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サンウェルズの「PDハウス問題」 囲い込みのパンドラの箱はいつ開く(下)

 今回の事例は、「不適切な運用・グレーゾーン」「制度・報酬算定の理解不足」という過失や過誤ではなく、明らかな不正、意図的な不正だ。診断している医師や訪問看護を提供している看護師も、「一人で看護した時に二人分請求してはいけないとは知らなかった」「数秒、安否確認しただけで30分の訪問看護が取れると思っていた」などと言うはずがないからだ。
 言うなれば、有料老人ホームを舞台にした数十億円規模の診療報酬の搾取、詐欺事件だ。その金額の大きさや公的資金の搾取であることを考えると、厚労省や自治体が告発すれば、間違いなく刑事罰、実刑に問われる事案だ。今回の場合、その責任は経営陣だけでなく、訪問看護の管理者や医師、訪問看護スタッフ個人に及ぶ。刑事罰を受け、有罪となれば医師資格、看護師資格もはく奪、最悪、数億円規模の負債を個人で抱えることになる。

 ではなぜ、安い給与にもかかわらず、実刑や資格剥奪になるリスクを冒してまで、このような事業者で不正を働く介護スタッフ、看護師がいるのか。
 それは、手抜きし放題で仕事が楽だからだ。
 通常の訪問看護の場合、一軒一軒、患者宅をバイクや自転車で回り、バイタルチェックや薬のチェック、医療依存度の高い高齢者の清拭や入浴介助など、医師から指示された必要な訪問看護サービスを提供することになる。わたしも研修で一緒に回ったことがあるが、気難しい患者、家族もいれば、急変への対応もしなければならない。末期がんで胃瘻、気管切開、重症化した褥瘡など、高い医療知識・看護技術が必要となる患者も多い。私の知人、友人にも訪問診療の医師や訪問看護の管理者がいるが、「やりがい」と「強い重圧」が相互に絡み合う仕事であり、「看護のプロとしての社会貢献」の意識がなければ、とても続けられるものではない。

 しかし、このような事業所では、「入居者が眠っているのを看護師が数秒確認しただけで約30分訪問したように記録」とあるように、ハンコだけ押せば何もしなくていい。それで同じ給与がもらえるのだ。不正だと認定されなかった訪問看護も、記録に齟齬がないというだけで、適切に行われているかどうかは、はなはだ疑問だ。そもそもが、「パーキンソン病」というだけで、手厚い訪問看護が医療管理上、必要な患者ではないため、することがないからだ。
 このような不正が蔓延している事業所で働くと、看護のプロとしてのその経歴に大きな傷がつく。「手抜きや不正を何とも思わない看護師なのね…」「あそこで働いていたなら、使えないわね…」となるため、まともな病院や介護施設では採用されないからだ。このような手抜き介護、手抜き看護に慣れてしまうと、当たり前の看護業務ができなくなる。雇ってくれるのは人が次々と辞めるブラックな環境か、もしくは同様に不正事業者だけだ。

 これは、囲い込み型のサ高住や住宅型有料老人ホームで働く介護福祉士でも同じ。このような事業所の仕事に慣れ切った看護師の行く手に待ち受けているのは、「不正事業者でしか働けない」「看護師の資格がはく奪される」のどちらかしかない。これからは「詐欺の被告人として刑事罰に問われる」も加わるだろう。
 言い方は悪いが、闇バイトに応募しているようなものだ。
 診療報酬・介護報酬詐欺を行っているという感覚が麻痺しているのだ。
 厳しいようだが、このような倫理観の欠落した医師・看護師は資格剥奪になってほしいと思う。
 彼等の存在は、患者にとっても社会にとっても、百害あって一利なしだからだ。
 医療介護の現場で働く、多くの看護師、訪問看護師が、怒りをもってそう思っているだろう。
 

 いま、この「PDハウス」と同じように、「難病やパーキンソン」の高齢者を囲い込んで、医療・介護・障害福祉の施策のダブル・トリプルの売り上げで、高収益を上げる事業者が、雨後の竹の子のように全国で激増している。それどころか不正の見つかった「PDハウス」でも、全国で同様のビジネスモデルの有料老人ホーム事業を拡大し続けている。

 その背景には、医療介護コンサルタント会社の暗躍もある。
 大手を含め、多くの介護医療コンサルティング会社が、医療法人に対して「パーキンソン専門の有料老人ホームが儲かる」「これからはナーシングホームだ」「不正にならない報酬算定のやり方」などと、その制度の隙をついたノウハウを引っ提げ、全国各地でセミナーや営業活動を行っているからだ。
 その入居者には、年間一人当たり一千万円~一千五百万円と、通常の特養ホームや介護付有料老人ホームの入居者の五倍~十倍の医療介護費用の報酬請求が行われている。そのため、パーキンソン病の高齢者は、紹介業者の垂涎の的であり、一人当たり数百万円で取引されているという。ひとつの企業だけで、これだけの不正が見つかっているのだから、全国で見れば、「パーキンソン専門有料老人ホーム」で搾取される不正規模はいまでも数百億円の単位であり、あっという間に数千億円規模に達するだろう。
 そのほとんどが、「必要のない訪問看護」なのだ。
 さらに言えば、これは「パーキンソン専門有料老人ホーム」だけでなく、多くの住宅型有料老人ホーム、サ高住でも「囲い込み」による不透明な要介護認定、報酬算定が行われている。その数は全国で30万人~40万人規模になるともいわれ、認定調査の改竄、書類介護など、その不正規模は数千億円を超えて、数兆円規模、介護報酬請求全体の一割~二割になると推定される。

