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介護事故「集計・要因分析せず」 自治体三割 ~厚労省のリスクマネジメントはなぜ進まない~

特別養護老人ホーム(特養)など介護施設・事業所での事故に関する厚生労働省の委託調査で、回答した自治体の約3割が、事業者からの報告の集計や要因分析を行っていないことが分かった。厚労省は介護事故の情報を国と自治体が協力して一元的に集計・分析する仕組みを構築する準備を進めている。

介護事故「集計・要因分析せず」3割、厚労省が自治体調査(読売新聞)



介護事故の集計・要因分析は本当に意味があるのか

昨年の10月に、厚労省が全国の1630市町村を対象に「介護事故の集計要因分析」を実施したところ、801市町村からの回答のうち、その約三割の223自治体が集計や分析を実施していなかったことが分かった。その理由として、職員不足を挙げたのが約六割(461自治体)と最多で、また約四割(296自治体)は、再発防止に向けた助言など施設への支援を行っていなかったという。
東北福祉大の菅原好秀教授(リスクマネジメント)は、「事業者の注意を喚起するためにも、行政が集計と事故要因の分析を行い、公表することは欠かせない」「集計作業オンライン化などで職員の業務負担を軽減する必要がある」と強調されている。

この記事を読んだとき、失敬だと思いつつ「厚労省は未だこのレベルなのか」と失笑してしまった。
そもそも、1630市町村を対象にアンケートを行って、帰ってきたのが半数以下。きちんと集計しているところはすぐに回答できるので、アンケート調査にさえ答えられないのが1630-801=829自治体。実施できていない自治体の割合は(829+223)÷1630=65%。つまり三割ではなく、三分の二はできていないということだ。
なぜ、介護事故の集約や分析が進まないのか。
それは事業者にとっても自治体にとっても面倒な手間が増えるだけで、リスクマネジメントの対策としてまったく意味がないとわかっているからだ。

「転倒・骨折」と言っても 同じ介護事故は二つとない

リスクマネジメントのコラムでも述べているが、事故というものは基本的に「介助ミス」「利用者の身体認知機能の低下」「建物設備備品の瑕疵」3つの要因で発生する。
一つは、介助ミス、つまり介護サービス上のミス・過失が原因となるもの。「移乗介助中に転倒させた」「シャワーの湯温を確認せずに熱傷」といった直接的なミスだけでなく「食事内容の変更」など連携・連絡ができていなかったために発生した事故も含まれる。
二つ目は、利用者の身体機能・認知機能の低下。高齢者は加齢によって身体機能・認知機能が低下し、それは日ごと・時間帯・薬剤によっても変わってくる。自立歩行の高齢者はどこかで必ず転倒し、運が悪ければ骨折する。また認知症高齢者は、消毒液を飲んだり、タオルを口に入れて窒息するなど、予測不可能な行動によって事故を起こすこともある。
三つ目が、建物設備備品の不一致。「ストレッチャーのネジが外れて転落」「特浴の安全ベルトが外れて溺水」「車いすのブレーキが甘く、坂道で勝手に動き出した」など、実はこれも結構多い。


また、図のように、事故は一つだけの原因で発生するわけではなく、そのほとんどは、二つ以上の原因が重なっている場所で多発し、かつ骨折や死亡などの重大事故に発展する可能性が高くなる。
「車いすのブレーキが甘くなっていなければ、移乗介助を失敗しなかったのに…」「特浴の溺水事故の主原因は見守り不十分だけど、特浴ベルトが劣化して外れなければ…」「誤嚥は嚥下機能の低下も原因だけど、テーブルやいすの高さが合っておらず食事中の姿勢も良くなかった…」ということ。

それぞれの原因には、それぞれに背景・要因がある。
まず、介護事故の種類・内容は利用者の要介護状態によって変わってくる。
例えば、車いす利用者に多いのは移乗時の転倒・転落だが、これは移乗自立時と移乗介助時とでは原因も対策も違う。これは身体機能だけでなく、認知症の有無にも関わってくる。認知症の高齢者には「危ないのでここで少し待っていてください」と説明しても意味はなく、骨折していても歩き出してしまう。食事中の誤嚥や窒息、異食事故も、慌てて食べるタイプの認知症高齢者に多くなる。

建物設備設計や備品選択によっても違う。浴室内での転倒事故、溺水事故と言っても、大浴槽と個浴、特浴とではその事故の中身や予防対策は変わってくる。特浴はその浴槽の機能・種別によって一つ一つ変わってくるといっても過言ではない。食堂でも全入所者が集まって食事をするタイプの食堂と、少人数のユニット型の食堂でも違う。その違いが分析されていなければ適切な対策はとれない。

もう一つ重要なことは、「発生予防に重点」を置くべき事故と「拡大予防に重点を置くべき事故」は違うということ。例えば、看護スタッフの薬の誤配による誤薬は、スタッフの努力によって削減できるものであり、発生予防に重点を置くべき事故。一方、慌てて食べる認知症高齢者の誤嚥・窒息は、発生予防だけでは十全に避けられないものであり、吸引機の設置や見守りなどによって、発生時に迅速に対応し、死亡など被害が拡大しない対策に重点を置くべきものだ。
これは、夜間の転倒も同じ。「夜間の転倒事故対策としてセンサーマットの利用を…」という人がいるが、センサーマットを付けていても、他の人の介助中など、すぐに飛んでいけないこともあるため、転倒事故は防げない。センサーマットは「迅速に対応できる」という拡大予防策でしかない。同様に「転倒予防のために見守り」「誤嚥予防のために見守り」などと書いてあるケアプランをみることがあるが、見守っていても誤嚥の転倒も防げない。事故種別による対策の違いがわかっておらず、ケアカンファレンスで「転倒予防のためにセンサーマットつけます」「食事の時には見守りを行います」としか家族に説明しないため、転倒・骨折が起きた時に「センサーマットを付けたら安全じゃなかったのか…」「きちんと見守りをしていなかったからだ…」とトラブルになる。

