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NHK クローズアップ現代 ~相次ぐ老人ホームの閉鎖~ について


2019年10月3日、NHKのクローズアップ現代で放送された「相次ぐ老人ホーム閉鎖 ~終の棲家で何が~」という放送は、理解不足と事実誤認に基づく、高齢者住宅業界にとっても、超高齢社会においても悪影響の大きい残念な内容だったと言わざるを得ない。その中身について検証、解説する。

【NEWS & MEDIA 】 ニュースを読む、ベクトルを理解する <No 19>


昨日(2019年10月3日)、NHKのクローズアップ現代で放送された 「相次ぐ老人ホーム閉鎖 終の棲家で何が…」という番組。
現在、全国で低価格の住宅型有料老人ホームが増加しているが、NHKの調べによると昨年は355件が廃止届を出すなど、全国での経営悪化・倒産が続いており、中には突然閉鎖が決まり、入居者が突然、追われるように退居させられるケースもあるという。
この高齢者住宅の倒産やその原因については、「制度の不安定さ」と「素人事業者の増加」にあると、これまで述べてきた通りで、今後も、倒産や突然の事業閉鎖が増えることは避けられない。

「参 考」 超高齢社会になぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか ?

杜撰な老人ホームの経営実態の問題がフォーカスされることには歓迎している。
ただ、複数の方から、この番組の内容は高齢者住宅の全体像や介護保険制度の根幹を全く理解しておらず、「頑張っている住宅型有料老人ホーム」として紹介された事業所の経営手法・サービス内容も、あまりにもオカシイのではないか…という怒りの意見が多く寄せられた。その中身について検証、解説する。


番組の概要について・・・

見ておられない方のために、番組の概要を示す。
これは30分番組で、武田キャスターの他、ゲストとしてタレントの新田恵利さん、東洋大学の高野龍昭准教授の三人で進められ、その内容はVTRとそれに対する意見・解説で進められる。

番組の内容は、大きく前半・後半に分かれている。
前半は、「住宅型有料老人ホームの倒産増加について…」

住宅型有料老人ホームが全国で激増しているが、異業種からの安易な参入や経営ノウハウ不足によって経営悪化・倒産・事業閉鎖が相次いでいるという実態が示される。
突然の事業閉鎖で退居を余儀なくされ、ホームから引っ越し最中という福岡の家族を追うとともに、そこで働いていた介護スタッフや困惑する家主のインタビューを乗せている。ディレクターは倒産させた老人ホーム経営者へのインタビューを試みるものの、「体調不良」を理由にでてこない。

続けて、有料老人ホームのM&A(売却したい)という人向けのセミナーの活況の様子が流される。経営者からは異口同音に「高齢者に、いい介護をしたいという想いだけで参入したが、経営ノウハウがなかった…」という言い訳が繰り返される。
このVTRを受け、スタジオに戻り、自宅で老親の介護を続けている新田さんの体験談コメントと、「参入障壁が下がったことのよる素人事業者増加の弊害」について高野准教授の解説が行われる。

ここまでは、実際に起こっている事実であり、VTR・コメントにも疑問はない。M&Aセミナーはほぼ満席だったので、同様の倒産予備軍・突然閉鎖予備軍の有料老人ホーム、サ高住は、まだまだたくさんあるということがわかる。
ただ、一つ気になったのは、後半VTRへのつなぎに使われた、「経営ノウハウの乏しい住宅型有料老人ホームは経営悪化しているが、経営ノウハウのある事業所は頑張ってやっている…」という准教授のコメントだった。その「頑張っている住宅型有料老人ホーム」が後半に登場する。

その住宅型有料老人ホームは、定員30名で現在満床、うち20名が要介護3以上の重度要介護高齢者で生活保護受給者も多いという。ここで、住宅型有料老人ホームの介護システムについてVTR解説が入る。特別養護老人ホームなどの施設とは違い住宅型有料老人ホームが提供するのは住居と食事だけで、介護サービスは自宅と同じように外部の訪問介護や通所介護から受ける。ただ、実際は住宅型有料老人ホームの同一法人・関連法人が、訪問介護や通所介護を併設運営しており、一体となった経営が行われている。
それでも、人件費や介護報酬以外のサービスが経営を逼迫させているのだという。

その事例として、この住宅型有料老人ホームに入居する一人の男性入居者がクローズアップされる。
要介護5の入居者が、毎日失禁して、毎日部屋を掃除しなければならないが、訪問介護を使うと、区分支給限度額を超えてしまうので、老人ホームのスタッフが無料で着替えや掃除を行っているという。
その説明に使われたのが以下のケアプランだ。