 このサンウェルズの「PDハウス」の不正問題を受けて、介護医療業界、とくに高齢者住宅業界の最大の関心事は、「厚労省はどこまで手を入れるのか」だ。
 厚労省が本気で、この制度矛盾を突いた「囲い込み」を一気に撲滅しようとするのか。それとも変わらず「地域包括ケア・自治体の責任」を全面にして放置を続けるのかを、息をのんで見守っていると言っても良い。厚労省が「報酬返還すればそれ以上のおとがめなし」と不正を放置すれば、今後も類似の「囲い込み高齢者住宅」は激増し、その不正額は天井知らずとなる。罰則もなく「見つかった部分だけ返還すればよい」となれば、割増になっても、その方がずっとお得だからだ。
 逆に、事業閉鎖、指定取り消し、不正を行った経営者、ケアマネジャー、医師、訪問看護師までも、詐欺として刑事告発に踏み切れば一罰百戒となり、その基準に沿って監査を行えば、同様の囲い込み高齢者住宅は大きなダメージを受ける。一時的に混乱するだろうが、続けて不正を撲滅していけば、適正な報酬請求を行う高齢者住宅業界に収斂していくはずだ。

 この問題は、癌と同じで、放置すれば進行・拡大していく。
 無届施設や住宅型有料老人ホームで行われている囲い込みは、15年以上前から「制度の不備」を指摘されてきた。その時に「一般住宅への訪問介護・訪問看護」と「集合住宅への訪問介護・訪問看護」を分離し、外部サービス利用型特定施設入居者生活介護への移行を促して、不正に対しては厳しく対処する方針を示していれば、ここまで被害が拡大することはなかっただろう。
 これまでも、高齢者住宅でも法人ぐるみの介護報酬の不正請求事例は多数見つかっている。大手の住宅型有料老人ホームでは、七人の高齢者を訪問介護三人で介護させ、死亡事故まで発生させている。その摘発、規制強化のチャンスは幾度となくあったはずだ。しかし、厚労省は、そのすべてを、ことごとくスルーしてきた。その結果、囲い込みは有料老人ホームからサ高住へ拡大、更には「PDハウス」のように搾取の対象は介護保険から医療保険、要介護高齢者から難病患者へと、その悪質性、不正金額ともに、どんどん悪質化・拡大しているのだ。

 恐らく、この「PDハウス」の経営者は自分が詐欺を働いている、不正を行っているという認識はないだろう。『何が不正なのか』というとさえ知らないからだ。このような素人経営者は介護業界、高齢者住宅にはたくさんいる。
 問題は厚労省だ。
 「医療介護財政悪化の中、厚労省は何をやっているんだ」と思うだろう。
 ただ、残念ながら、今回も厚労省は、経営者や管理者の告発に踏み切ることはなく、「一部の事業者の問題」「不正が見つかれば対応する」「自治体に適切な指導監査を行うように指示した」程度で、お茶を濁す可能性は高い。そうなれば、一部事業者による巨額の不正利益がどんどん拡大し、介護医療財政は悪化の一途をたどる。
 結果、前回の介護報酬改定のように、「訪問介護・訪問看護は利益率が高い」とされ、介護報酬、診療報酬削減に向かうことになる。適切に運営している訪問介護、訪問看護、介護付有料老人ホーム、特養ホームばかりが報酬削減の被害を受け、その一部は、「不正したもの勝ちなのか…」と生き残りをかけて「囲い込み悪徳事業者」へと変貌していくだろう。
 実際、この「〇〇総研のセミナーを聞いてきた」「パーキンソン専門のナーシングホームをやりたい」という相談は、まわりの医療法人からもある。これまで地元に根付いて医療介護を地道に行っていた医療法人でさえ、「これからの医療介護は制度の脆弱性を突いて上手くやったものの勝ち…」「生き残るためにはやむを得ない…」と、公金を搾取する反社会的事業に闇落ちしていくのだ。

 医療介護費用はすでに逼迫ではなく、絶対的に不足している。まずなすべきことは、この巨額の不正や不適切な運用をなくすことだろう。それだけで、介護人材への手当は十分に可能だ。
 しかし、厚労省は、頑なにこの数兆円規模に及ぶ「囲い込み不正」「制度の歪み」を黙認し続けてきた。
 それはなぜなのか。
 直接聞いたことがないため、わからない。表向きの言い訳はいくつかあるだろう。
 ただ、「現行制度では、行政の対応には限界がある」という言い訳は通じない。15年以上前から不正が指摘されているものを、対応できない「現行制度」のまま、意図的に放置し続けてきたのは厚労省だからだ。
 実は、この高齢者住宅の業界団体や大手高齢者住宅事業者にも、「顧問」などと称して、多くの厚労省の幹部職員が天下りをしていることが知られている。中小の事業者を淘汰させ、利益率の高い大手事業者を育て、そこに天下ることを考えているのだろう…と訝る人もいる。数兆円規模の巨額の社会保障費が不正に搾取されていることを知りながら、長年、見て見ぬふり放置してきた厚労省が、その不正に積極的に加担してきた、不正事業者を育ててきたと言われても仕方ない。
 「バカバカしくてやってられない」「まさに『正直者がバカをみる』政策」
 利権のために制度を歪めているかどうは別にしても、少なくとも、制度の公平性や継続性、疲弊する介護看護現場には全く興味がないということは事実だろう。

 ただ、このパンドラの箱は、いつかどこかで必ず開く。
 数年後には、医療介護費用の増加で、自治体が破綻し始めるからだ。
 厚労省は、省庁の利権政策で介護医療業界を崩壊させ、どう責任を取るのだろう。 
 なぜ日本では、このような詐欺まがいの反社会的事業をもてはやすのだろう。
 どうして日本は、官民ともにこのようなシロアリだらけの国になってしまったのだろう。
 その箱の中に残っているのは、『希望』だとは限らない。





 



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