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極めて特殊な有料老人ホームの入居一時金システム

 高齢者住宅のビジネスモデルのもう一つの課題は、「価格設定」に関するものだ。
 一般の住戸用の賃貸マンション・アパートの場合、入居時に家賃の数か月分の「敷金・保証金」と月々の家賃を支払う。「敷金・保証金」は、借主の債務を担保するために貸主が預かる金銭であり、賃貸借契約が終了し賃借物件を貸主に明け渡す時に、原則借主に返還される。
 サ高住の価格設定は一般の賃貸マンション・アパートとほぼ同じ。最近は有料老人ホームでも、介護付、住宅型に関わらず同様の価格設定のものが増えている。

 しかし、いまも有料老人ホームには、入居時に数千万円の一時金(入居一時金)が必要なところがある。令和6年6月28日に出された「令和五年度 有料老人ホームを対象とした指導状況等のフォローアップ調査」によれば、有料老人ホーム16,543件のうち、これらの入居一時金を徴収している事業所は、2,296件(約14%)となっている。
 この入居一時金は、一般の賃貸アパート・マンションの「敷金・保証金」とは質が違う。なぜそれほど高額なのかと言えば、その中に「敷金・保証金」「一定期間の利用料の前払い」「終身利用権」が含まれているからだ。



 図に沿って、[入居一時金1800万円][初期償却20%][償却期間6年]という価格設定の有料老人ホームを例に挙げてみよう。
 入居一時金1800万円のうち、初期償却の20%分、360万円が敷金・保証金となる。残りの80%の1440万円が、償却期間六年間の家賃相当(居室、及び共用設備利用料)の前払いとなる。表のように6年間の家賃相当が1440万円ということは、一年間の利用料が240万円、月に直すと20万円。これは、前払いのため、償却期間内の2年(24ヶ月)で退居すると、残りの4年(48ヶ月)の未利用分960万円(20万円×48ヶ月)と、初期償却(360万円)を合わせて1320万円が返金される。


 では、償却期間を超えて、6年以上入居した場合はどうなるのか。
 前払いをしたのは六年分だけなので、常識的には7年目以降は毎月20万円の利用料を支払わなければならない。しかし、「入居一時金を支払えば、償却期間を超えて入居しても、追加の利用料は必要ありません」というのがこの価格設定の最大の特徴だ。
 つまり、入居一時金は「敷金・保証金」「利用料(家賃)の前払い」だけでなく、合わせて終身利用できる権利(終身利用権)を購入するという性格を持っているのだ。



 長い間、この極めて特殊な価格設定が運用されてきた理由は二つある。
 一つは、有料老人ホーム事業者から見たメリットだ。
 有料老人ホームは、開所後すぐに入居者が一杯になるわけではないため、安定期に入るまでの開設後の運転資金の確保が課題になる。この入居一時金によってキャッシュフローが潤沢になるため、資金ショートしない。
 もう一つは、入居者・家族から見たメリット。
 有料老人ホームの場合、車いすが移動できる広い食堂や介護浴槽、レクレーションルーム、スタッフルーム、生活相談室の他、広い廊下幅、特殊な福祉エレベーターなど、一般の賃貸マンションとは比較にならないほど共用部に建築コストがかかる。そのため、居室は20㎡程度のワンルームだとしても、家賃相当(居室、及び共用設備利用料)は高額なものとなる。
 有料老人ホームへの入居を検討する高齢者の資産状況は「資産大・収入少」。退職金などで預貯金はある程度持っていても、月々の収入は年金に限られる。


そのため、
 ① 1800万円の入居一時金を支払えば、入居期間中の月額費用はずっと20万円
 ② 入居一時金は360万円だが、毎月の月額費用は40万円
という、二つの選択肢があれば、心理的に①の方が支払いやすいと考える人は多いだろう。
 それは「長生きリスクへの保険」という意味もある。
 75歳で有料老人ホームに入居する場合、80歳を超えると、①と②の支払総額は逆転する。90歳まで生きると2700万円、95歳では3600万円とその支払総額の差はどんどん開いていく。入居一時金を支払えば、「90歳、95歳まで生きるとお金が払えなくなってしまう…」という不安もなくなる。
 「まだ、75歳なので10年、20年後のことも考えると、そちらの方が安心」 
 「一人暮らしになった父の退職金を取り崩して、入居一時金に充てた」
 「身体が弱ってきたので、マンションを売って有料老人ホームに入ることにした」
そう考える、高齢者、家族は多いのだ。


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