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「終身利用」は本当に可能なのか ~脆弱な要介護対応力~


入居者・家族は「亡くなるまで安心・快適に生活できる」「終の棲家で安心できる」と考えて高額の一時金を支払っている。しかし、終身利用できる権利を保証という一方で、建物設備や介護システムが要介護対応になっておらず、認知症や重度要介護状態になれば生活できなくなる有料老人ホームも少なくない。

 【特 集】 有料老人ホーム「入居一時金経営」の課題とリスク 03 (全8回)


脆弱な利用権契約に基づく一定期間の利用料を、入居時に一括して前払いさせる有料老人ホームの入居一時金方式は、入居者にとって過度に不利で、社会的に見ても問題のある契約であることを述べた。
もちろん、すべての有料老人ホームで契約上のトラブルが発生しているわけではない。
ただ、契約で示されている通り、「入居一時金を支払えば、亡くなるまで安心・快適に生活することが可能」と標榜するためには、少なくとも二つの前提条件が必要となる。

一つは、経営の安定だ。
有料老人ホームは高齢者の生活の根幹となる住居である。介護や食事などの生活支援サービスも一体的に提供されていることから、倒産すると高齢者の生活基盤そのものが根底から破壊することになる。要介護高齢者の場合、突然サービスが止まれば、生命に関わる危機に発展する。
特に、入居一時金という価格システムを取っている有料老人ホームでは、入居者は終身利用できる権利を、入居時に一括して前払いしている。入居期間は、半年~1年程度で亡くなる人から10年、15年と長期に渡る人まで入居者によって異なるが、入居者は入れ替っても、30年、40年と事業・サービスを安定して継続していかなければならない。
有料老人ホームやサ高住は開設することは容易だが、需要が増加するとはいえ、30年、40年と長期安定的に経営を続けることはそう容易ではない。

もう一つは、要介護対応の充実だ。
有料老人ホームへの入居を希望する高齢者・家族の最大のニーズは「介護が必要になっても安心して生活できること」だ。期間の差はあるが、突然死でない限り、疾病や加齢による身体状況の変化によって、ほぼすべての高齢者が要介護状態になる。 入居者は「終の棲家」の安心料として高額な一時金を支払っていると言ってもよい。
「終身利用できる権利」を前提としている以上、特殊なケースを除き、「重度要介護状態なっても安心・安全に生活できる有料老人ホーム」でなければならない。

しかし、高額の入居一時金を徴収している有料老人ホームであっても、商品設計・事業計画の段階でこの二つの条件を満たしている(その努力をしている)事業者ばかりではない。


重度要介護高齢者の増加に対応できない有料老人ホーム

高齢者住宅で「重度要介護高齢者への対応可」と標榜するには、Aさんが要介護5という「個別重度化対応」と、半数以上の入居者が要介護3以上という「全体重度化対応」という二つの基準をクリアする必要がある。
ただ、この「重度化対応力」というのは、「スタッフが頑張る・頑張らない」という精神論の話ではなく、商品設計上のシステム的・技術的な問題である。

 「住宅型」と「基準配置の介護付」

課題の一つは、介護システムの不備だ。
住宅型有料老人ホームは、介護付有料老人ホームと違い、有料老人ホームの介護看護スタッフが介護するのではなく、自宅で生活するのと同じように、区分支給限度額の範囲内で、入居者個々人が外部の訪問介護、訪問看護や通所介護サービス事業者と個別に契約し、介護を受けるものだ。一ヶ月単位の事前予約方式で、ケアプランが作成され「食事の準備」「入浴時の洗髪」「通院の付き添い」などを受ける。ただ、系列の訪問介護サービス事業者を併設し、一体的に介護サービスを提供する住宅型有料老人ホームがほとんどで、「併設訪問介護で安心・快適」と標榜している。

しかし、要介護3以上の重度要介護状態になると、食事や入浴だけでなく、排泄や立ち座り、移動移乗を含め、日常生活のほぼすべてに介助が必要な状態となる。日々の体調変化によって、「お腹の調子が悪く何度も便がでる」「汗をかいたので寝間着を着替えたい」という臨時の介護や、「リビングに行きたいので車いすに移乗させてほしい」「テレビを付けてほしい」といった短時間の隙間のケアが増えてくる。特に、認知症高齢者の場合、勝手に外出したり、他の人の部屋と間違えて入ったりたりという、想定できない行動を起こすことがあるため、見守りや声掛けといった「間接的なケア」も求められる。


