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要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~


要介護状態の重度化(可変性)は、介護サービス量の増加で対応するものだと考えている人が多いが、軽度要介護高齢者と重度要介護高齢者では、介護サービス量だけでなく生活を支えるための介護サービスの項目・内容が変わる。区分支給と限度額方式の訪問介護では、認知症・重度要介護高齢者に対応不可

【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 05
(全 9回)


前回、自立高齢者向け住宅と要介護高齢者向け住宅の建物設備の違いについて述べましたが、それ以上に違うのが、生活支援サービスの中核となる介護システムの違いです。
現在の介護保険制度の要介護度は、介護の必要時間を基準として認定されています。そのため、「要介護状態が重くなれば、訪問介護サービスの回数を増やす」など、要介護対応力は介護サービス量の変化で対応できると思っている人が少なくありません。自宅で生活する高齢者はそれで良いのです(というか、それしか方法はありません)。
しかし、実際は、軽度要介護高齢者と重度要介護高齢者では、介護サービス量だけでなく、生活を支えるために必要な介護サービスの項目・内容が変わります。また、身体機能低下よる要介護高齢者と認知症による要介護高齢者に求められる介護サービスも別物です。

高齢者住宅で必要な介助項目と介護保険適用の範囲

高齢者介護は、介護スタッフが高齢者をトイレに誘導したり、寝たきり高齢者を特殊な浴槽で入浴させたりという情景をイメージする人が多いのですが、それだけではありません。要介護高齢者が安全に、安心して生活するために必要となる介助項目を整理したのが図のものです。


例えば、排泄介助は高齢者一人一人の排泄リズムを把握し、決められた時間に合わせてトイレ誘導やオムツ交換などを行います。しかし、事前に排泄の時間や回数を決めていても、「お腹の調子が悪い」など日々の体調変化で頻回に介助が必要となることがあります(臨時のケア)。それがなければ「便で衣服が汚れたけれど、次の排泄介助の時間までそのまま待っていなければならない」という不衛生で気持ちの悪いことになります。
また、要介護状態が重くなると、すべての生活行動に介助が必要になりますから、「排泄介助」「食事介助」「入浴介助」といった定期的なポイント介助が増えるだけでなく、「喉が渇いた…」「部屋に戻りたい…」「テレビを点けて…」といった短時間のケア(隙間のケア)の連続となります。
更に、要介護高齢者に直接触れるものだけが介助ではありません。「状態把握」「見守り・声掛け」「定期巡回」などの間接介助、更には「頭が痛い」「背中が痛い」などの緊急対応やコール対応なども、要介護高齢者が安全な生活を維持するために不可欠な介助項目の一つです。

ここでポイントになるのが、介助項目に対する介護保険の適用です。
介護老人福祉施設(特養ホーム)、特定施設入居者生活介護(介護付有料老人ホーム)で介護スタッフが提供する介護サービスには、上記すべての介助・ケアが包括的に含まれています。「入浴は週二回まで、3回以上は別途」「個別外出や協力病院以外の通院介助については別途」と、本人の希望による特別な介助については個別に「上乗せ介護費用」の取り決めをしているところがありますが、上記の介助項目で個別に上乗せ介護費用を徴収することはできません。

一方の区分支給限度額方式では、すべての介助項目が介護保険の算定対象になるわけではありません。高齢者住宅内での介護サービスの中心となる訪問介護を例にその範囲を示したのが下記の表です。


例えば、食事介助。一人で食べることのできない高齢者に、介護スタッフが隣に座ってスプーンを口に運んでいるイメージです。介護付有料老人ホームでは配膳や下膳、見守りや声掛け、食堂までの移乗・移動介助、誤嚥などの急変時の対応など、様々な介助を一体的に行っています。
しかし、訪問介護の食事介助の算定は「一人では食べることのできない高齢者」のみが対象です。「食堂までの移動や配膳・下膳に介助が必要」「誤嚥のリスクがあるので見守りだけ」「食事中に誤嚥した(噎せこんだ)時の緊急対応だけ」という高齢者は、訪問介護の報酬算定対象にはなりません。

