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未来倶楽部に見る入居一時金の脆弱性(上) ~事件の背景~

有料老人ホーム 未来倶楽部で発覚した26億円に及ぶ不正経理による詐欺事件。
前経営者は何故このようなことを行ったのか、また行うことができたのか。
その事件の背景には他に類例のない『終身利用権付き前払い方式』という有料老人ホームの特殊な価格設定にある。脆弱な入居一時金経営の特性と課題を探る。


2018年12月22日、朝日新聞が、「有料老人ホーム 未来倶楽部」を運営する㈱未来設計において、入居者から預かった38億円の入居一時金の内、26億円が消失していたと報じました。未来倶楽部は首都圏で37の有料老人ホームを運営する中規模の高齢者住宅事業者で、2千人近くの入居者が生活しています。

外部🔗 【老人ホームの入居一時金、26億円消える 買収で発覚】

この「未来設計」は、その5ケ月前の同年7月、その関連会社とともに福岡市に本社のある「㈱創生事業団」に売却されています。この創生事業団を含む、創生グループは7つの都道府県に有料老人ホームを展開する高齢者住宅事業者で、買収した未来倶楽部を含めると、総施設数は170施設、定員数は8400になり、全国でトップ5に入る大手高齢者住宅事業者になりました。
今回の事件は、以前から未来設計で働いていた財務部長が、旧経営者が行った不正を新しい経営者である創生事業団に告発して発覚したものです。

外部🔗 【創生事業団 未来設計を事業継承 全株式を取得】

創生事業団によると、今のところホームの入居者の生活に影響は出ておらず、従業員に対する給与の支払いなども滞っていないとしています。
しかし、報道によると8月末時点で27億円の債務超過に陥り、入居者の遺族に残った一時金を返還できないなどの影響がでているほか、介護報酬の入る銀行口座の一部は、取引銀行によって凍結されています。
同社は「経営を改善し、なんとか入居者を守りたい」として、金融機関に返済猶予などの支援を求めていますが、実態は赤字経営だったという報道に加え、今回の不正経理によってイメージの悪化は避けられず、新しい入居者や介護スタッフの確保が難しくなることは間違いありません。

この未来倶楽部の入居一時金の消失は、旧経営者による犯罪です。
しかし、その背景には「終身利用権付き入居一時金」という、他には類例のない特殊な有料老人ホームの価格システムがあります。同社だけでなく「黒字のように見せかけているが、じつは赤字」という有料老人ホームは相当数に上り、今後、破綻する事業者が激増する可能性は極めて高くなっています。
三回にわたって、未来倶楽部の事件と、そこから見える入居一時金制度の脆弱性について考えます。

他に類例のない特殊な入居一時金という価格設定

入居一時金というのは、一般的に「住宅サービス」にかかる費用です。
一般の賃貸マンションやサービス付き高齢者向け住宅の場合、家主(事業者)に支払うのは、入居時の「敷金・保証金」と、毎月支払う「月額家賃」です。一方、有料老人ホームの入居一時金は、「敷金・保証金」+「償却期間内の利用料前払い」+「終身利用権」という三つの役割を持っています。

入居一時金という価格体系を図式化したのが、下の図です。
入居一時金には「金額」「初期償却」「償却期間」が設定されています。
図は、「金額900万円」「初期償却20%」「償却期間6年」の例です。

初期償却は、賃貸住宅で言えば「敷金・保証金」の役割を持つものです。
900万円の内の20%、180万円が「敷金・保証金」となります。一般の賃貸住宅と同じように、「利用料その他の未払い」「勝手に壁に大きな穴を開けた」という入居者の責によるもの以外は、原則として、退居時に全額戻ってきます。

その残りの80%の720万円が、償却期間である6年間(72ケ月)の利用料の前払いです。
賃貸住宅の場合は「家賃」と言いますが、有料老人ホームの場合、居室及び他の食堂などの共用設備を利用する権利への費用として「利用料(または利用権料)」と言っています。
前払いですから、償却期間の6年以内に退居した場合は、未償却部分、つまり前払いした金額の差額が戻ってきます。例えば、4年(48ケ月)で退居した場合は、残りの2年分(24ケ月分)の240万円と、「敷金・保証金」の180万円、合わせて420万円が戻ってくるという計算です。

未来倶楽部の事件は「背任」ではなく「詐欺」

これを老人ホームの会計事務から見た仕分けは、次のようになります。

入居時に支払われた入居一時金の900万円は、初期償却の180万円は預り金として、720万円は利用料の前受金(負債)として処理します。
そして、毎月、10万円ずつ建物設備・居室の利用料(家賃相当)として、収入項目に振り替えていきます。6年分(72ケ月)の利用料の前払いですから、720万円は6年間で振替が完了することになりますが、初期償却の180万円は、その後も退居時まで返済義務のある預り金として残ることになります。
これが、通常の入居一時金会計の振替仕分けです。

しかし、今回の未来倶楽部の不正経理は、受け取った入居一時金の全額(事例では900万円)を、預り金・前受金として処理せずに、そのまま入居時に全額、収入として計上したというものです。
通常は、こんなバカなことはしません。
償却期間内を含め退居者に対して返済できなくなるからです。
加えて、その年度は莫大な利益がでますが、翌年度以降は、利用料収入がゼロになり大赤字になります。また、その年度だけ莫大な利益を上げたとしても、その30%は法人税や事業税として国に納付しなければなりません。「タコが漁師に金を払って、自分の足を全部食べた」というレベルの話です。

