「介護事業者の倒産が止まらない・・・」
「訪問介護の介護報酬を下げたのが原因だ・・・」
「田舎や山間部では、事態はより深刻に・・・」
クローズアップ現代 ~自宅で暮らせなくなるかも…広がる訪問介護危機
【ニュース概要】 【NHK+】
毎回、判で押したようなNHK「クローズアップ現代」の、介護危機をあおるニュース。
確かに、介護危機は間違いなくやってくる。
放送内容を全否定をするわけではないが、何の深堀りもなく、新しい視点も示されず、表面的な数字と現場の声(介護経営者の不満)を聞くだけで、結論はいつも同じ。「介護の給与は低い、介護事業者頑張っている」「国は介護報酬の上げと負担の抜本的な見直し」という識者の言葉で締めくくられる。
民放の夕方の情報番組ではないのだから、もう少し丁寧なアナリシスが必要だろう。
気になったいくつかのポイントをあげる。
介護倒産や休廃業が激増しているのは本当? その原因は何?
東京リサーチの調査によると、2024年度における介護事業者の倒産は172件、休廃業・解散を含めるとは784件と過去最高を更新している。クローズアップ現代でもこのデータを引用している。それを見ると、「介護サービス事業者は、どんどん潰れているんだ」と思うかもしれない。
しかし、ここ大切なのは倒産数ではなく倒産率だ。
介護事業者数の倒産は172件に対して、その母数の介護事業者数は全国に31.5万ある(令和5年介護サービス施設事業所調査の概況)。予防介護については重複しているところも多いので、これをすべて差し引いても23万事業所。つまり、倒産率に換算すると、わずか0.078%、休廃業を含めても0.34%にしかならない。
一方、令和7年3月に行われた「全国介護保険高齢者保健福祉担当課長会議資料」によれば、2023年度中に不正によって指定取り消しや停止を受けた事業所は139件、行政指導による改善命令や改善勧告を受けた事業者数は400件、改善報告を含めると857件に上る。
言うまでもないが、介護報酬の不正請求や介護虐待が発覚し、指定取り消し・停止が行われると事業所は倒産する。その数を引くと、33件(172件-139件)となる。運営に法令違反が見つかり、改善命令や改善勧告を求められてそれに対応できなければ、一時的に休業したり、廃業せざるを得ない。中には、不正を指摘されることが確実なので、「その前に廃業して、返還請求を免れよう」という動きも活発だという。休廃業の529件が全てそうだとは言えないとしても、その割合は高いだろう。
「介護報酬のマイナス改定で、訪問介護の経営が大変だ…」という意見があるとしても、もう少し冷静な分析が必要だ。
訪問介護の倒産や休廃業の背景には何があるのか
この数字から議論になった、訪問介護を抜き出してみよう。
東京リサーチの調査によると、2024年度の訪問介護事業の休廃業の倒産が81件、休廃業・解散は448件と合わせて529件となり、全体の2/3を占める。全国の訪問介護の事業者数は、36,420に対して、倒産件数は81件なので、倒産率は0.22%、休廃業を含めると1.4%となる。
訪問介護の倒産率は、介護サービス事業全体としてみると高いことは間違いない。「介護報酬のマイナス改定によって心を折れた」と言う経営者も多いだろう。ただ、「訪問介護がどんどん潰れている」というレベルではないし、「訪問介護の休廃業の原因は、介護報酬が下がったのが原因だ…」と断じるのも間違っている。
わたしは、「介護報酬で介護の専門性を評価してほしい」と願っている。
しかし、訪問介護の経営が安定しないのは、今回の介護報酬のマイナス改定が理由ではない。
そこには二つの理由がある。
① 中小零細の事業者が多い
ひとつは、事業規模が小さい、つまり中小零細の事業者が多いということだ。
「令和3年度介護労働実態調査」によれば、訪問介護員数が4人以下という事業所が6.5%、5人~9人が23.9%となっている。事業所数は36,420なので、4人以下の事業所数は2,367ケ所、10人以下の事業所が11,000ケ所と、小規模の事業者が、全体の三割に上る。また、事業所の利用者数が10人以下というところが14.5%と5,280ケ所に上る。
一部からは、「小規模の介護サービス事業者の経営が逼迫している」という声が上がっているが、これは当たり前のことだ。どんな事業でも、経営が安定するために必要な規模、損益分岐点がある。ラーメン屋さんでも喫茶店でも、一日に10人しかお客が来なければ、大赤字になる。利用者が10人しかいなければ、一人の利用者が入院されたり、亡くなられると、それだけで10%減収になる。
以前のクローズアップ現代では、「訪問介護事業の閉鎖を決めた」という経営者が、「介護報酬の減額で報酬請求額が80万だったのが、60万円に下がった」という資料を見せていたが、それは利用者が減ったからだろう。
