老人福祉施設、特養ホームは、個人のものではなく、国民のものだ。
介護保険による介護サービスだけでは対応できない、複合的な福祉過大に直面し困っている社会的弱者のものだ。だから非営利事業の社会福祉法人として、特別に認可されている。しかし、今や、それは天下りや地方議員など、一部の人たちの利権と化している。いまや、社会福祉法人は、老人福祉の低下の象徴となっていると言っても過言ではない。
本来の役割である福祉機能も低下
ここまで述べてきたのは、特養ホームの課題というよりも、制度上の課題だ。
ただ、この四つ目の課題は、特別養護老人ホームを運営している社会福祉法人の問題だ。
繰り返し述べているように、特養ホームは「家族から介護虐待を受けている」「認認介護で生活崩壊の危機にある」「独居認知症高齢者で周辺症状があり、契約による高齢者住宅への入居ができない」など、介護保険制度だけでは対応できない、福祉的支援が必要な要介護高齢者の施設だ。
その運営は社会福祉法人に限定され、民間の介護サービス事業、高齢者住宅と比較すると、事業税、法人税が非課税になるなど、その運営に対しては、十重二十重の優遇を受けている。この特別養護老人ホームは、介護保険上の「介護保険施設」に組み入れられているが、その本質は、その地域のセーフティネットである「老人福祉施設」であること忘れてはならない。
そのため、通常の契約による入所だけでなく、緊急避難的な支援が必要な高齢者のために行政が介入し、入所手続きを行う「措置入所」も残されている。
しかし、この措置入所を受託しているのは一部の特養ホームに限られており、「対応の難しい高齢者はお断り」「家族とのトラブルがあるので虐待高齢者は嫌だ」と拒む事業所も少なくないという。
ある政令都市で話を聞くと、特養ホーム100施設のうち、措置を受けているのは数施設、すべて複数人部屋の古い施設で、ユニット型で措置を受けるのはゼロという話も聞く。これを行政に聞くと、「措置入所の対象が少ないため」という回答が戻ってきたが、独居高齢者、認知症高齢者、介護虐待などがここまで社会問題となっているのに、「福祉的な支援が必要な高齢者が少ない」などというはずがない。そうであれば、民間の介護付有料老人ホームで十分で、福祉施設を作る必要などないだろう。
自分で声をあげられる高齢者であれば、福祉ではなく介護サービスだけで事足りる。行政も多くの社会福祉法人も、「家の中で声も上げられない高齢者に何の配慮もしていない」というのと同じだ。これでは何のための老人福祉施設なのかわからない。
福祉を利権化する厚労省・政治家・天下り公務員
五つ目は、福祉の制度を悪用し、利権化している人達の存在だ。社会福祉法人には、市町村からの推薦に基づく、都道府県からの認可が必要だ。この認可を取りやすいのは誰かといえば、地方政治家だ。
その結果、一部の社会福祉法人は、明らかに地方議員の利権の温床ともなっており、理事長が市会議員、その親族や天下り公務員が施設長といった、全く介護や福祉に関係のない人たちがトップにいる事例は少なくない。
介護福祉士や社会福祉士でもなく、介護や福祉の最低限の知識も技術もない、管理能力もトラブル対応能力もない人たちが、理事長や施設長として君臨し、その数だけで全国で少なくとも数千人規模、新聞を読んでいるだけで、一千万円以上の高額の報酬が支払われ、その額は全国で、年間数百億円~一千億円規模となる。地方議員の中には(政党を問わず)、支援者の家族を優先的に特養ホームに入所させるなど、ほぼ「政治活動の一環」として福祉施設が使われている例もあるときく。
ひどい話だと思うかもしれないが、彼らには指導監査の手は届かない。
地方議員の権力を使って、握り潰してしまうからだ。
スタッフによる虐待が横行したり、理事長の一存でジャンクボンドの投資に突っ込み、十数億円という損失を出す事例もある。違法行為であっても、ひっそり退任して何も責任もとらない。
そして、その握りつぶした公務員が、また天下りしていくのだ。

本来、特養ホームの施設長には、介護福祉の専門職種である介護福祉士、社会福祉士、もしくはケアマネジメント、リスクマネジメントなどの知識が不可欠だが、このような天下り公務員のために、短期間の通信教育で「施設長資格」が取れる厚労省主導でカリキュラムが行われている。地域福祉、地域介護の拠点である特養ホームの施設長資格は、通信教育で撮れるほど軽いものなのだろうか。厚生労働省が、どれほど介護、福祉の専門性を軽視しているか、介護現場をバカにしているのか、よくわかるだろう。
そのせいで、現場の専門職種である、介護福祉士、社会福祉士が責任を負わされるだけで、給与や待遇があがらないのだ。「介護の専門性の強化」「介護スタッフが足りない」「社会保障費が足りない」「増税、負担増やむなし」と叫んでいる人達が、その陰でどんな利権を得て甘い汁を吸い、どんな不正なことをしているのかを見れば、この老人福祉、特養ホームを隠れ蓑にした闇が見えてくるだろう。
民間の要介護向け住宅の経営を圧迫
最後の問題は、介護付有料老人ホームなどの民間の高齢者住宅との関係だ。ユニット型特養ホームには巨額の建設補助が行われているため、エントランスや内装を含め、介護付有料老人ホームとは比較にならないほど、豪華で機能の整った建物設備のものが多い。
また、その人員配置は【1.6~1.8:1配置】となっており、ここまで手厚い介護システムを取る介護付有料老人ホームは、その一割~二割程度しかない。ユニット型特養ホームは、ハードもソフトも要介護高齢者の住まいとしてはその最高峰に位置すると言っても良いだろう。
「特養ホームは老人福祉施設なのに贅沢だ」と言っているわけではない。
ただ、都心部に一般の賃貸マンションであれば家賃30万円以上かかるものを、巨額の税金を投入してその近辺に半額で入居できる市営住宅を作れば、入居希望者が殺到するのは当然だ。また、前回、述べたように、そこに申し込みができるのは、一定以上の収入や資産を持つ高齢者に限られるため、その層をターゲットにした介護付有料老人ホームは、どう工夫しても勝ち目はない。
現在の要介護高齢者の住まい対策の大失敗の原因の一つは、この「老人福祉施設(特にユニット型特養ホーム)」と「要介護向け住宅」の役割の混乱にあると言って良いだろう。
これから、多くの地域で人材と財源はどんどん少なくって行く。「介護だ、福祉だ」と、ユニット型特養ホームを作れば作るほど、その地域の限られた介護人材・介護財政が吸い取られるため、運良く入所できた人と、できない人との社会保障の受益格差は広がっていく。更にそれは、地域の福祉拠点でもセーフティネットでもなく、金銭的に余裕のある人だけの高級・低価格老人ホームという、考えられないほど歪んだ制度になっているのだ。「民業圧迫」という言葉は他の業界にもあるが、これほどまでに民間の「要介護向け住宅」の整備を正面から妨害している事例を、他に知らない。
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