彼は、朝と夜に訪問介護を受け(おそらく食事介助)、日中は月曜日から金曜日まで毎日デイサービスを使っている。恐らくこれだけで限度額一杯になるのだろう。だから、失禁しても訪問介護を追加で入れることができない…とこの施設長は訴えている。
毎日洗えないからと、老人ホームの工夫として敷布団の上には台風などで屋根に使う、ゴワゴワとしたブルーシートが敷かれ、男性高齢者は「毎日、失敗して申し訳ない…」としおれている。


この住宅型有料老人ホームの施設長は、VTRで「人件費の増加によって老人ホームの赤字は600万円までふくらんだ。行き場のない高齢者のために国が支援すべきだ…」とするコメントが流れる。
ここで、上記の表とともに、住宅型有料老人ホームに適用される区分支給限度額は36万円であり、この金額では十分な介護ができないという准教授が解説し、「住宅型有料老人ホームは無理な工夫をして頑張っているのに、介護報酬が低いから経営が悪化する、どうすれば良いのでしょうか」と武田アナウンサーが締めた。


この番組の問題点は大きく二つ・・・

どのようにお感じになっただろう。
私は、正直、番組を見終わって、絶句した。点数をつけるとすると、前半60点、後半マイナス100点の、トータルマイナス40点というところだろうか。
有料老人ホームを含む民間の高齢者住宅の倒産は、今後も増え続けることが確実で、マスコミや報道機関が、その点にフォーカス・クローズアップすることはありがたい。ただ、それ以外については、全くの事実誤認で、NHKのジャーナリズムが問われる看板報道番組としては、お粗末極まりない。
問題点を二つ挙げておく。


① 高齢者住宅の全体像を全く無視している

一つは、高齢者住宅の全体像を無視して、「住宅型有料老人ホーム」だけにフォーカスしたことだ。
前半で、「住宅型有料老人ホームは特養ホームと比較して開設が容易・・」としている。もちろん、社会福祉法人の設立から始めなければならない特養ホームと比較すると、「開設しやすさ」について格段の差があることは間違いない。
ただ、事前に届け出が必要な「住宅型有料老人ホーム」よりも、更に格段に開設しやすいのは、一枚の紙を提出・登録するだけで済む「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」だ。ただ、その問題については番組内で全く触れていない。

これは、介護報酬についても同じことが言える。
「住宅型有料老人ホームの介護報酬が低いから経営が安定しない」と言い切る一方で、もう一つの介護付有料老人ホームの介護報酬については触れていない。住宅型有料老人ホームに適用される区分支給限度額は「要介護5 36万円」。それが高いか低いはそれぞれ意見があるだろうが、一方の介護付有料老人ホームに適用される特定施設入居者生活介護の1ケ月の介護報酬は24万円と住宅型の2/3しかない。
また、介護付有料老人ホームの介護報酬にはケアマネジメント費用(ケアマネジャーの人件費)が含まれているが、住宅型には含まれていないため、更に1万円~1.3万円がプラスされ、その差は広がる。

今回の番組では、「サ高住」「介護付」といった他の高齢者住宅は、「混乱するから…」という理由であえて触れないようにNGワードに設定されたのか、VTR内でもスタジオ内でも全く出てこなかった。
現在、「開設のしやすさ」で素人事業者の増加が問題になっているのは、「住宅型有料老人ホーム」ではなく「サ高住」であり、介護報酬の低さが問われているのは、「区分支給限度額」ではなく「特定施設入居者生活介護」だ。
この全体の比較を全く無視して、「住宅型は開設が簡単だから…」「住宅型の介護報酬は低い…」と、強引に結論づけてしまうと、問題の全体像が見えず、視聴者の混乱を招くだけだ。


② 住宅型有料老人ホーム 言いなりのVTR

今回の番組の最大の問題は、後半部分で取材をした住宅型有料老人ホームの言い分をそのまま、「頑張っている優良な老人ホーム」かのように垂れ流しにしたということだ。

番組の冒頭で、住宅型有料老人ホームの多くは訪問介護や通所介護を併設していると解説しているが、それ自体は不正でないものの、「系列サービスしか使わせない」「限度額全額使わせる」となると、「囲い込み」という介護保険の根幹に関わる不正になる。

【関 連】 高齢者住宅・老人ホームの「囲い込み」とは何か (全9回)?

