「特養ホームが足りない」「待機者が50万人を超えた」と国政選挙・地方選挙に関わらず、「特養ホームを作れ」の大号令がかかっていたが、それから10年もしないうちに、空床となっている特養ホームが全国で増加している。特に、この5年内に開設された一部のユニット型特養ホームは、空床率が「20~50%」と異常に高くなっていることが知られている。結果、一部では、市外・県外からの入所者を受け入れるケースや、入所者確保のために、紹介業者に高額の紹介料を支払って、入所者を集めている特養ホームまで現れている。
前回、その要因として、介護人材不足や低価格の囲い込み型高齢者住宅の増加を上げたが、もう一つ、大きな原因となっているのが、ユニット型特養ホームのホテルコストの高額化だ。
第3章の【ユニット型特養ホームの失敗 Ⅲ ~福祉施設の役割が崩壊~ 🔗】で、ユニット型特養ホームは莫大な社会保障費が投入されている一方、低所得者対策が不十分なため、年金収入しかない低資産所得層の高齢者が入所できないことを解説した。加えてこの数年、災害復興やインバウンド需要のホテルの建設ラッシュ、木材の高騰(ウッドショック)が重なり、特に都市部で整備されるユニット型特養ホームの建築費は高騰している。
それが施設の居住費(ホテルコスト)に加算されるため、基準額(2,066円/日)に対し、平均値でも一日2500円、なかには二倍以上の4500円というところもある。これでは、特養ホームに支払う費用だけで月額20万円、生活費を含めると年間300万円近くになるため、近くに特養ホームが建設されても、低所得低資産の高齢者は申し込むことさえできないのだ。
これは社会福祉法人の運営に関わる問題でもある。
特養ホームは営利目的の高齢者住宅ではなく老人福祉施設である。ホテルコストを基準額より高く設定する場合、運営上やむを得ないと判断されたものに限られている。しかし、減額対象となる第三段階までの高齢者を入所させると、ホテルコストは基準額(2066円)までしか徴収できないため収支が悪化する。「一定数は第四段階でなければ経営できない」「資産収入も勘案せざるを得ない」と話す施設長は少なくない。
特に、収入資産階層が低い人が多いと言われる地域のユニット型特養ホームに空所が目立つと言われている。京都の老健施設やケアマネジャーにまで、「大阪の特養ホームならすぐに入所できます」というDMが届いていると聞く。
待機者は全国で30万人と言われているが、ここにはもう少し詳しい分析が必要だ。
述べたように現在の特養ホームは、従来の四人部屋の旧型特養ホームと個室のユニット型特養ホームの二つに分かれている。旧型特養ホームの場合、月額費用は0~9万円程度と低価格に抑えられている。そのため特養ホームの申し込み、待機者はこの旧型に集中している。実際、旧型・ユニット型など複数の特養ホームを運営している施設長・理事長と話をすると、「ユニット型は入りやすい、旧型は待機期間が長い」「ユニット型はガラガラ、多床室の待機のみ」という意見が多い。
ただこれは、自治体や地域性によっても違いがある。「自治体ごとに旧型とユニット型の待機者数や待機年数の違いを分析すべき」「その分析に基づいて整備する施設を検討すべき」と指摘しているが、それが行われた形跡はない。
「ユニット型特養ホームはコストがかかりすぎる」「低所得者にも対応できない」という課題は、20年以上前から指摘されていたが、旧民主党時代に「特養ホームはユニット型しか作らせない」としたことから、いまだ厚労省はユニット型を全体の七割にする目標を掲げている。
多くの高齢者が手が出ない価格設定の福祉施設を作り続けることに何の意味があるのだろう。
「特養ホームを造るな」とは言わない。これからも契約に基づく介護だけでは対応できない、「要福祉」の要介護高齢者・認知症高齢者は増えるからだ。しかし、ユニット型特養ホームを造ると、そこに財源や人材が集中するため地域全体の介護体制は脆弱になる。また、いまの歪んだ制度のまま莫大なコストをかけてユニット型特養ホームを造り続けても、入所できるのは公務員や大企業社員など、高額の退職金や年金を得られる人に限られている。これから後後期高齢者になる団塊世代はリストラ世代とも言われ、その先の非正規雇用世代が後後期高齢者になれば、ユニット型特養ホームに申し込むことのできない高齢者の割合は更に高くなる。
資本主義社会において、一定の収入格差が発生することはやむを得ないが、社会保障・社会福祉において、その格差が引き継がれることは明らかに社会正義に反する。一部の富裕層・アッパーミドル層のために巨額の社会保障費が投入され、セーフティネットという名目で高級老人福祉施設が作り続けられている国は、一部の社会主義国か日本くらいのものだ。
特養ホームの役割の明確化、低所得者対策の見直しなど、課題の分析や修正を行わないまま、「特養ホームが足りない~」「特養ホームは個室じゃなきゃダメ~」と目先の選挙目的のポピュリズム政治を続けた結果、巨額の費用を使って整備した特養ホームはガラガラ、それでもお金のない人は対象外、社会福祉法人の経営悪化という、目を覆わんばかりの事態になっているのだ。
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