ではなぜ、前経営者がこんなことをしたのか・・・、
その理由は二つあります。

一つは、有料老人ホーム事業を「創生事業団」に高く売り付けるためです。
この未来倶楽部は、実質的には赤字経営の状態にあり、事業の売却を急いでいたようです。
実際、他の経営者の方からも「実は、うちの法人にも話があった・・」という話を聞いています。
しかし、赤字経営のままでは、高い値段で売却することができないため、買い手側に「未来倶楽部は、利益がでている」「将来性の高い事業である」ということを示す必要があります。そのため、預り金を収入に付け替えることで、黒字に見せかけたのです。
結果、創生事業団は、「49億円」という高値で未来設計を買収しています。

もう一つは、自分が経営者であるうちに、高い役員報酬を得るためです。
経営者はサラリーマンではありませんから、役員報酬は当該年度の利益よって変わります。つまり、実態は赤字経営だったものの、自分が経営者である期間だけ黒字に見せかけることで高い役員報酬を搾取していたのです。この不正を指示したと言われる70歳の創業者の女性に対して、不正が行われた過去3年の間に、未来設計や持ち株会社から、8億8500万円の報酬が支払われていたことがわかっています。

一連の会計処理について、創業者は取材に対し、「顧問税理士に確認して大丈夫だと言われた」と、どこかの自動車会社で聞いたような話をしているそうですが、「負債を収入に付け替える」という会計処理は、「銀行から900万円借りて、それをそのまま売り上げとして計上した」というのと同じです。通常の商取引、会計処理から見れば、いかに常軌を逸した行為なのかわかるでしょう。

これは「創生事業団に負債を押し付けた」というM&Aがらみの企業間の詐欺事件ではなく、悪質な計画倒産の手法です。当該有料老人ホームを信頼して、高額な一時金を支払って入居した2千人近い高齢者の生活を破綻させ、真面目に働いている1600人もの介護看護スタッフを裏切る行為でもあり、決して許されるものではありません。

顧問税理士も同罪です。
創生事業団の聞き取りに、「債権者に対しては仮装経理の事実は説明したほうがいいですよ、言っとかなきゃまずいですよ、という話は(創業者に対して)何度もした」と証言しているそうですが、それは「先方に話をしておかないとまずい」というレベルの話ではありません。このような不正経理で三期も決算を行っており、それに基づいて「創生事業団」は購入しているのですから、明らかな詐欺行為への加担です。顧問税理士も同罪として厳しく断罪されるべきでしょう。

他に類例のない特殊な入居一時金という価格設定

この事件は、背任ではなく詐欺であり、民事だけでなく、刑事罰に問われるべき事案です。
また、自己の利益のために相手を騙そうという悪意を持って会計操作が行われたという点で、「未来設計の特殊な事例・・」であることは間違いありません。
しかし、この問題の背景には、通常の賃貸住宅とは違い「共用設備・居室の利用料を、一括して前払いさせる」という入居一時金の特性にあります。
会計準則の視点からは重大な問題があるとはいえ、それを手元にある資金として、経営者が勝手に使うことができてしまうということです。

これは、法的な欠陥でもあります。
厚労省は「破綻に備えて、前払い金の内500万円を上限に保全する義務がある」としていますが、逆に言えば、「1000万円の預り金でも500万円の保全で良い」ということになります。またその保全は、有料老人ホーム協会への互助会システムのような拠出金(500万円の保証で、20万円の拠出金)でも可能としていますから、それを支払っていれば、内部留保する必要はありません。
見方を変えれば、前払い利用料を、通常の運転資金や、他施設の開設資金に流用してもよいという制度であり、その流用金額にも制限はなく、会計処理、経営状態をチェックする人は、誰もいないのです。

しかし、預り金は返済義務のある負債です。また銀行からの借入金と違い、「入居者が事業者に対して、自由に使って経営して良い」と委託したものでもありません。それを使うということは、「先にもらった家賃で、スタッフの給与を支払ったり、借入返済している」ということであり、「資金ショートしないから倒産はしないけれど、自転車操業の状態」にあるということです。
その経営実態が発覚するのは、経営破綻する時なのです。

これに加えて、今後、大きな課題となるのが「終身利用権」です。
先の事例で、「償却期間の6年以内に退居した場合は、未償却部分、つまり前払いした金額の差額が戻ってくる」と述べました。
では、6年という償却期間を超えて、入居し続けた場合どうなるのか。
本来であれば、前払い家賃の償却がなくなるので10万円ずつ支払う、もしくは追加の一時金を支払うというのが普通です。このサービス料の前払い方式という料金システムは、一部の「語学学校」などでも行われていますが、それでも、その期間や所定の回数が終わればサービスは終了となります。継続するのであれば、あらためて追加の費用が必要です。

しかし、有料老人ホームの場合、900万円を支払うことによって、「6年を超えて長生きしても、追加の家賃を支払うことなく、生活し続けられますよ・・」という権利を合わせて購入する契約となっており、償却期間後の追加利用料は免除されるのです。
そう考えると、いかにこの入居一時金が、いかに特殊な価格設定なのかが、わかるでしょう。
有料老人ホームの入居一時金の特性は「前払い方式」ではなく、「終身利用権」にあるのです。

もちろん、有料老人ホーム事業者の説明の通り、安定した経営、生活が守られていく、入居一時金を支払えば、終の棲家として終身利用ができるというのであれば、問題はありません。
しかし、そう簡単な話ではないのです。
それは、この入居一時金経営は「経営者の不正を招きやすい」というだけでなく、法的にも経営的にも、非常に脆弱だからです。

続く>>>> 未来倶楽部に見る入居一時金の脆弱性(中) ~居住権・商品性~

続く>>>> 未来倶楽部に見る入居一時金の脆弱性(下) ~長期入居リスク~




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