NEWS & MEDIA

介護の効率性を追求する(Ⅰ) ~介護業務は効率化できるか~


 わたしが、介護の仕事を始めた30年前は、まだ「介護=福祉」だった時代です。
 スタートは介護職員でした。その業務のあまりの非効率さに、「もう少し、やり方を考えた方が良くないですか…」「段取り悪くないですか、介護しにくくないですか…?」と、おずおず提案すると、「いままでこのやり方でやってきた」「福祉に効率性なんかいらない」と年下の先輩スタッフだけでなく、主任さんからもバッサリ切って捨てられました。
 それまで銀行員で、企業の生産性、収益性ばかり考えていたので、「どうすれば業務を効率化できるのか」を考えない、むしろそれを悪と考える世界があるのだと、軽いカルチャーショックを受けました。
 効率性の追求は、生産性の向上とも言い、投入した人材・財源のパフォーマンスを上げることです。営利事業において、生産性・効率性の向上が必要のない仕事・サービスはありません。あるとすれば、芸術性の高い商品や「一日、一組だけの宿」「一日、一組だけのレストラン」など、その非効率性を嗜好品・贅沢品として、価格転嫁できるものだけです。

 いまでも、こういう変化を好まないタイプの介護福祉士、ベテランさんは少なくありません。
 介護サービスは一般の営利事業ではありませんが、効率性の検討は必要不可欠です。他の営利事業とは比較にならないほど、一人ひとりの介護スタッフのパフォーマンスの向上、効率性が重視される業態だと言っても良いでしょう。
 それは、介護サービスは公定価格だからです。
 例えば、一日に常勤8時間労働の一人の訪問介護員が、6人の利用者、四時間しか介護できないのと、一日に8人の利用者、五時間介護できるのとでは、人件費は同じでも、受けられる介護報酬は20%アップします。介護保険施設や高齢者住宅でも同じです。フロアあたり20人の要介護の入居者、月に600万円の収入があるとして、これを12人の介護看護スタッフで介護していたものを、10人で介護できるようになれば、介護スタッフ一人当たりの生産性は20%上がります。
 これは、収益性や給与が上がるというだけの話ではありません。介護保険施設や高齢者住宅の場合、効率性が高まれば、少ない人数でも手厚い介護サービスが提供できるため、介護スタッフ一人一人の労働負荷は減少し、労働環境を改善させることができます。
 介護報酬の単価が高い、低いという話とも関係ありません。
 介護報酬単価は全事業者共通です。介護サービス事業の経営は、「収益性の向上」「労働環境の給与・待遇の改善」「サービスの向上」、どれをとっても、効率性の追求なくしてありえないのです。介護経営者の仕事、経営コンサルタントの仕事は、そこに集約されると言っても過言ではありません。

 介護業界でも、効率化に取り組む企業は増えています。「ITツールの活用」「業務マニュアルの作成」など、一般企業の手法をそのまま取り入れようという動きもあります。
 しかし、現実をみると、企業だけでなく、介護労働者にとってもプラスになるはずの「介護の効率性の追求」のほとんどが上手くいっていません。効率化の効果を得られないだけでなく、介護現場の反発を招き、事故やトラブルが増加、離職者が増えるなど、経営にとってマイナス、逆効果となっています。
 なぜ、介護の効率化は失敗しているのか。その理由は単純です。
 それは、介護業務の特性、介護の現場を知らない人が、従来の機械化、オートメーション化と同じようなイメージで、「効率化」を目指すからです。この「介護の効率性」は、介護経営の根幹であると同時に、その方向性を間違うと、事業そのものが崩壊の危機に瀕するのです。
今回は、四回にわたって、この経営的側面からみた「介護の効率性」について考えます。