しかし、介護付有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)と違い、通常の訪問介護サービスでは、これら臨時のケア、すき間のケア、見守り・声掛けといった間接的なケアは、すべて介護保険の対象外である。これらは臨機応変な対応が求められる介助であり、区分支給限度額方式の前提である「出来高算定」の「事前予約制」では対応できないからだ。
つまり、区分支給限度額方式の住宅型有料老人ホームやサ高住では、24時間365日、常時介護が必要となる重度要介護要介護高齢者、認知症高齢者に対応できないのだ。

【参照】 🔗 【F009】 どちらを選ぶ ・・ 介護付か? 住宅型か? ① 
【参照】 🔗 【F010】 どちらを選ぶ ・・ 介護付か? 住宅型か? ② 

一方の特定施設入居者生活介護の指定を受けた介護付有料老人ホームであれば、重度要介護高齢者に対応できるかと言えば、そう単純な話ではない。
特定施設入居者生活介護の指定基準は、要介護高齢者3名に対して1名以上の介護看護スタッフを配置することとしている。60名の入居者(全員要介護1以上)であれば、20名の介護看護スタッフで、夜勤や休暇を含めて全体の介護システムを構築することになる。

しかし、夜勤や早出、遅出など入居者の生活の一日の流れ、介護サービスの必要量をシミュレーションしていくと、大半の高齢者が要介護1程度で、要介護3以上の高齢者が一割未満であれば対応できるが、重度要介護高齢者が2割、3割と増えてくると、最低限の介護サービスさえ提供できなくなる。

つまり「介護付」と言っても、 基準配置程度では、「個別の重度化」には対応できても、「全体の重度化割合の増加」には対応できないのだ。

② 「居室・食堂分離型」の建物設備設計

もう一つは、建物設備設計上の課題だ。
車いす利用など要介護状態が重くなると、私たちが普段から何不自由なく使っている建物設備、備品が、生活上、大きな障壁になる。バリアフリー設計、有料老人ホームの設計基準であればよいというものではなく、重度要介護高齢者の生活や介護のしやすさに合わせた建物設備設計が必要になる。
有料老人ホームのパンフレットを見ると、一階に豪華なエントランスや広いワイドビューのレストラン、二階以上に居室が並んでいるところが多いのだが、このような居室・食堂のフロアが分離している建物設計では、車いす高齢者が増えると、エレベーターが日常生活における移動の大きな障壁(バリア)となる。

食事時間の生活行動をイメージしてみる。
自立歩行の高齢者が多い場合は、一往復で10人以上は移送できるため、問題ないだろう。
しかし、車いす利用の高齢者が増えると、大型の福祉エレベーターでも一往復で4台程度しか移送できない。50名を超える定員規模になると、一日三度の食事の移送だけで、移動させるだけで5~6人の介護スタッフと一時間以上の時間が必要になり、エレベーターホール前や食堂の入り口は大混雑する。
この「居室・食堂分離型」は、住宅型、介護付などに関わらず、「全体重度化対応」にとって致命的な欠陥だといって良い。

【参照】 🔗 【F32】 中度重度要介護高齢者住宅の基本② ~建物設計~ 

「高齢者住宅」「有料老人ホーム」と一括りにしているが、自立高齢者の住宅と要介護高齢者の住宅は、根本的に全く違う商品だいうことだ。それは同じ学校と言っても、小学校と大学は全く違うものであるのと同じだ。「自立の時に住み替えて、介護が必要になっても安心…」といったセールスを行っているところがあるが、それが可能であるならば、老人福祉施設もケアハウスや養護老人ホーム、特別養護老人ホームなど、要介護状態に合わせて3つも種類を作る必要はないだろう。



入居一時金の話に戻ろう。
入居一時金という価格システムを取っている場合、入居者は介護が必要になっても生活できる「終の棲家」を希望し、終身利用できる権利を前払いしている。
しかし、述べてきたように、

◆ 区分支給限度額方式の住宅型有料老人ホーム
◆ 基準配置【3:1配置】程度の介護付有料老人ホーム
◆ 居室と食堂のフロアが分離しているタイプの有料老人ホーム

は、終身利用権で居住権上は住む権利が確保されていても、重度要介護状態になると実質的に生活できなくなるのだ。
現在、運営中の有料老人ホームの商品を見回すと、高額の入居一時金を徴収して「終身利用」「終の棲家」を謳っていても、実際は重度要介護に対応できない有料老人ホームが全体の半数に上る。
厳しいようだが、半数以上の有料老人ホームは「羊頭狗肉」なのだ。





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