訪問介護でも、事業所の家賃や事務所の人件費などの固定費がかかるため、一定以上の訪問介護員がいて、それに見合う利用者が維持できない。また、規模が小さくなれば、一人のスタッフが体調不良などで急に休みになったり、退職したりすると、交代人員が確保できず、他のスタッフへのしわ寄せ、負担が重くなるため、労働環境が安定しない。そのため小規模事業者ほど、離職率が高くなることがわかっている。そもそも、事業所単位の報酬請求額が100万円事業所の経営が安定するわけないだろう。
② スポットの非常勤が多い
もう一つは、常勤ではなく非常勤のスタッフが中心になっているということ。
多くの零細訪問介護は、常勤スタッフを雇うほどの資力はない。そのため、「ケアマネジャーから訪問介護の依頼があった時に、そこを非常勤のパートスタッフをスポットで賄う」という運営形態が常態化している。月曜と火曜日は「8時から9時まで」、水曜日は「午後12時から1時まで」といった契約、勤務体系となっている。
「訪問介護員の4人に一人は65歳以上」というデータが示されていたが、曜日によって勤務時間が違い、スポットで、一時間、二時間といった非常勤の仕事をするのは、年金をもらっている「お小遣い稼ぎ」の高齢者しかいないだろう。
「いくら募集をかけても人がこない」という声が聞こえるが、これは介護報酬が高い低いの話ではない。訪問介護の介護報酬が5%上がれば、事業者もいま働いている訪問介護員は喜ぶだろうが、「スポット勤務の非常勤の訪問介護員になる人が増える」ということにはならない。
訪問介護は、零細事業者を統合して大規模化すべき
この「零細企業が多い」「非常勤のスポット介護が多い」という問題はリンクしている。
今回は触れられていないが、確かに訪問介護の基本報酬は下げられているが、その代わりに処遇改善加算など、他の項目は増えており、トータルでは介護報酬は上がる仕組みになっている。これについて、厚労省は、「小規模零細事業者の統合を推進するため」とはっきりと言ってる。
訪問介護は、一定の規模がなければ、経営も労働環境の改善はできない。
今回の放送の中では、デジタル化による業務の効率化や営業活動に力をいれるなどの経営努力によって、すべて訪問介護員を正社員にして、給与をあげるという事業所が紹介されていた。平均年齢は33歳と若く、給与も30万円以上、毎月100人以上の応募があるという。これが営利事業としてのあるべき姿だろう。
訪問介護は営利事業だ。強制的に無理矢理参入させられたわけでもないだろう。厳しい言い方をすれば、利用者が10人しかいない零細事業者でも利益がでるだけの報酬を受け取っていることになる。
「訪問介護がどんどん潰れている~」「処遇改善加算は小規模事業者には大変だ~」「零細事業者でも儲かるように介護報酬をあげろ~」「国民はもっと負担しろ~」とわめくのは、あまりにも自分勝手だし、その本質を報道せずに、盲目的に加担するのは、公共放送としていかがなものだろうか…。
過疎地域の介護をどうするのかは、次元の違う話
もう一つ、論点として挙げられていたのは、過疎化の進む地域の介護をどうするかという問題だ。
全国で、訪問介護事業者がない自治体が地図で示されていた。
番組では、訪問介護事業者の倒産や介護報酬のマイナス改定を、過疎化の進む地域の介護問題に紐づけていたが、これは次元の違う話だ。また、移動時間を介護報酬に含むか否かという話でもない。
これから重度要介護発生率が顕著に高くなる85歳以上の後後期高齢者が1000万人に達する一方で、それを支える20歳~65歳の人口は激減する。結果、その「支える人」と「支えられる人」の人口比率は15年後には半分になる。
「介護が必要になっても、住み慣れた自宅で生活し続けられるように…」という趣旨の発言がされていたが、現実的に「片道50㎞の道を2時間かけて、訪問介護員が一時間介護する」という政策が、10年、15年先も継続的に可能かどうか、考えればわかるだろう。
その限界と対策については、拙著「地域包括ケアの落とし穴」🔗について詳細に述べているが、「エリア単位での介護サービスの利用限定」など、その利用方法を含め、医療介護のコンパクトシティ構想を進めていかなければならないのだ。
介護保険制度を含め、現在の高齢者の社会保障政策は、利権がらみで無駄や矛盾が多いことは本コラムでも厳しく指摘しているが、その課題は都市部と地方都市、山間部などによってそれぞれに違う。また、介護報酬が低くて経営が不安定なのであれば、投資ファンドが次々参入して、巨額の利益が配当に回るなどということは起きないだろう。
「どこが間違っているのか…」「どこにボトルネックがあるのか」を検討せず、「介護労働者の給与が低い~」「介護報酬上げろ~」という、ガス抜きのようなシュプレヒコールだけでは、何の解決にもならない。
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