それは、介護報酬の算定方法や考え方が基本的に違うからです。
特定施設入居者生活介護は「一日△△単位」という入所日数で計算される日額包括算定方式です。ケアプランの中で、それぞれの介助内容や注意点の検討は行いますが、「Aさんの食事介助は12時~12時半まで」と厳格に決まっているわけではありません。Aさんの隣に座りスプーンで口に食事を運びながら、Bさんが誤嚥しないか見守り、Cさんに「ゆっくり食べてくださいね」と声掛け、Dさんが噎せたのでそのケアを行い、食事が終わったEさんの下膳や片付け、Fさんの服薬介助、Gさんを居室へ移動・・といったように、一人の介護スタッフが多数の高齢者に連続的、かつ臨機応変に対応しています。

これに対して、区分支給限度額方式は、Aさん個人の限度額(チケット)を使って、Aさんが個別に訪問介護サービス事業者と契約(事前予約)し、「12時~12時半まで食事介助を行う」と時間と介護サービスの内容を決めて提供するマンツーマン方式です。もちろんAさんの食事介助には、Aさんの部屋から食堂までの往復の移動介助や配膳や下膳、緊急対応などの付随行為も含まれます。

しかし、「15分でAさんの食事介助が終わったから、あとの15分はBさんの介助を行う」「Cさんの食事介助をしながら、Dさんの見守り、Eさんの下膳もする」と他人への介助はできません。「Aさんとの個別契約だから、本人が納得すればよい」というものでもありません。区分支給限度額は喫茶店のコーヒーチケットではなく、莫大な税金・介護保険料が投入された社会保険制度だからです。「Eさんは一人で食べられるけど、移動に介助が必要だから、食事介助をしたことにしよう」「今日はAさんの介護保険を使ってBさんも介護して、明日はBさんの介護保険を使ってAさんの介助をする」のは介護保険法違反です。

訪問介護は、一軒一軒、離れた自宅を回って介護することを前提にした報酬算定です。
「Aさんの自宅で訪問介助中に、近くに住むBさんから電話があったので時間中だけど、そっちに行った」というのが違反になるのと同じです。訪問介護は特定施設入居者生活介護とは違い、「臨機応変の介助ができない」「間接介助・緊急介助など事前に対象者を定めない介助ができない」「移動・移乗などの短時間の介助ができない」「ケアプランで決められた介助内容・介助時間は厳格に順守しなければならない」という特性があるのです。

「身体要介護」と「認知症要介護」の違い

もう一つ、介護システム構築の前段として理解すべきは、「身体機能低下による要介護」と「認知症による要介護」の介助内容の違いです。
述べたように、介護保険制度の要介護度は、必要介護時間を基礎として認定されています。Aさん、Bさんともに「要介護3」であれば、同程度の介護サービス量が必要だと認定されたことになりますが、身体機能低下と認知症では、介護項目・介助内容が変わります。
「軽度と重度」「身体機能低下と認知症」の違いを、それぞれ比較したものが下の図です。


身体機能低下の要介護1~2の要介護高齢者の場合、排泄や立ち上がりや移動、テレビや電気をつける・消すといった身の回りの生活行動は一人でできます。そのため、臨時のケア・すき間のケアはそれほど多くありません。「通院時に介助してほしい」「入浴時に介助してほしい」という定期介助が中心で、あとは見守り・巡回といった安否確認、「頭が痛い」「転倒した」などの緊急対応・コール対応です。
しかし、要介護3、4と重度要介護になると、食事介助、排泄介助といった定期介助だけでなく、車いすへの移乗、移動介助、水分補給、体位交換、テレビを点けて、電気を消して・・など、短時間のすき間のケアの連続となります。また「お腹の調子が悪い、汗をかいたので着替えたい」など、臨時のケアに対するコール対応も増えていきます。

一方、認知症高齢者で中心となる介助項目は、「見守り・声掛け」などの間接介助です。それは軽度・重度を問いません。認知症の中核症状である失見当識によって、自分が今どこにいるのか、何をしているのかわからなくなりますし、感情が混乱し予測不可能な行動も増えていきます。食事の直接介助が必要のない高齢者でも、ガツガツと急いで食べたり、おしぼりを口に入れたり、他の人の薬を飲んだりと、誤嚥、窒息、異食、誤薬のリスクが高くなるため「目を離さない」「異変があればすぐに対応」が原則です。