 介護の効率性を追求するにあたって、まず、知っておかなければならないことは、介護業務そのものが効率化できるわけではないということです。
 この効率化の追求が大失敗した事例を一つ上げましょう。
 介護保険の発足した2000年代、低価格を売りに急拡大した介護付有料老人ホームがありました。全国展開をして、介護付有料老人ホームの最大手となりました。ここで、低価格化を実現するために使われていた方法が、「ライン」と呼ばれる、介護業務の効率化を目指した業務マニュアルです。
 「一人当たり、排泄介助は5分以内」「一時間に10人は排泄介助が可能」として、介護スタッフ一人一人の業務内容を時間単位で管理し、「Aさんのオムツ交換22時00分」「Bさんの排泄介助22時10分」ともまさに、オートメーションの流れ作業のように介護をしていました。
 しかし、介護経験者から見れば、そんなことは不可能だということがわかるはずです。介護は流れてくる部材を機械的に組み立てるような仕事ではありません。排せつ介助の途中でコールが鳴ることもあれば、認知症の高齢者が起き出してくることもあります。自分でおむつを外してしまい、衣服やシーツが汚染されるケースもあります。それをすべて取り換えると20分~30分はかかります。
 特に、重度要介護高齢者が多くなると、全体の介護量が増加し、川上から次々とやらなければならない介護業務が流れてくるため、コールが鳴ったり、一人に手間取ると、他の業務にしわ寄せがきます。これを、その老人ホームの隠語で「ラインが崩れる」と言ったそうです。そうすると、手がかかる高齢者や頻繁にコールをする高齢者に対して、いら立ちが募ります。一日の生産目標が決められているのに、ジャムをを起こして機械が途中で詰まるのと同じです。
 その結果、与えられた仕事をきちんとこなそうとする職員は、過重労働やストレスに追い詰められて離職、残るのは、「時間がないからAさんの排せつ介護を飛ばそう…」「Bさんは何度もコールするから切っておこう」と、手抜きをする介護スタッフばかりです。また、時間に追われる介護をしていると、排泄介助の時に「身体が熱い、熱がある」「尿の色が明らかにおかしい」と思っても、そんなことを気にしてはいられません。次々とやることが決まっているため、「ラインが崩れるから、見なかったことにしよう」「気が付かなかったことにしよう」となってしまうのです。
 そんな中、ひとりの介護スタッフが、窓から入居者を投げ落とすという連続殺人事件を起こします。
老人ホームで働いたことのある人であれば、「階段室に入り込んで転落、死亡することはあっても、身体機能の低下した要介護高齢者が、ベランダから落ちることなどありえない」とわかるはずです。それも短期間に、二人、三人…です。特に、この老人ホームで働いていた人は、間違いなくそう思ったはずです。しかし、この老人ホームでは警察に対して「事故」と説明していました。殺人でも、誰ひとりおかしいといわないのですから、虐待や手抜き介護を含め、相当数の事故やトラブルが隠蔽されていたことは間違いないでしょう。
 それまで社長や幹部は、有料老人ホームのリーディングカンパニーとして業界団体の代表を歴任し、介護の未来、高齢者住宅の未来を熱く語っていましたが、事件後は、「個人の犯罪」として誰ひとり記者会見さえ行わず、大手損保会社に売却してコソコソと逃げてしまいました。「こんな会社だったんだ…」「介護のことも、スタッフのことも何も考えていないんだ…」と、とても残念だったことを思い出します。
 これは、個人批判をしているわけではなく、この企業だけの問題でもありません。
 コムスンしかり、ワタミの介護しかり…です。上手く言っている会社、特に、大手の介護企業にありがちな「大企業病」の一つです。当初は、「良い介護をしたい」と介護現場を熟知している優秀な介護スタッフもおられたと思いますが、会社が大きくなっていくと、「私たちは介護経営のことをよくわかっている」「自分達の効率性の追求の方向性は正しい」「介護に新しい手法を取り入れた」と、過信してしまうのです。そして、働いている人たちも自分のライン以外のことは、何が起きていても誰も気にしなくなってしまうのです。
 これらの介護企業以外にも、介護の現場を全く知らないまま、「介護業界に民間企業のノウハウを取り入れる」と悦に入っている介護経営者はたくさんいます。言い換えれば、それは介護の専門性を軽視しているからです。

 介護現場には、まだまだ非効率な慣例、習慣がたくさん残っていることは事実です。
 ただ、高齢者介護は、身体機能だけでなく、認知機能の低下した高齢者の生活を支援するのですから、想定外のことがたくさん起きます。そのため、業務に一定の余裕がなければ、よい介護はできません。一見、非効率に見える余裕もそのすべてが無駄でばなく、リスクマネジメント上、必要不可欠なものです。つまり、介護の効率性とは、「一人の介護スタッフが、たくさんの介護を手早くできるようにすること」ではなく、「介護現場の余裕を作り出すこと」なのです。
 介護の効率性の追求は、「必要な無駄なのか、そうでないのか」の見極めが重要なのです。




関連記事

  1. 介護事故の検証は事故対応の能力向上に直結
  2. 特養ホームと介護付有料老人ホームは何が違うのか
  3. 【新しい本が発売になります】 介護離職はしなくてもよい
  4. 親の介護対策は「要介護になる前」が八割
  5. 親が元気なときにこそ、親子で「認知症」の話をしよう
  6. メンタリスト DAIGOさん炎上に対する見解  ~人の命は平等か…
  7. ドーナツ裁判 「無罪で良かった・・」という話ではない
  8. 介護事故報告書を見ればわかる あなたの働く事業所のレベル

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP