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介護コンサルタントに「事業計画を作ってほしい」と頼んではいけない理由



何かの事業を始める時には、事業計画が必ず必要です。
銀行などに支援を求める時は、必ず、長期収支予測などを含めた事業計画の作成が求められますし、高齢者住宅などでも、有料老人ホームの届け出、サ高住の補助金申請には、事業計画の資料の提出を求められます。特養ホームなどでも同じです。
この業界には「事業計画を作ってください」と当たり前のようにコンサルタントに依頼してくる新規参入事業者がとても多く、また、それを専門にしているコンサルタント・デベロッパーは少なくありません。こんな業界は他にはありません。

もちろん、これは「コンサルタントに設計や計画を委託してはいけない」という話ではありません。すでに複数の高齢者住宅、介護サービス事業所、特養ホーム等を運営し、その計画・経営ノウハウが十分にある事業者が、「複数のコンサルタント・設計会社」にコンペティションを依頼するというケースはあります。これは介護業界だけでなく、公共事業や再開発、オフィスビルなどでも、一般的に行われている手法です。ただ、そのためには発注する事業者にその事業計画を精査・吟味できる十分な知識・ノウハウがあるということが前提です。

しかし、介護業界では、「新規参入で、自分にノウハウも知識もない」から、コンサルタントに事業計画を作ってほしいと依頼してくる経営者・事業者が圧倒的に多いのです。
なぜ、こんなことになるのかといえば、「事業計画とは何か」「何のために事業計画を作るのか」ということが、わかっていないからです。

事業計画は何のためにつくるのか。
それは、始めようとする事業に、採算性や事業性があるか、どのようなリスクが想定されるのかを探るためです。高齢者住宅や介護保険施設の事業計画には三つのシミュレーションが必要です。

一つは、商品シミュレーション。
建物設備設計や価格帯、ターゲット層、サービス内容を検討します。
「この地域にはどのような高齢者住宅が不足しているか」
「ターゲットは自立高齢者か要介護高齢者か」
「認知症高齢者や医療依存度の高い高齢者はどうするか」
「ターゲットに合った介護システムはどのようなものか」
「介護付き(特定施設入居者生活介護)をとるのか」
「介護スタッフの配置はどうするのか、看護スタッフの配置」
「部屋の広さはどうするのか、部屋にトイレや洗面、浴室はどうするのか」
「共用部にはどのような機能をつけるのか、食堂の広さ、特浴は必要か」
「食事はどのような形態するのか、介護職、治療食への対応は?」

検討すべきことは、たくさんあります。

二つ目は、業務シミュレーション
これは、介護システムのシミュレーションでもあります。
「介護システムは、介護付きか住宅型か・・・」
「夜勤は何人で対応するのか、二交代か、三交代か・・・」
「日勤帯は早出、通常、遅出などをそれぞれ何人にするのか」
「その介護システムで、必要な介護サービスが提供できるのか」
「食事時間帯には必要な人員は確保できるか、入浴はマンツーマン介護か」
「入居者の生活の一日の流れ、介護スタッフそれぞれの勤務の業務の流れ」

実際の実務に応じて、介護システムがスムーズに稼働するか検討し、課題を発見します。
商品シミュレーションで、どのような高齢者を対象にするのかで介護システムは変わってきます。ただ、「自立・要支援高齢者のみを対象とする」といっても、その人が認知症や要介護になればどうするのか事前に想定しておかなければなりません。「要介護になれば外部の介護サービスを利用する」という人がいますが、区分支給限度額方式では24時間365日の包括的・継続的な介護はできません。「要介護高齢者が多くなれば特定施設(介護付を取得する)」と答える人がいますが、その時に指定を受けられるわけではありませんし、「介護付をとれば介護ができる」というほど簡単なものではありません。
介護サービスのことはよくわからないので、まずは自立向け住宅から…と答える新規参入事業者は多いのですが、「自立要支援向け住宅は、要介護向け住宅の数倍以上難しい」「自立要支援向け住宅はニーズが乏しい」「自立要支援向け住宅は単独で運営できない」ということは知っておく必要があります。

そして、もう一つが収支シミュレーションです。
これは、「商品シミュレーション」と「業務シミュレーション」を数字に置き直して行く作業です。
もちろん、居室を広くしたり、介護システムを手厚くすれば、それだけ価格は高くなります。いまは、建築費が高騰していますから注意が必要ですし、優秀なスタッフを集めるには必要な人件費を確保しなければなりません。介護付有料老人ホームの場合、入居者の要介護平均は収支に直結します。
「土地の取得、高齢者住宅の建築にどの程度の費用が必要になるのか」
「入居率はどの程度に設定するか、一年目、二年目、三年目以降は・・・」
「全体の介護看護の人件費の総額はどの程度に設定するのか」
「一人当たりの介護スタッフ、看護スタッフ、ケアマネの給与は・・・」
「入居一時金を設定するのか、その役割は? 償却期間はどの程度に設定するのか」

このように収支シミュレーションは単独のものではなく、商品・業務シミュレーションなしにつくることはできないのです。

また、これらはシミュレーションですから、一つの答えを導くためにつくるものではありません。「自立高齢者を対象とするのか、要介護高齢者を対象とするのか」によって、建物設備設計や介護システムは根本的に考え方が変わってきます。富裕層を対象とした高級老人ホームにするのか、中間層を対象にするのかで、介護システムの手厚さや部屋の広さ、共用部の仕様なども変わってコレきます。
様々なシミュレーションを何百回と繰り返すことで、
「この夜勤配置では、介護スタッフが過重労働にならないだろうか・・・」
「この人件費で、優秀な介護スタッフが集まるだろうか・・」
「事故やトラブルが夜間に発生した場合は、どう対応するか・・・」
「どのような建物設備であれば、効率的・効果的に介護できるか・・」

など、実務に基づいたリスクの想定やその対応策を検討することになります。
つまり、事業計画を作成するということは、その事業の内容、想定されるリスクを十分に理解するということであり、その事業に参入するか否かを決定する判断材料をつくることであり、それをやらないまま参入しても、高齢者住宅や介護保険施設の経営などとてもできないのです。

これは、介護サービス事業、高齢者住宅事業に関わらず、飲食業でも他のサービス業でも同じことです。例えば、ラーメン屋さんで働いたことも、ラーメンを作ったこともない人が、「ラーメン屋は儲かるらしい」と聞いて、市場調査も原価計算もラーメンの中身も何も考えていない人が、コンサルタントに「ラーメン屋の事業計画を作ってくれ…」と頼むのと同じです。
そんなバカな話はないでしょう。事業の成否というよりも、滑稽な話なのです。

実は、高齢者住宅の経営者の中には、バランスシートも損益計算書も読めない人がたくさんいます。そんな人たちが多数高齢者住宅事業に参入して、「介護スタッフが集まらない、介護報酬が低いからだ・・・」と気勢を上げてみても、「その安い人件費がスタッフが集まる事業計画を作ったのは誰ですか?」という話にしかならないのです。
介護コンサルタントに「事業計画を作ってほしい」と頼んではいけません。鉛筆を舐めつくしたような、全く実現性のない、「設計建築費は高いのに利益率も高い」という事業計画しかできません。
わたしの本を読んで、「では、商品・業務・収支シミュレーションが一体となったものを作ってほしい」と言ってくる人がいますが、お断りしています。それはその経営者・事業者に経営する気がない、事業に対する責任感がないということが明らかだからです。
頼むのであれば、「自分で事業計画が作れるように支援してほしい…」です。
ただ、それは相当の覚悟が必要ですし、半年、一年でできるものではないのです。




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