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介護虐待・身体拘束を擁護する声の空しさ

繰り返される、介護保険施設や高齢者住宅での虐待事件。このような虐待事件が、ネットニュースで報道されると、「身体拘束は仕方ない部分もある」「介護職員ばかりが悪者になって私たちは可哀そう」という、介護職員や元介護職員のコメントで溢れる。「介護の仕事はブラックだ」という人に気が付いてほしいこと



岡山県勝央町の特別養護老人ホーム「南光荘」で、職員22人が、入所者の腹部をひもで縛ったり、部屋に閉じ込めるなどの虐待行為を行っていたという虐待事件が発生。入所者への対応を指示していた介護主任など職員4人が今年4月に解雇されていることがわかりました。

岡山県勝央町の特養で入所者虐待 食事減らし、暴言吐く(外部リンク)

繰り返される、介護保険施設や高齢者住宅での虐待事件。
このような虐待事件が、ネットニュースで報道されると、「身体拘束は仕方ない部分もある」「介護職員ばかりが悪者になって私たちは可哀そう」という、介護職員や元介護職員(らしき人達)のコメントで溢れます。もちろん、介護職員だけの責任ではありませんし、これを長年放置し、適切な方法をとってこなかった施設側、また自治体や厚労省にも大きな責任があります。解雇された4人は不当解雇として裁判所に労働審判を申し立てているということですから、そこで、どのようなことが行われていたのが、それが適切だったのか、仕方ないことだったのか、議論されることになるでしょう。

労働者の自己犠牲に基づく仕事などない

実際に、老人ホームや高齢者住宅の増加とともに、施設内での介護虐待は増えています。
ニュースで報道されるのは、氷山の一角であり、ほとんどは表面化しません。多くの現場で介護職員が難しいケースに対応しているのはその通りです。
私は、実際の介護現場で、いち介護職員として、また管理者として働いていました。認知症や日常生活の不満から暴言を吐く高齢者や、無理難題を言ってくるたくさんの家族に対応してきました。人間ですから、認知症だとわかっていても介助中に暴言を吐かれてムッとしたこともありますし、家族に対して「それは違うでしょう」と厳しく意見を言ったこともあります。次に同じトラブル(スタッフに怪我をさせた)が起これば、契約解除(退所要求)を検討せざるを得ないと家族に告げ、行政を巻き込んで喧嘩をしたケースもありました。
「介護は素晴らしい仕事だから、笑顔で頑張りましょう」「自分のおじいさん、おばあさんだと思って頑張りましょう」なとどいう気はさらさらありません。

私が、この介護関連や虐待ニュースのたびに残念に思うのは、介護職員・元介護職員・介護経験者と称する人たちから、「虐待する気持ちをわかって」「身体拘束やむなし」というコメントが溢れることです。どこか擁護しているようなニュアンスのものも少なくありません。彼らが言っていることは心情的には理解できないことはありませんが、彼らの意見に同調するとことはありません。厳しいようですが、「それほど嫌なら辞めればいいじゃない」「介護以外の仕事を選べば良いのに」としか思いません。「私が辞めれば利用者・入居者が困る」「私は高齢者のために頑張っている」と怒る人がいますが、それこそキレイごとの甘えです。

仕事選びの基本は「何のプロになるのか」 🔗 書いているように、仕事には「生きがい・やりがい」という人生を豊かにする側面と、「生活のための糧・給与を得る」という厳しい側面があります。介護の仕事をやろうと思ったのは、社会の役に立ちたい、高齢者や家族の役に立ちたいと思ったからでしょう。それでも「自分の想像と全く違った・・」というのであれば、他の仕事を探すべきです。
低い給与で自分の望まない嫌な仕事をして、認知症高齢者・要介護高齢者を虐待してまで、「あなたは何をしたいのか」と首をかしげてしまいます。更に、虐待は刑法上の傷害罪ですし、怪我をすれば傷害致傷という罪に問われ、介護福祉士などの資格は剥奪、最悪、刑務所に入ることになります。
憲法で職業選択の自由が保障されている日本で、労働者の自己犠牲によって成り立っている仕事など、一つもありません。「私は高齢者達の犠牲になっている」と少しでも思うのであれば、そんな人に介護されるのは高齢者にとっても不幸ですし、もちろん働く人にとっても、それ以上の不幸はありません。

「事故予防のために身体拘束やむなし・・・」というのも、あきらかな間違いです。
介護事故の法的責任について、積極的な社会的議論を・・ 🔗 で述べているように施設内・事業所内で発生する生活上の事故に対して、社会的議論が進んでいないと言うことは事実ですが、身体拘束は「書類整備が大変だ」という手続き論の話ではありません。特別なケース、かつ一時的・臨時的なものを除き、身体拘束は人権侵害です。「事故を予防するために身体拘束やむなし」というのであれば、保育園や幼稚園でも、「コケると危ないから・・、言うことをきかないから・・」と子供を柱に括り付けて良いことになります。「高齢者と幼児は違う」「高齢者介護の方が大変だ」というのは、保育のプロに対する侮辱です。少なくとも「介護のプロ」の発想ではありません。

