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高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か 


高齢者住宅における「要介護対応力」とは何か。それは障碍者や自宅で生活する高齢者への視点とは何が違うのか。「要介護状態の重度化=可変性」「多様なニーズへの対応=汎用性」「個人対応・全体対応」という3つの視点から、高齢者住宅に求められる要介護対応力を考える。

【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 03
(全 9回)


高齢者住宅は「住宅サービス+生活支援サービス」の複合サービスであり、要介護対応力は必要不可欠な機能です。「自立高齢者のみ対象の高齢者住宅」「要介護対応には関与しない高齢者住宅」は可能ですが、大前提となる「介護の不安解消」というニーズを無視して事業は成立しません。
もちろんそれは、すべての高齢者住宅は「重度要介護に対応しなければならない」「どんな要介護状態にも対応しなければならない」という話ではありません。
ここでは、少し視点を変えて、高齢者住宅の「要介護対応力とは何か」について考えます。

高齢者住宅のビジネスモデルには「可変性」「汎用性」の視点が求められる

高齢者の特徴は、加齢や疾病によって身体能力や認知機能が低下していくということです。
入居時には自立歩行が可能な高齢者も、加齢や疾病によって車いすが必要となり、寝たきりになります。自立排泄・介助不要だった人も、トイレ誘導介助、トイレ排泄介助、オムツ介助へと状態は変化していきます。入浴や食事、着替えなど他の日常生活動作(ADL)も同じです。認知症の発症率も高く、記憶障害や見当識障害が進んでいきます。期間に差はあれど、突然死ではない限り、ほとんどの人は「要介護・重度要介護」になります。

もう一つの特徴は、高齢者の要介護状態・生活ニーズは、一人一人違うということです。
単純に高齢者といっても、元気な自立高齢者から、認知症高齢者や寝たきりの重度要介護高齢者まで要介護状態はバラバラです。視覚障害、聴覚障害、右麻痺・左麻痺・下肢麻痺などの障害の部位やその程度、残存機能によってもADLや支援方法は変わります。認知症による日常生活自立度もⅠ~Mの7段階にわかれており、糖尿病や高血圧、心臓病などの疾患や既往歴も日常生活に大きくかかわってきます。

前者の身体機能や認知機能の低下への対応力を「可変性」、後者の要介護状態・生活ニーズの多様性への対応力を「汎用性」と呼んでいます。
この「可変性」と「汎用性」を合わせたものが、要介護対応力です。「障害者と高齢者」「自宅と高齢者住宅」に分けて、求められる住宅環境の視点を整理すると、その違いが見えてきます。


「交通事故による脊髄損傷・下肢切断」「視覚障害による全盲」という若年層の場合、一般的にその障害は固定され変動しません。多様な人が使いやすい「ユニバーサルデザイン」ではなく、本人の障害の状態や希望にピッタリ合わせた住宅環境の整備が必要です。進行性の病気による障害や成長期の子供でない限り可変性や汎用性の視点は必要ありません。

「脳梗塞で半身麻痺になり歩行不安定」という高齢者の自宅の住宅改修の場合も、その要介護状態に合わせ、生活しやすいように改修・備品を選択するという点は同じです。ただ高齢者の場合、加齢や疾病の再発によって要介護状態は重くなっていきます。「足腰が弱くなったので大規模に住宅改修したけれど、車いすが必要になり一年で使えなくなった」では困りますから、「車いすが必要になる」「トイレ介助が必要になる」など、身体機能が低下していくということを想定し、改修内容を検討しなければなりません。広い「汎用性」は必要ありませんが一定の「可変性」の検討は必要です。

これに対して、高齢者住宅の場合は、様々な要介護状態、生活ニーズを持つ高齢者が入居します。どのような要介護状態の高齢者が、どの程度の割合で入居してくるのかを、完全に予測することはできません。また、それぞれの高齢者の要介護状態は、加齢や疾病によって入居時よりも重くなっていきます。高齢者住宅の生活環境の整備、商品設計には「可変性」「汎用性」両方の視点が必要になるのです。
それは住宅環境の整備だけでなく、介護看護などの生活支援サービスの構築も同じです。