このように「歩行時の転倒事故」「車いす移乗時の転落事故」といっても、一つ一つその事故原因や背景が違う。それは「転倒事故10件」「誤嚥事故5件」と表面的に集約・分析できるものではなく、かつ、その集約・分析には、介護事故やリスクマネジメントに対する高い知識・技術ノウハウが不可欠なのだ。

介護事故を市町村単位で集約・分析する意味はない

現在の厚労省が行っている集約・分析・対応には、二つの課題がある。
一つは、市町村単位で集約・分析することに意味がないということ。
市内に特養ホームが5つあると仮定しよう。ユニット型や多床室などそれぞれタイプが違い、浴室・浴槽もそれぞれバラバラなのに、その域内で発生する事故ケースを集約したり分析をして、何かそこに共通の特性や特徴が見えてくるだろうか。一年間に入浴時の転倒骨折事故が10件あったとして、そこから得られる情報や共通する予防対策が何かあるだろうか。また、近隣のA市とB市で事故リスクに特異な違いが生まれるだろうか。
介護事故の分析というのは、「事故の原因や背景を、個別に一つ一つ丁寧に深く検証する」というタイプの分析と、一つ一つの事故は別のものということを前提にしつつ「たくさんの母数を集約して、そこから何か共通項を見つける」という分析の二つの方法に分かれる。 前者は各事業者が行うべきことであり、後者は行政が行うべきことだ。そう考えると行政の事故分析は、数百・数千という単位で事故情報を集めて、それをタイプごとに分割して分析しなければ意味がない。それは市町村ではく、国、もしくは都道府県レベルでやるべきことだ。

もう一つは、市町村の担当者にアドバイスすることなどできないということ。
記事では、「約四割(296自治体)は、再発防止に向けた助言など施設への支援を行っていなかった」としているが、介護の仕事をしたこともなく、介護事故がどのような原因で、どのような背景で発生しているのかということを全く知らいない人が、介護現場にどのような助言をするというのだろうか。
介護というのは、高い知識・技術・ノウハウが必要な専門職種であり、これは事故対策も同じ。またその予防実務は、要介護状態や建物設備設計によっても一人一人変わってくる。自治体の担当者がアドバイスするというのは、医師に手術の手順を教えたり、弁護士に法的なアドバイスをするのと同じ。もし私が介護の現場にいたときに、自治体の担当者から事故対策の実務・知識についてあれこれ頓珍漢なアドバイスをされれば、不愉快を通り越して怒りを覚えるだろう。

もちろん、リスクマネジメントの向上のために、重大事故の情報を集約・分析することが必要だということに異論はない。「事業種別」「場所・エリア」「事故の種類」「事故による被害(骨折・死亡等)」「原因」について、集約することによって、「居室での移乗時に転倒・転落事故が多いんだな…」「浴室では転倒・転落・溺水・熱傷など様々な事故が発生しているな…」と理解させることは、交通事故と同じで、事故対策の土台となるものだ。
ただ、今のやり方では、「昨年は当該市町村では死亡事故1件、転倒骨折事故5件でした。皆さん気を付けましょう」というだけのもので、自治体にとっても事業者にとっても、報告の負担が増えるだけで何の意味も効果もない。もちろん事故も減らない。少数の事故分析でアドバイスなどできるはずがない。それがわかっているから、三分の二の自治体が放置し、事業者も性格な報告も分析も進まないのだ。

これは厚労省だけでなく、介護経営者も同じだ。
私は全国で事業者を対象としたセミナ―を行っているが、介護業界のリスクマネジメントの対策に絶対的に欠けているのは、介護看護スタッフが安全に働ける環境を整えるという視点だ。私たちは「誤嚥リスク・転倒リスク・感染リスク」という言葉を日常的に使うため、「リスク=介護事故・感染症」と考えがちだが、リスクマネジメントのリスクとは、その転倒骨折や感染症が、介護スタッフの疲弊や離職、家族からの苦情やクレームなどに拡大していくことだ。その違いがわかっていないから、「介護事故=スタッフのミス・責任」というイメージが強くなり、事故予防対策でさらに現場が疲弊・混乱して、隠蔽や改竄で更に事故が増えるとい負のスパイラルが起きているのだ。

リスクマネジメントは、地域包括ケアシステムと並んで、これからの介護業界、介護サービス事業者の経営の未来を占う二大テーマだと言ってよい。かつ、それは経営課題であり、これが推進できない事業者は、確実に倒産・崩壊していくことになる。

ただ、その実務を「地域包括ケアだから…」「事故予防は現場の仕事…」とすべてを自治体や介護現場に丸投げするだけでは、事故も減らないし、介護労働環境の改善もできない。
国や自治体が、介護施設や高齢者住宅の介護サービスの質の向上や労働環境の改善を真剣に考えるのであれば、重大事故については罰則規定も含めて確実に報告義務を履行させるための対策や、家族への事故リスクの説明の充実、ケアマネジメントとリスクマネジメントの一体化、介護事故裁判の法的課題の検証など、現場の介護スタッフを苦しめている、より本質的な課題に取り組むべきだろう。


【関連コラム リスクマネジメント】
特養ホームの窒息死亡事故 損害賠償裁判の論点と課題 (上)
特養ホームの窒息死亡事故 損害賠償裁判の論点と課題 (下)




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