「介護の給与は大変なのに安い」という声も多いのですが、そうであれば「あなたは自分の給与を聞かずに、仕事内容を知らずに仕事を始めたのか?」ということです。「介護従事者の40歳男性の平均年収は、他の産業と比較すると100万円以上低い」などと報道されることがありますが、それは誇張されたデータであり、他業種と比較して初任給はそれほど安いものではありません。

介護労働者の給与・待遇は本当に安い・低いのか (1)  参照

私が、「介護報酬を上げろ」と言っているのは、「介護の仕事は大変だから」ではなく、「介護の専門性を適正に評価すべき」だと考えているからです。介護事故を防いだり、家族に丁寧に説明したり、認知症高齢者に適した生活環境を作るには経験と高い知識、技術が必要です。誰にでも代わりが務まるような仕事しかできず、家族や素人、マスコミとほとんど同じ目線で、感情的に「介護の仕事は大変」「虐待も仕方ない」「身体拘束は手続きが面倒」などと言っている人に、高い給与は払えません。それは、介護以外でもどんな仕事をしても同じです。もし仮に、介護従事者の給与が月に平均3万円~5万円あがれば、介護虐待や違法な身体拘束はなくなるかと言えば、そうではないでしょう。

「高齢者介護は大変だけれど素晴らしい仕事」などという気はありません。
その仕事にやりがいを感じられるのかどうかは、個々人によって違うからです。
それは営業の仕事や販売の仕事でも同じです。私は車のセールスマンになっても営業成績は残せないでしょうし、他人に「とても、お似合いですよ・・」と服を上手く勧めることもできません。料理を作るとぜんぶ辛くなってしまいますし、お笑いタレントになっても全く売れないでしょう。それぞれ、自分が得意な仕事、幸せに感じる仕事、社会に役に立てる仕事、人生が豊かになる仕事をすればよいのです。
介護という仕事は、身体機能や認知機能の低下した高齢者を、介護のプロの高い技術・知識で支援するという特殊な専門職です。「俺には、私には無理だったから介護の仕事を辞めたんだ・・」という人も多いでしょうが、それが正解です。「セールスマンとして成績が残せないから社会人・職業人として不適格」ではないのと同じように、介護の仕事が適合しなかったからと言って、あなたの人格や職能を否定するものではありません。


介護虐待の原因は、素人事業者の増加、それを後押しした制度設計

もう一つ、言っておきたいことは、ほとんどの施設・事業者で虐待は発生していないということです。
虐待がニュースなどで表面化するのは、氷山の一角だと述べましたが、それでも高齢者への虐待、特に組織としての集団的な虐待が起きているのは、ごくごく一部の事業者でしかありません。また、当然のことですが、「介護の仕事は大変だから」といっても、ほとんどの介護スタッフは虐待をしません。当該、組織的な虐待を行っていたと報道されている特別養護老人ホームが、特別に手のかかる特殊な高齢者を介護していたのかと言えば、そうではないでしょう。

もちろん、ネットニュースでコメントしている介護職員も、ほとんどの人は虐待をしていないでしょう。
インターネットやSNSの世界は匿名ですから、「現在の介護という仕事の環境を替えたい」「このままでは本当に介護崩壊を起こしてしまう」という危機意識が厳しい言葉に転換しまうこともあるでしょうし、毎日へとへとになって仕事をして、夜勤をして、そのストレスを少しでも誰かに伝えたいという気持ちはよくわかります。私も夜間にオムツ交換に行くと、弄便で布団も衣服も便まみれで、その介助中にコールが重なったり、認知症高齢者が起きだして「ふぅ~」とうんざり思わずため息をついたことがあります。認知症のおばあさんへの食事介助中に、「こんなまずいもの食えるか」と顔に食材を吐きかけられたり、トレイごとひっくり返されムッとしたこともあります。
だからといって「虐待の気持ちをわかってほしい」「身体拘束やむなし」というのは、介護のプロの解決方法でも、それを目指す人の意見でもないのです。

高齢者介護は、家族介護代行サービスではなく、専門的なプロの仕事です。
介護施設でも24時間付き添うわけではありませんから、転倒など介護事故をゼロにすることはできません。ただ、「身体拘束はしない」ということを明確にして、ケアマネジメントの中で、事故発生のリスクやその対策、またその対策の限界をきちんと家族に説明しておけば、トラブルになることはありません。ケアマネジメントは契約ですから、ケアカンファレスの中で「絶対に転倒させるな」「骨折すれば訴える」と言うのであれば、サービス契約をすることはできません。