区分支給限度額方式の「自由選択型」では、重度化対応・認知症対応不可

このように整理すると、区分支給限度額の訪問介護だけではカバーできない介助項目がたくさんあり、特に「重度要介護高齢者」「認知症高齢者」には全く対応できないということがわかるでしょう。自宅で生活する要介護高齢者の場合、この対象外の介助部分を担っているのは家族です。そのため認知症や重度要介護になると、自宅で一人、安全に生活することが難しくなるのです。

区分支給限度額方式の高齢者住宅で、重度要介護高齢者や認知症高齢者に対応する場合、この「介護保険対象外の介助」をどうするのかが課題となります。
通常の訪問介護で介護保険での対象となるのは定期介助だけです。それ以外の「臨時・すき間のケア」「間接介助」「緊急対応」については、介護保険外で別途自費の介護サービスを高齢者住宅独自で提供しなければなりません。定期介助以外の介助を行う介護スタッフを、「生活介護サービス」として常駐させると、50名定員の場合、一人当たり6~7万円にはなります(日中3名、夜勤帯1名程度を想定)。これを自己選択として利用しない人がいると仮定すると設定額は8~9万円になりますし、認知症高齢者や重度要介護高齢者の人数が増えてくると、保険対象外の介護サービスも増加しますから、その人数・金額は1.5倍、2.0倍となります。

介護システム構築上の課題はそれだけではありません。
介護付有料老人ホームや特養ホームで介護スタッフが最も忙しいのは朝の時間帯です。
7時半に朝食スタートであれば、6時過ぎから入居者を起こし始め、衣服の着替え・歯磨き・洗面などの整容、トイレ介助、食堂への誘導などを連続的に行います。要介護3以上の高齢者であれば、トイレ介助を含め一人当たり15分~20分程度はかかります。この起床介助時の介護スタッフ配置は、60名定員のところで夜勤スタッフ・早出スタッフを含め6名程度として、一人10人。オムツ介助の人だけは少し前倒しで介助する、着替えだけは少しずつ着替えさせる・・などの工夫をしていますが、それでも相当バタバタします。
これに対して訪問介護は、個別契約によるマンツーマン介助ですから、時間内にホームヘルパーが介助するのは一人だけです。60名定員の高齢者住宅で、起床介助が必要な高齢者が半数の30名、一人のヘルパーが30分単位で2人を介助する仮定すると、ゆっくり介助はできますが、早朝の一時間に15名のヘルパーを確保しなければなりません。40名になると20名、全員起床介助が必要な要介護状態になると30名の人員確保が必要です。

しかし、「早朝の忙しい時間帯に、一時間だけ来てくれる」というホームヘルパーを365日、10名・20名と確保することなど不可能です。それは起床介助だけでなく、一日三度の食事介助も同じです。
「外部の訪問介護を使って、入居者・家族が自由に選択してもらって」というのは簡単ですが、臨機応変な対応ができないため、それを実現するには、原則的に食事介助が必要な要介護高齢者人数分の訪問介護・ホームヘルパーが必要になります。
「自由選択型だから、ヘルパーの確保は高齢者住宅の責任ではなく、各ケアマネジャーの仕事だ・・」と思うかもしれませんが、誰の仕事か・責任かは別にして、「自由選択だ!!」と言っても、要介護度が重い人が増えてくれば、現実的に生活を維持することはできなくなるのです。





【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 🔜連載更新中

  ♯01  自由選択型 高齢者住宅への回帰の動きが加速する背景
  ♯02  「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か
  ♯03  高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か
  ♯04  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅰ ~建物・設備~
  ♯05  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
  ♯06   要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~
  ♯07  「早めの住み替えニーズ」のサ高住でこれから起こること
  ♯08  自由選択型 高齢者住宅は不安定な「積み木の家」になる
  ♯09  これからの高齢者住宅のビジネスモデル設計 3つの指針




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