「囲い込み」は行き場のない要介護高齢者を集め、医療保険や介護保険の不正利用によって社会保障費を搾取する「貧困ビジネス」である。今回、紹介された住宅型有料老人ホームは、わかりやすい典型的な「利益誘導型の囲い込み」を行っている不正事業者であり、顔をさらして堂々と出てくるということは、施設長やケアマネジャーも含め、誰もそのことにも気が付いていないずぶの素人業者だ。
それは、10分ほどのVTRを見るだけでわかる。

でてきた「毎日失禁する」という要介護5の男性高齢者。
まともな高齢者住宅の介護現場では、そのようなことはありえない。なぜなら、失禁で一番不快なのは当人であり、ケアマネジャーや介護スタッフは、ケアプランを立てて「失禁しないように介助・支援する」というのが大前提だからだ。
なぜ、この住宅型有料老人ホームでは、同じ人が毎日失禁しているのかと言えば、適切な排泄介助を行っていないからだ。だれでも高齢者は夜間に何度もトイレに起きることを知っている。しかし、番組内で示されたケアプラン(上記)を見ればわかるように、この要介護5の高齢者は、自分一人でトイレに行くことはできないにもかかわらず、夜間に排泄介助が行われている様子がない。

どうして、夜間に排泄介助の訪問介護を入れないのか‥と言えば、それは「区分支給限度額が低いから」ではない。月曜日から金曜日まで、毎日一階に併設している通所介護(デイサービス)を強制的に利用させているからだ。その結果、必要なサービスを提供するための区分支給限度額が足りなくなり、夜勤帯はホッタラカシになり、毎日失禁しているのだ。
「失禁の掃除は無料で行っているため、人件費がかさみ600万円もマイナス」というのも、事実のすり替えだ。住宅型有料老人ホームの収支はマイナスなのかもしれないが、その数倍の利益を併設のデイサービスの強制利用で上げていることについては触れていない。

つまり、「それぞれの要介護高齢者にあった適切な介助を行う」という介護保険の大前提を無視して、事業者利益のために毎日デイサービスに行かせ、そのため必要な夜間の排泄介助が行われず、入居者は、不衛生で劣悪な環境のもとで、「汚くてすいません」と謝罪しながらの生活を余儀なくされているのだ。それはトイレの失敗でも失禁でもなく、介護拒否(ネグレクト)だ。

厳しいようだが 、報道内容が事実であれば、この住宅型有料老人ホームは「囲い込み」の中でも、質の低い部類に位置するといって良い。番組はこの住宅型有料老人ホームを「利益が出なくても頑張っている事業者」として持ち上げ、他に行き場のない入居者に「死ぬまでここで生活したい」と言わせ、「事業者は頑張っているのに介護報酬が低いのが問題」という結論で、番組を締めくくっている。



そもそも、区分支給限度額方式のポイント介助では、重度要介護高齢者・認知症高齢者には対応できない。 公共放送の報道番組で、このような事実誤認と不正事業者を持ち上げ、それがあたかも正しい介護保険制度の使い方で、正しい住宅型有料老人ホームの姿であるかのように報道することは、あまりにも悪影響が大きく、正直、怒りと驚きを禁じえない。
NHKに限ったことではないが、どうして、このような事実誤認と事業者の言い分を一方的に垂れ流すような番組になってしまうのかと言えば、制度の基本や全体像を理解しないまま、始めから「老人ホームは頑張っている…介護スタッフも頑張っている…介護報酬が低いのが悪い…」という思い込みによる結論ありきで番組をつくるからだ。

高齢者住宅業界は、「老人福祉施設と高齢者住宅の役割の混乱」、縦割り行政による「有料老人ホーム・サ高住の混乱」、同じ介護サービスでも受け取る報酬が違う「介護付・住宅型の混乱」という3つの制度矛盾に加え、介護保険の基礎さえ知らない不正ありきの素人事業者の激増によって大混乱している。
それがこの問題の本質だ。
「介護が必要になっても安心・快適」と言いながら、重度要介護高齢者に適切な介護サービスを提供できない劣悪な素人事業者は全体の8割を超え、この10年内に現在運営中の有料老人ホーム・サ高住の半数が倒産すると言われている。

一方で、今後、15年の間に、85歳以上の高齢者が二倍になり、自宅で生活できない重度要介護高齢者、認知症高齢者は激増する。しかし、介護財政も介護人材も全く足りないことは明らかで、要介護高齢者が安心して暮らせる高齢者の住まいをどのように確保していくのかは、私たち一人一人が真剣に考えなければならない、超高齢社会が直面する最大の課題だといって良い。

この番組によって、同様の「囲い込み不正を行っているサ高住や住宅型有料老人ホームの経営者は「ほら、どこでもやっている」「うちの方がずっとましだ」「NHKもそのやり方の正当性を認めた」と胸をなでおろし、不正を加速させていくだろう。このような中途半端な取材で、事実を歪めるような報道は「見る価値なし」ではなく、高齢者住宅業界にとっても、超高齢社会においてもあまりにも悪影響が大きく、加えて、まじめに頑張っている高齢者住宅事業者やケアマネジャー、介護スタッフを冒とくするもので、「百害あって一利なし」と言わざるを得ない。

猛省を促すとともに、公共放送として、もう少しきちんと制度を理解し、まともな番組を作ってほしいと願うばかりだ。




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