ターゲットが広がれば「可変性」「汎用性」の範囲が広がる

この可変性・汎用性は、一般の賃貸マンションやアパートにはない高齢者住宅独自の視点です。
一つは、入居対象となる要介護状態や生活ニーズを広げると、それだけ可変性・汎用性の範囲が広がるということです。
例えば、「身体機能低下による要介護3以上の重度要介護高齢者のみ」と対象を限定すれば、可変性・汎用性の範囲は狭くなります。逆に「自立高齢者から寝たきり高齢者まで」と対象を広げると、自立高齢者の生活ニーズにも、寝たきり高齢者の生活ニーズにも対応できる可変性・汎用性の広い生活環境を整える必要があります。「認知症高齢者も・・・」「医療依存度の高い高齢者も・・・」となると、介護だけでなく看護や医療、食事などの生活支援サービスの範囲・内容も広がっていきます。

二つめは、自立・要支援など自立度の高い高齢者を対象とすると、対応すべき可変性・汎用性の範囲が広がるということです。
例えば、90歳台の寝たきり全介助の要介護5の重度要介護高齢者の場合、それ以上要介護状態が重度化することはありません。その高齢者に合わせた生活環境を整備すればよいということになります。しかし、70歳台の自立高齢者が入居した場合、入居後に認知症を発症する人もいますし、身体機能が大きく低下という可能性もあります。脳梗塞や骨折で一気に身体機能が低下して「要介護4」になる人もあれば、10年、20年をかけて要介護1、要介護2と進んでいくケースもあります。

もう一つは、高齢者住宅の「可変性・汎用性」は、入居者のAさん、Bさんという入居者個々人だけでなく、全体の割合変化の問題でもあるいうことです。
開設当初は車いす利用者が1割程度でも、数年経過すると2割、3割と増えていきます。車いす利用者が増えれば、エレベーター移動にも時間がかかりますし、一般浴槽で対応可能な高齢者が多くても、次第に特殊浴槽対応が必要な人が増えていきます。「自立から重度要介護まで」「身体機能低下から認知症まで」と、ターゲット・対象となる要介護状態や生活ニーズを広げると、全体のバラつき・割合変化はより大きくなります。


以上、3つの視点から、高齢者住宅で求められる可変性・汎用性のイメージを示したのが上の図です。
高齢者住宅に求められる可変性・汎用性は、縦と横の平面的な関係にあり、かつ「個々人の可変性・汎用性」「全体の可変性・汎用性」は平面と幅の関係だとかんがえることができるでしょう。つまり、高齢者住宅の「要介護対応力」とは可変性・汎用性の容積なのです。

高齢者住宅のビジネスモデル・商品力という視点で見ると、「可変性・汎用性が広い=多様な要介護状態に対応できる=要介護対応力が高い」ということになります。
ただ、それには「コスト」が伴います。それはサ高住でも住宅型でも、また介護付有料老人ホームでも同じです。「自立高齢者から重度要介護高齢者まで」「認知症高齢者、医療依存度の高い高齢者にも対応」となると、多様なニーズに対応できるだけの建物設備設計上の対応力と、多様・多量の生活支援サービスが必要となり、それだけ高額な商品になるのです。

この話をすると、「だから自由選択型だ」という声が聞こえてきます。
「自由選択型は、地域の様々な社会資源・サービスを利用して可変性・汎用性を広げることができる」「介護付より、可変性・汎用性を広げることができる」という意見です。「単独の高齢者住宅内で生活支援サービスを限定するのではなく、オープンにして地域で要介護高齢者を支える」という理念は、「地域包括ケアシステム」の理想により近くなります。

しかし、そう単純な話ではありません。厳しい言い方をすれば机上の空論にすぎません。
なぜなら、「自立~軽度要介護高齢者向け住宅」と「中度~重度要介護高齢者向け住宅」は、そもそも建物設備も介護システムも、根本的に全く違う商品だからです。




【特 集】 要支援・軽度要介護高齢者住宅の未来・方向性を探る 🔜連載更新中

  ♯01  自由選択型 高齢者住宅への回帰の動きが加速する背景
  ♯02  「高齢者住宅は要介護対応に関与しない」というビジネスモデルは可能か
  ♯03  高齢者住宅の「要介護対応力=可変性・汎用性」とは何か
  ♯04  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅰ ~建物・設備~
  ♯05  要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅱ ~介護システム~
  ♯06   要介護対応力(可変性・汎用性)の限界 Ⅲ ~リスク・トラブル~
  ♯07  「早めの住み替えニーズ」のサ高住でこれから起こること
  ♯08  自由選択型 高齢者住宅は不安定な「積み木の家」になる
  ♯09  これからの高齢者住宅のビジネスモデル設計 3つの指針




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