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介護コンサルタントにできること、できないこと



2000年に介護保険が始まって、最初の10年は、「高齢者住宅事業を始めたい」「介護ビジネスに参入したい」という問い合わせがほとんどでした。2005年に上梓した「失敗しない有料老人ホームの事業戦略」(ヒューマンヘルスケアシステム)という本が好評だったことも関係しているのかもしれません。

これに変わって、この数年増えているが、「介護スタッフが集まらない」「介護スタッフがどんどん辞めてしまう」「入居者が全然集まらない」「入居者や家族からのクレームやトラブルが多発している」、何とかしてほしい、困った困った~と、運営に関する相談です。

これをターゲットとした、介護コンサルタントは多く、
「一気に入居率がアップする対策・秘策をお伝えします」
「介護経営者なら知っておきたい介護人材確保のポイント」
「介護人材が飛びつく求人広告の作り方」
といった目の付く広告やセミナーのDMが送られてくることもあります。
しかし、コンサルタントが入ったからといって、すぐに入居率が上がったり、介護人材が確保できたりするわけではありません。逆にそのような手法は、一時的なメリットよりも、中長期的にはデメリットの方が大きいのです。
高齢者住宅を例に挙げます。

【入居者確保に苦労している、入居率を上げたい・・・】

高齢者住宅は、建物設備費用や人件費などの固定費用部分が大きい事業です。損益分岐点となる入居率は8割と言われおり、「入居率が5割だから、収益が当初の見込みの5割」というわけにはいきません。特に、建物設備に関する金融機関からの借り入れ返済の負担は大きく、入居者が一定数確保できなければ、経営は破綻します。「なにがなんでも入居率を上げたい…」「最低、八割には乗せたい」というのは、多くの高齢者住宅経営者の望みです。

実は、入居率を一時的に上げることは、そう難しいことはでありません。「入居の対象を広げる」「紹介業者の紹介料を上げる」「医療依存度や認知症の周辺症状など困難ケースを受け入れる」など、一時的であればできる方法はたくさんあります。「入居率が五割になればプラス2000万円」「八割になれば3000万円」など、コンサルティング契約にインセンティブをつけて契約を結ぶところもあると聞きます。

しかし、これは意味がないというよりも、とても危険です。
例えば、入居対象を広げてしまうと、当初の事業計画を破棄することになります。当初の予定では、「80歳以上の中度・重度要介護高齢者」だったものが、「70歳の軽度・要支援高齢者」が増えると、介護保険収入などの収支は大きく変わりますし、入居一時金を取っている場合、長期入居リスクが増大し、赤字幅は拡大します。また、「医療依存度・認知症高齢者も受け入れる」とすると、介護スタッフが大混乱に陥り、過重労働となって事故やトラブルが多発、スタッフが大量離職し、事業の継続そのものが困難になります。

入居者の確保ができない場合、まずすべきことはその原因分析です。
それは、「サービス・価格など商品設計そのものに問題がある」「適切な営業活動、集客活動・広報活動がおこなわれていない」のどちらか、もしくは両方です。まずは、それを取り除かなければ、入居率が上がっても経営は改善しません。
もちろん、その原因分析や改善策の検討にはノウハウ・知識が必要ですし、そのためにコンサルタントに依頼するというのも一つの方法です。ただ、それがわかったからといって、一か月以内、半年以内に劇的に収支・入居率がアップするというものではありません。コンサルタントと一緒に、三年、五年とじっくりと、計画的に改善を進めていくしか、方法はありません。

【スタッフ確保に苦労している、離職率を下げたい・・・】

もう一つ、多い相談は、スタッフ確保に苦労している、離職率が高いので何とかしたいというものです。介護保険施設や高齢者住宅では、介護スタッフの確保は、入居者確保と同じ生命線です。いくら入居者がいても、介護スタッフが確保できなければ受け入れできません。また介護は専門職種ですから、「猫の手も借りたいので、誰でもよい」となれば、サービスの質は低下、優秀な人材から流出し、介護事故、介護虐待が多発することになります。

実は、介護スタッフを一時的に増やすことも、そう難しいことはでありません。
「応募があれば、年齢経験問わずだれでも受け入れる」「時給・給与を上げる」「人材派遣・人材紹介業者を利用する」など、人材の質を問わず、多額の費用をかければ、一時的に確保することは可能です。そういう手法をとって、インセンティブをつけて、コンサルティング契約をするところも多いと聞きます。

しかし、これも上手くはいきません。
現在、派遣スタッフを増やす事業所は増えていますが、そもそも、派遣というの「看護師が産休に入ったので一時的に利用する」というタイプのものです。「常勤スタッフが足りないので派遣で賄う」が常態化してしまうと、「言われたことしかやらない」という責任のない、残業もしない派遣社員に1.5倍の人件費を支払って、低賃金の正規職員だけに責任と負担がかかることになり、「バカバカしくて、こんなところで働けるか…」と、どんどん中核となる正規スタッフが辞めてしまいます。いまでも、半分以上が派遣、中には八割が派遣という事業所もありますが、そうなると、サービスの質も低くなり、事故やトラブルが増加、さらにその高額な人件費が経営を逼迫して赤字になるのです。
これは、人材紹介も同じです。介護人材紹介のコストは高くなっており、紹介料が100万円を超えるところもあります。中には、約束の契約期間の半年を超えると、引き抜き(退職を促す)をするような悪徳業者もあり、業者に喰いものにされるだけです。

入居者確保と同じで、スタッフの確保ができないのは、必ず原因があります。
「介護スタッフが集まらないのは介護報酬が低いからだ…」と拳を振り上げている経営者は多いのですが、どの高齢者住宅、介護サービス事業者でも給与・待遇はほぼ同じです。今の介護報酬でも介護スタッフが集まっている、離職率の低い事業者もあるのですから、介護報酬だけがスタッフ不足の原因ではないことは、明らかです。

何が違うのかといえば、介護スタッフの「働きやすさ」です。
いま、介護業界で大きなテーマとなっているのが、「リスクマネジメント」です。これに取り組む事業者は増えていますが、どちらかといえば、「事故防止のために、あれもやれ、これも必要」と指示ばかりが増えて、「とてもやってられない…」と介護離職がさらに増加する事態になっています。
リスクマネジメントについては、リスクマネジメントの項目で詳しく述べていますが、その本質は「介護スタッフを事故やトラブルから守ること」「介護スタッフが安全に安心して働ける環境をととのえること」です。
現在の介護スタッフの労働環境の問題は、「給与・待遇」ではなく「働きやすさ」なのです。ただ、コンサルタントが入っても、これを改善するには二年、三年と時間がかかります。介護の人材不足を解消するには、コンサルタントと一緒に、三年、五年とじっくりと、計画的に改善を進めていくしか、方法はないのです。

介護コンサルタントにできることは、「とりあえず」ではなく、課題分析と長期的な安定です。一時的な入居率やスタッフ確保の策は、中長期的にみれば経営の足を引っ張ることになるのです。




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