暴言や暴行も同じです。
認知症高齢者が意味不明な行動をしたり、感情が不安定になり暴言を吐くのは、本人の性格や嫌がらせではなく病気だからです。ただ、「ユマニチュード」など、感情的にならないように介助を行う技術・知識の検討は進んでいます。それでもスタッフが殴られたり、けられたりして怪我をするのであれば、それは老人ホームで対応できるサービスの範疇を超えています。精神科の医師と相談する必要もあるでしょうし、その高齢者の生活レベルにあった病院などへの転院も検討すべきでしょう。
「介護が大変だから、薬で眠らせよう」というのは本末転倒の虐待ですが、殴られても蹴られても、笑顔で介護しましょう…、認知症なので何をされても我慢しましょう…なんて仕事ではありません。

ただ、この虐待問題の本質は、「介護労働者の資質・能力の欠如」ではありません。
この介護虐待は、労働条件ではなく労働環境の問題です。
その最大の原因は、サービス管理能力のない素人事業者の増加です。
「介護の仕事は大変だ」「介護の給与は低い」と他人事のように言う経営者は多いのですが、その計画を立てたのは誰でしょう。虐待事案や死亡事故事案の事業計画を見ると、無理な低価格化路線で「その介護システム、少ない人員配置・建物配置で安全に適切な介護ができるはずがない」というものが大半です。入所時・入居時のリスクの説明やケアカンファレンスをしないまま、また、事故予防や事故対応のノウハウもないまま、介護能力を超えて対応が難しい認知症高齢者をどんどん入居させ、「事故は起こすな」「トラブルは起こすな」ということになるから、介護現場にハレーションが起こるのです。

これは、利益優先型の民間の高齢者住宅だけではなく、旧来の特養ホームや社会福祉法人でも同じです。施設長が自治体の天下り公務員だったり、議員の妻だったりと、サービス管理の実体がないところが少なくありません。トラブル・クレーム対応は管理者の責任ですが、その対応の能力がないため、高い給与をもらつていながら、「スタッフは介護福祉士だから、介護のプロだから」と何もしようとしません。
実際、介護施設や高齢者住宅の介護職員の離職率は二極化しており、「スタッフが辞めるから誰でも採用しなければならない」「辞められると困るから指導できない」「虐待や身体拘束も見てみぬふり」となり、組織的な虐待の深化が進んでいきます。それは、本当は良い介護をしたいのに、「介護の仕事はやってられない」と言ってしまう介護職員にとっても、生活する高齢者にとっても、また超高齢社会を迎える日本全体にとっても、大きな損失です。

素人事業者の増加は、厚労省にも大きな責任があります。
介護経験のない、リスクマネジメントやケアマネジメントの能力のない、自治体の天下り職員や介護福祉を利権としてみていない地方議員が社会福祉法人の理事長や、特養ホームの施設長になれるのは、「介護のサービス管理は素人でもできる」と厚労省が軽く考えているからです。社会福祉法人で、天下り公務員や議員関係職員に流れている給与は、全国で年間数百億円にのぼると推計されています。
また、有料老人ホームとサービス付き高齢者向け住宅など、省庁間の制度の歪みで、登録だけで誰でも簡単に高齢者住宅が開設できるようになりました。それによって「介護は儲かる」「これからは介護だ」と素人事業者が激増した一方で、指導監査体制も有名無実のものとなり、介護労働者の労働環境も入居者の生活環境も誰もチェックしないという無茶苦茶な事態に陥っています。
介護職員による虐待の背景には、劣悪な労働環境があり、それは「介護報酬の多寡」の問題ではなく、制度設計そのものに原因があるのです。

高齢者住宅で増加する虐待の原因はどこにあるのか 🔗 参照

介護は身体的にも精神的にも厳しい仕事であることは間違いありません。
ただ、「介護虐待は起こるべくして起こる」「身体拘束もやむなし」と安易に口にしてしまうのは、そのレベルの事業所でしか働いていないからです。「介護の仕事はブラック」ではなく、自分が働いている事業者がブラック・素人だと言うことに、経営者も働く介護労働者も気付いていないのです。

特養ホーム、老健施設、介護付有料老人ホームと言っても、それぞれに労働環境や働きやすさは全く違います。多くの施設、事業者で、困難に立ち向かいながら、多くの介護職員が笑顔で、楽しく働いています。施設長を中心に「介護の質の向上を」と取り組み、「自宅では大変だったけど、ここに入れてもらって本当に穏やかになった」と、亡くなられたときには職員と一緒に、家族は泣きながら感謝を述べられます。それがあなたが誇りをもって働くことのできる介護のプロの仕事です。高齢者・家族だけでなく、あなたを幸せにする仕事です。
「キレイごとを言うな…」「介護の現実は…」というかもしれませんが、私は介護経験は豊富ですし、たくさんの経営者、たくさんの事業所、たくさんの管理者、たくさんの介護職員、たくさんの介護の問題点や現実を知っています。

「介護はブラックだ」とこの業界に絶望して辞めてしまう人に、一人でもそのことに気が付いてほしいと、心から願っています。




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