、契約・説明のほか、重大事故への法的対応なども総合的に行う必要があるため、本部機能として各現場の支援を行う必要がある。

 以上、三つのポイントを挙げた。
 いずれも、個別の予防対策、発生時の初期対応は、原則、各事業所の上下の支援で行うべきものだが、その土台となるマニュアル化、契約・説明の見直しなど、全体の機能の強化、底上げは横断的な支援が必要となる。リスク回避のための契約や事前説明、初期対応マニュアルが、事業所によってばらつきがあるようでは、経営はできない。
 いいかえれば、各現場のスタッフ、各事業所の責任者が、リスク対する不安を一人で抱え込まず、安全に安心して働けるための本部機能だと言える。

 本部機能のもう一つの役割は、事業推進・拡大機能だ。
 日本では、バブル崩壊後の低成長時代を「失われた30年」と言うが、介護経営にとっては、それは「恵まれた30年」だったと言ってよい。キツイ言い方をすれば、少々穴が合っても、不正があっても、素人経営者でも運営ができた。
 しかし、国の施策は高齢者の社会保障から、景気の回復、賃金・金利上昇、デフレからの脱却へと完全に舵を切っており、これから介護経営は、冬の時代を迎える。その時にこそ、経営者の本当の手腕が試されることになる。
 事業推進・拡大機能といえば、多くの人は、「規模の拡大」を意味すると思われるだろうが、これまでのようなサービスの質を無視した拡大路線は、雪山に軽装で突っ込むようなものだ。
 ポイントを三つ挙げる。

① 新規事業の立ち上げ
 これまでのような「有料老人ホーム」「サ高住」「特養ホーム」「老健施設」「デイサービス」的なものを指定基準に沿ってた立ち上げれば、人材も利用者、入居者も集まってくるという時代ではない。
 これからは、すべての介護サービスにおいて、要介護3以上の重度要介護高齢者のみを対象としたものしか、事業性はなく、そのためには、詳細な介護動線のシミュレーション、ノウハウを土台とした強い商品の開発が重要となる。
 そのため、こちらから行政枠に対してコンペに参加するというよりも、行政など地域からの依頼によって、事業計画を策定するというケースがふえてくるだろう。 その場合でも、自治体からの依頼のままに事業計画を策定すると、責任だけ追うことになる。きちんとグリップして、「こちらの事業計画に沿わない場合は、撤退する」という意思が必要だ。
 
② M&A (事業買収・経営統合)
 介護業界の不安定さの最大の要因は、「職員10人以下の訪問介護」「デイサービス一か所のみ」「特養ホーム、グループホーム一か所のみ」といった小規模の法人が大半だからだ。
 介護サービス事業を安定させるには、一定の規模が必要となるが、これら小規模事業者が合併するだけでは、経営力は強化されない。採算性・収益性の低い事業者の集合体でしかないからだ。そのため、一定の規模をもつ事業者が、零細事業者を吸収する形で大規模化を進めることが必要となるが、サービスの質、スタッフの意識・教育体制など文化の違う事業者を引き入れることは、トラブルやリスクを増大させるだけになる。 「デューデリジェンス」には商品性だけでなく、サービスの質、スタッフの意識、文化の共有を含めた見極めが必要だ。
 
③ 地域連携
 もう一つ、これから本部機能として重要となるのが、地域連携だ。
 これまでの地域連携といえば、他の介護サービス事業者や周辺サービスとの連携を指す言葉だが、これから重要になるは、地域行政や地域住民、地域経済との連携だ。
 2025年から地域包括ケアの時代に入っている。それは、高齢者施策のマネジメントの責任者が、国から地方自治体、市町村に移るということだ。拙著「地域包括ケアの落とし穴」にも書いているが、これから事業者と市町村は一蓮托生となる。そのため、事業者は、国の方を見るのではなく、それぞれの自治体と連携して、地域の高齢者、企業に対して、来るべき超介護社会に備え、介護準備のための講演・セミナーを積極的に行っていく必要がある。また、それを率先しておこなうことが、自治体からの信頼、及びその地域におけるプレゼンスを高めることになる。
 この地域連携は、これからの介護経営において、最も重要な要素だといってよいだろう。

 ここまで、これからの戦略的な本部機能の構築のテーマとして、「事業所支援機能」「事業推進機能」の二つを挙げ、その中身について考察した。
 おわかりいただけるように、これらはそれぞれ独立しているものではなく、また、本部単体で行うものではなく、各事業所と一体に、かつ包括的に行うべきものだ。
 ただ、これらは、一朝一夕にできるものではない。
 いずれにおいても、高度な専門職の人材育成が必要となるからだ。
 介護経営は、どこまで行っても、人材育成でしかないのだ。

関連記事

  1. 介護業界の再編・再構築について語ろう
  2. 介護事故 予見可能性を巡る民事裁判の課題と論点
  3. 【動 画】 介護事故 対策実務の基本 Ⅱ  ~拡大予防対策 ~
  4. 【動 画】 介護リスクマネジメントの目的
  5. いよいよ、行き詰まってきた介護経営・介護業界
  6. 高齢期の生活に役立つ社会資源・サービスを見つけよう
  7. 【動 画】 親が突然要介護になったとき Ⅱ ~入院から自宅へ戻る…
  8. 「介護事故ゼロ」という目標設定はなぜダメなのか

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP