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介護の効率性を追求する(Ⅳ) ~ITの導入が失敗する理由~

 前回、高齢者住宅や高齢者施設の介護の効率化についてのべましたが、その方向性が、制度設計の側面からも、事業経営の側面からも大きく歪んでしまっているのが今の高齢者介護の姿です。
 前々回述べたように、一軒、一軒の自宅を回る訪問介護は、移動時間や手待ち時間が発生するため、常勤の訪問介護員でも、一日に7人、8人の介護しかできない、勤務時間のうち4時間、5時間しか実介護労働時間に当てられないという非効率な介護サービスです。
 そのため、限られた介護資源の運用という視点でみると、重度要介護高齢者は、一つの施設、集合住宅に集まって生活してもらったほうが効率的・効果的です。移動時間や手待ち時間が必要ないため、一人の介護スタッフがたくさんの介護サービスを提供できますし、「お腹の調子が悪くなんども便が出る」という体調変化があっても、介護スタッフが常駐しているので、「次の介護時間まで数時間待っていないければならない」ということもありません。
 少ない介護スタッフ数で多くのサービスが提供できるということは、それだけ介護報酬、社会保障の支出が減るということです。それが、「要介護高齢者の住まい」が後後期高齢社会の社会インフラとして不可欠だとされる最大の理由です。それほど難しい論理ではなく、誰が考えてもわかるはずです。
 しかし、この「介護資源の効率的・効果的運用」という視点は、政府・厚労省の業界の利権を優先した矛盾だらけの制度設計、制度運用と、制度矛盾を悪用して暴利をむさぼるという悪徳事業者の蔓延で、「高齢者施設・高齢者住宅が増えると、介護財政が悪化する」という本末転倒の事態になっています。

 ユニット型特養ホームでは、たくさんの介護スタッフが必要で、非効率で働きにくい全室個室のユニット型特養ホームが主流になっています。一方の高齢者住宅でも、どの制度が一番得か、どうすれば最も高い介護報酬、診療報酬が得られるかというだけで、制度矛盾をついた「囲い込み」などのグレーゾーン、不正が蔓延し、介護現場の働きやすさを土台とした臨床的・技術的な「介護の効率性」の検討が全く行われてこなかったのです。 それと並行して、少しでも利益を上げようと、介護現場をしらない素人経営者の「ライン介護」のような、介護スタッフを機械のように扱う間違った効率性追求ばかりとなり、介護現場が疲弊・崩壊しているのです。

 いま、介護業界では、介護人材不足を背景に、大手事業所ではIT化、ロボット化、センサー機器などの導入が進められています。最近は、テレビのディレクターのように耳にインカムをつけて介護をしている事業所もあります。これら最新技術の導入はこれからの介護業界に不可欠なもので、適切に運用すれば介護の効率化に資することは間違いありません。
 しかし、その導入に向けての説明を聞いていると、その多くは失敗するだろうと思います。それは、一回目で述べた「ライン介護」と発想が同じだからです。IT化、ロボット化は、介護環境の効率化や事務作業の軽減には役に立つものですが、介護そのものがITやロボットにできるわけではなく、直接的に「介護業務の減少」、その先の「介護スタッフの削減」にはつながらないからです。

 離床センサーを例に考えてみましょう。離床センサーは、認知症高齢者などがベッドから起き上がったときに、センサーが発砲し、スタッフにその危険を知らせてくれるというものです。
「離床センサー、見守りセンサーによって、巡回が必要なくなる ⇒ 介護の仕事が減る」
 そう安易に考える人がいますが、これは全くの間違いです。そもそも、介護施設や高齢者住宅では、病院のように真夜中に介護スタッフが懐中電灯を持って、巡回するというようなことはしていません。「センサーが鳴れば、スタッフコールと同じで、他の業務をしていてもその手を止めて、駆け付けなければなりません。特に、ユニットやフロアが分離している中で、あっちこっちでピーピーとセンサーがなれば、階段を使って走り回ることになり、逆に仕事やストレスが増えるだけです。
 これは介護ロボットも同じです。移動や寝返り、排せつ支援、コミュニケーションなどの介護ロボットが次々と開発されています。若年層の身体障がい者の生活にはとても役立つものですが、高齢者の場合、認知症でなくても、認知機能や判断力が低下していますから、その大半は介護スタッフのサポート、支援が必要になります。転倒骨折が起きたときに、どこに法的に法的責任が求められるか…という問題になるからです。

【実は、介護用のIT、ロボットは千差万別・玉石混交】
  ① 急変、事故やトラブルの削減には役立つが、業務の軽減にはつながらないもの
  ② 事務作業の軽減・業務の軽減にも役立つが、人を減らすことはできないもの
  ③ 便利そうに見えても、使ってみると対象者が限定されるもの
  ④ 介護負担の軽減をうたっているが、実際に使うとストレスのたまるもの
  ④ 不必要のように見えても、入居者・家族には喜んでもらえるもの

 IT化、ロボット化にはさまざまな機能、役割があります。いろいろなIT機器、ロボットにもいろいろありますから、プロジェクトチームを作って研究するのも面白いものです。
 費用対効果もそれぞれに違います。基本は、事務作業を軽減したり、スタッフの身体的負担やストレスを軽減するなど、「介護環境の効率化」、つまり介護をしやすくするためのものです。ただ、その多くは、それによって直接的に介護の業務量、介護スタッフ数を大幅に削減できるというものはありません。それを、介護を知らない世界から来た社長が、「介護・福祉の世界に一般企業の手法を取り入れる」「IT化を進める」という旗を掲げて、その業務内容、専門性を無視して「必要な余裕」をすべて、排除しようとするから、現場が疲弊し、破綻するのです。

介護の効率化を進めるために必要なこと

 ここまで、四回にわたって、介護の効率化の追求について述べてきました
 最初に述べたように、介護サービス事業の経営は、「収益性の向上」「労働環境の給与・待遇の改善」「サービスの向上」、どれをとっても、効率性の追求なくしてありえないといっても過言ではありません。 それは訪問系サービスにおいては、移動時間や手待ち時間を減らすこと、高齢者施設・住宅においては、ターゲットの限定や生活動線・介護動線を見直すことによって、行うことができます。

 最後に、介護の効率化を進めるために必要なポイントを述べておきます。
 それは、効率化のメリットを介護現場と共有するということです。
 介護業界はまだまだ、旧態依然とした業界です。最初に述べたように、ベテランになるほど「これまでこの方法でやってきた」「介護には効率化などいらない」と変化を好まない人も少なくありません。「パソコンが使えない」と同じで、個人の資質の問題もありますが、その背景には、経営者サイドが「介護の効率化=人減らしによる経営の効率化」だと間違ってとらえているという問題も大きく、「効率化と言っても、経営者は利益優先で、自分たちは仕事が増えて給与は同じでしょ」「IT機器やセンサーに振り回されて、より忙しくなるだけでしょ」と考えてしまうからです。それは、視点を変えれば、「効率化によって、待遇や働き方が改善される」というメリットが、介護の現場に伝えられていないからです。

 介護の効率化には、さまざまな方法があり、メリットがあります。介護環境の効率化によって、介護に余裕ができること、利益が上がれば、その利益の一部は目に見える形でスタッフに還元されるということを約束すれば、介護現場と経営が一体となって、介護の効率化を進めることができるはずです。
言い換えれば、経営者が効率化による明確なメリットを現場に示せない限り、その効率化は間違っているとも言えるのです。




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