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メンタリスト DAIGOさん炎上に対する見解  ~人の命は平等か~




過日、メンタリスト DAIGO さんが、YouTubeで発したとされる、生活保護受給者の命を軽んじるかのような言動に対して、激しいバッシングが起こりました。多くの人の怒りの土台となっているのは、「命の平等」についてです。その内容については、ここで改めてお話することはしませんし、行き過ぎたバッシングに賛同するものではありませんが、炎上騒動も少し落ち着いてきたので、個人的に、この問題をどのように考えているのかを、少し整理しておきたいと思います。

~ すべての人間の命が平等だと思っている人は少数派 ~

今回のDAIGOさんの発言は、その発言内容もさることながら、その発言の態度などから経済的な成功者の傲慢さが見て取れるため、多くの人が不愉快に感じたということは言えると思います。
ただ、強烈なバッシングをしている人も含め、「すべての人の命は平等」は人類不変の真理だと思っている人が多いのですが、世界を見渡してみれば、現代においても、それは少数派なのです。

例えば、国名を挙げて申し訳ないのですが、北朝鮮の金正恩さんと一般人民の命が同じ重さかと問えば、ご本人だけでなく、そう思っている北朝鮮の国民はいないでしょう。世界を見渡しても、男性よりも女性の命が明らかに軽い国、地域はまだたくさんありますし、宗教によっては、その信者と信者でない人とでは、命の重さは違います。だから、世界各地で人種、宗教、宗派の対立によって、争いごとが絶えないのです。

民主主義の発展した先進国でも、命を守る社会保障制度は国によって違います。
アメリカには公的な医療保険は一部しかありませんから、お金のない人は医療を受けられません。加入している保険会社の契約内容や保険料によって、どこまでの医療を受けられるのかは変わってきます。もし、保険に入っていない人がコロナにかかって重症化しICUに入ってECMOという体外式膜型人工肺を、一週間装着すれば、10万ドルを超える金額の請求書が届くことになるでしょう。「その支払い能力がない」と病院から判断されれば、治療はそこでストップし、病院からも放り出されます。

逆に、北欧のスウェーデンは、社会保障制度の充実している国として有名ですが、80歳以上の高齢者(コロナ禍では70歳以上)はICU(集中治療室)には入れないことが知られています。もちろん、アメリカもスウェーデンでも、「それも含めての法の下でも平等」という考え方ですが、日本の価値観で見れば、病気になったとき、アメリカはお金のあるなしで、スウェーデンでは年齢によって、命の重さは変わってくるのです。

では、日本ではどうでしょう。
総理大臣でも、一般国民でも、恐れ多いことながら天皇陛下でも人としての命の重さは同じです。
総理大臣が自民党でも立憲民主党でも、天皇制賛成・反対に関わらず、ほとんどの国民はそう答えるはずです。もちろん、超一流の医師がつく、上等な個室に入れるというくらいで、受けることのできる医療は私たちとほぼ同じです。言い換えれば、日本ではすべての国民が、お金のあるなし、権力のあるなしに関わらず、同じレベルの医療を受けることができるのです。今回でも、コロナ感染によって必要な医療費は全額公費であり、一ヶ月、二ヶ月、集中治療室でECMOを受けてもタダです。お金がないから受診できない…という人はいませんし、若者であっても、高齢者であっても、年齢で一律に医療がストップされることもありません。

~ 「命は平等だ・・」という価値観に守られて生きてきた ~

私は、今回の生活保護受給者を巡るバッシング騒動を見て、少しほっとしています。
それは、「勝ち組・負け組」「経済の二極化が進展する」という一方で、日本では「命は平等だ…」という価値観が、当たり前のこととして受け入られているということが、あらためて認識できたからです。

それがなぜ間違っているのか。もし、「生活保護受給者の命はそれほど重くない」といった趣旨の発言を「一理あるよね…」認めてしまえば、それはすなわち、経済格差によるものだけでなく、性別によって、権力によって、また宗教、人種によって、自分の命も軽んじられるという世界を認めることになるからです。これは、「正義・不正義」という単純な話ではなく、この価値観によって、彼も、私も、そしてみなさんも、これまで守られ、育まれてきたということ、そして、それがいかに幸せなことか、どれほど安全・安心なことかを、今回のことで、あらためて認識していただきたいと思うのです。

~ バッシングではなく、それを維持するために何が必要かを考えよう ~

ただ、今回コロナ禍でわかったように、それを理念ではなく、社会保障制度として維持し、守っていくには、非常に高いコストがかかるということです。

これは、「医療崩壊」の問題と絡めて考えるとよくわかります。
「外国では、起こっていない医療崩壊が日本ではなぜ起きるのか…」「病院も医師数もたくさんいるのに…」と怒っている人がいますが、それは前提が間違っています。もちろん、制度上の課題を挙げろと言われると、たくさん、たくさんありますが、日本の医療システムは「すべての人が、安い自己負担(お金のない人は無料)で、質の高い医療が受けられる」ということが当たり前のことだからです。だから、自宅療養で医療が受けられないまま亡くなる人がでると、日本ではマスコミが殺到し、医療崩壊だと大騒ぎになるのです。

もちろん、それはとても痛ましいことです。
ただ、欧米でも福祉先進国でも、日本とは比較にならないほど、同様のことが起こっています。それでも、「すべての人が、安い費用で、質の高い医療が受けられる」ということが前提ではないため、医療崩壊と叫ぶ人もいないし、マスコミも騒がないのです。

ただ、これは「まだ、日本の方がましなのか…」という話をしているのではありません。
報道されている通り、現在、日本の医療制度は、これまで経験したことのないレベルで逼迫しています。トリアージが行われる災害時と同じように、必要な医療が受けられず、容態が急変して亡くなっていく人も増えています。それが都市部だけでなく、全国に広がろうとしています。
問題はそれだけではありません。このコロナ禍が収まったとしても、近い将来、現在の医療システム・健康保険制度は、維持できなくなる可能性が極めて高いのです。

これからの日本では、未曾有の「85歳以上1000万人」という後後期高齢社会がやってきます。2020年の社会保障費(コロナ前予算)は120兆円程度ですが、2040年には1.5倍の180兆円に、うち医療費は39兆円から68兆円になることが分かっています。それは2070年代まで続く一方で、若者を含め生産年齢人口は1000万人単位で少なくなっていきます。財政だけでなく、人的資源を考えても、今の医療保険制度・医療システムは絶対に維持できないのです。

もう、感情的なバッシングは止めましょう。
「その考え方は自分の命を軽んじることだよ…」と伝えることは必要ですが、それは冷静に伝えるべきことです。何度も言いますが「すべての人の命は平等だ」と、自分だけでなく、周りの人も含め、当たり前に考えられる私たちは本当に恵まれているのです。

ただ、それを守るためにも、未来の子供に伝えていくためにも、医療だけでなく、介護もそして生活保護制度も、基礎から見直す必要があるのです。それは非常に難しいテーマであり、重いテーマですが、誰も避けて通ることはできないのです。今回のコロナ禍、そして、「命の平等」の問題は、それを私たちに突きつけているような気がするのです。







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