リスクマネジメントの推進には、介護事故や感染症といった「リスクの種」を削減するだけでなく、その前提として「リスクの種が育たない土壌を作る」という作業が不可欠。その基本となるのが「入居相談・説明」「受入ケアマネジメント」など高齢者住宅での生活がスタートする前の相談・説明力の強化
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 053
介助ミスによる介護事故や家族からの苦情が発生する原因の一つは、「スタッフの質のばらつき」です。
高齢者介護は、高度な知識、技術、経験が求められる専門性の高いサービスですが、一方で慢性的な介護スタッフ不足から無資格・未経験のスタッフも多く、人数合わせの派遣スタッフが全体の半数を超えるという事業所も少なくありません。その結果、個々のスタッフの能力差によってスタッフ間の連携、チームケアが分断され、更に事故やトラブルが増える、優秀なスタッフが離職するという負のスパイラルを生んでいます。
それを防ぐため、「全スタッフが順守すべき事故やトラブルの発生・拡大予防のための最低限の決まり事をまとめたもの」、それが介護マニュアルです。
介護リスクマネジメントを土台とした介護マニュアルの整備
介護マニュアルの目的は「マニュアル介護」ではない ? で述べたように、介護マニュアルは、事故や苦情、感染症等の発生・拡大を予防するリスクマネジメントの土台となるものです。高齢者住宅事業を例に、必要な介護マニュアルを整理すると、大きく3つのカテゴリーにわけることができます。
一つは、各種サービスがスタートする前の「受け入れ対応のマニュアル」です。
入居相談対応マニュアルは入居希望者やその家族への相談・見学対応の要領をまとめたもの、契約・受入対応マニュアルは、入居契約締結の流れや注意点、入居日のポイントを示したものです。ケアプラン策定マニュアルは、受け入れ時のケアプラン策定の手順や、入居契約の可否判断、ケアカンファレスでの家族への説明、受け入れ後のケアプラン変更などの手順・ポイントを整理したものです。
二つめは、「介護サービス上の実務に関するマニュアル」です。
「安全介護マニュアル」は、入浴時の準備、排泄時の準備など、介護事故の発生を予防するための注意点を整理したもの、「事故・急変対応マニュアル」は、転倒事故や容態の急変を発見した時に、慌てずに被害の拡大を予防するために必要なポイントです。その他、感染症・食中毒の発生予防、また発生時の対応・拡大予防策も、マニュアル化しておく必要があります。
もう一つが、「サービス管理に関するマニュアル」です。
これは、火災や自然災害などの防災対策、家族からの苦情やクレーム発生時の対応、その他、介護事故報告書、日々の申し送りなどの情報共有などのマニュアルです。上記に挙げたもの以外にも、介護関連機器やスタッフコール、エレベーターなどの建物設備の保守・検査などを、漏れがないように行うための「建物設備点検マニュアル」や、入居者が何らかの事情や亡くなった時に退居するときの「退居時対応マニュアル」などの整備も必要になるでしょう。
内容はそれぞれ違いますが、基本的な考え方は介護保険施設でも在宅系サービス(訪問系・通所系)などでもほとんど同じです。介護マニュアルといえば、介護実務のマニュアルをイメージする人が多いのですが、それだけではないということがわかるでしょう。
最初のステップは、リスクの種を育てないための土壌づくり
上記で述べたマニュアルは、実務的にリスクマネジメントを推進する上で土台となるものです。
この中で、まず着手すべきものは、「受け入れ対応時のマニュアル」です。それは、介護リスクマネジメントの推進には、「リスクの種の削減」だけでなく、「リスクの種を育たない土壌づくり」「リスクに強い土台作り」が必要になるからです。
介護事故や家族・入居者からの苦情、感染症や食中毒というのは、いわば「リスクの種」です。
高齢者介護は、介護事故の発生、食中毒、感染症の拡大など、種類・頻度ともに、リスクの種の多い事業・サービスです。対象は要介護高齢者、認知症高齢者ですから、事業者がどれほど努力をしても、マニュアル通りに安全に業務を行っても、転倒・骨折事故をゼロにすることはできません。人間関係のトラブル、サービスに対する不満や苦情、感染症の発生なども100%防ぐことは不可能です。
一方、ほとんどの高齢者・家族にとって、高齢者住宅に入居するのは始めての経験です。「老人ホームに入れば安心だ」「介護スタッフに任せておけば大丈夫」と考えており、そう説明を受けています。
つまり、その介護現場と入居者・家族との認識の違い、入居後のリスクに対する意識の違いが、発生した小さなリスクの種を大きく育ててしまう土壌になっているのです。
介護リスクマネジメントの推進には、介護事故や感染症、食中毒、苦情といった「リスクの種」を削減することも重要ですが、それ以上に入居後のリスクやトラブルに対する高齢者・家族の理解を深め、「リスクの種が育たない土壌を作る」という作業が不可欠なのです。
その基礎となるのが、「入居相談・説明」「契約・受入対応」「ケアブラン作成」など、サービス提供や高齢者住宅での生活がスタートする前の相談・説明です。
ここでは、現在の入居相談対応には、どのような問題があるのかを整理するとともに、「何を目的に相談対応を行うのか…」といった基本の理解や、相談申し込みの受付から説明、事業所内見学、相談対応などの一連の流れや注意点、ポイントを考えていきます。
この問題は、個別の高齢者住宅・介護保険施設の問題ではなく、業界全体として取り組みが大きく遅れています。少なくとも、これを読めば高齢者住宅や介護保険施設の相談・受入対応は、リスクマネジメント上、いかに重要なものかがわかるはずです。
では、「入居相談対応マニュアル」の検討から始めていきましょう。
介護マニュアルを作成する Ⅰ ~入居相談・説明編~
➾ リスクマネジメントを土台とした入居相談マニュアルの整備
➾ リスクが大きくなる最大の理由は受け入れ時の説明不足
➾ 「入居説明・相談・見学対応」 3つの目的を整理する
➾ 高齢者住宅 入居相談対応のストーリーをイメージする
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅰ ~申込・受付~
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅱ ~準備・説明~
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅲ ~見学対応~
➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅳ ~相談・質問~
➾ 入居相談マニュアル 書類整備と教育訓練
➾ 入居相談にマニュアル導入の効果とNG対応
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