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現在の特養ホーム・老人福祉施設はどこに向かうのか


老人福祉施設と高齢者住宅の役割の混乱は、民間の高齢者住宅の成長を阻害するだけでなく、本来の役割である老人福祉の機能の低下を招いている。セーフティネットとしての老人福祉の立て直しのためにも、社会福祉法人、老人福祉施設を本来の役割に戻す必要がある。

【連 載】 超高齢社会に、なぜ高齢者住宅の倒産が増えるのか 025 (全 29回)


制度の方向性のポイントの一つは、「高齢者施設」の役割の明確化です。
特に、課題となっているのが「老人福祉施設」と「高齢者住宅」の役割の混乱です。
「施設から住宅へ」の移行の必要性は、介護保険が始まった当初から言われていたことですが、社会保障政策が、長期的な財政計画のないまま、時々の一時的なポピュリズム政治に使われ続けたことや、社会福祉法人が公務員や地方議員の「天下り先」として一部利権化しており、今なお、「重度要介護高齢者の住まい」として全国で非効率な特養ホームが作られ続けています。

この「施設」と「住宅」の役割の混乱は、「福祉」と「介護」の混乱でもあり、「民間の高齢者住宅の育成を阻害している」というだけでなく、本来の「要福祉高齢者」への対応力、福祉機能の低下を招いています。
現在、「重度要介護」の高齢者だけでなく、介護保険制度や民間の介護サービス事業者だけでは対応できない家族から虐待を受けている高齢者、独居認知症高齢者など「要福祉」の高齢者が激増しています。介護保険制度だけでは対応できないセーフティネットとしての老人福祉の立て直しのためにも、社会福祉法人、老人福祉施設を本来の役割に戻す必要があります。

養護老人ホーム・軽費老人ホーム・ケアハウス の役割

軽費老人ホームは、要介護状態ではないものの、自立して生活することに不安があり、かつ家族などの支援をうけることができない高齢者を対象とした老人福祉施設です。
ケアハウスも軽費老人ホームの一形態です。
養護老人ホームは、身体的、精神的、また経済的な理由などにより、自宅での生活が困難な高齢者を対象とした老人福祉施設です。制度上の対象者のイメージとしては、軽費老人ホームは「要福祉の自立高齢者」、養護老人ホームは「要福祉の要支援高齢者」というところでしょうか。
しかし、サ高住など生活相談や食事、安否確認などのサービスがついた高齢者住宅の増加によって、これまで果たしてきた「住居」としての役割の一部は小さくなっています。

実際、養護老人ホームや軽費老人ホームの入所率はそれほど高いわけではありません。
しかし、これらの福祉施設は社会的役割を終えたのかと言えばそうではありません。介護が必要でなくても、「家族がいるのに適切に食事が提供されない「面談も同居家族が拒否している」といったネグレクトや、「独居でごみ屋敷になっている」「火の不始末など一人暮らしが困難」など、生活相談、生活立て直しを中心とした福祉的な支援が必要な「要福祉高齢者」は増えています。子育て支援として保育園が整備されても、虐待を受ける子供の「乳児院」「児童養護施設」が必要なように、介護保険制度や高齢者住宅の整備が充実しても、老人福祉施設の役割はなくならないのです。

ただ、その役割や機能は、一定変化していきます。
一つは要介護対応力の強化です。
これまでは、ケアハウスや養護老人ホームの入所者が要介護状態になれば、介護機能の整った系列の特養ホームへの住み替えてもらうというのが一般的でしたが、特養ホームの対象が重度要介護高齢者に限定されたため、要介護2程度までの要介護高齢者にも対応できるよう介護機能の強化が求められています。特に、重度要介護高齢者の増加によって、特養ホームへの住み替えはより困難となりますから、車椅子利用など要介護3程度の高齢者にも対応できるように建物設備やサービスを整える必要があります。
また、この「養護老人ホーム」「軽費老人ホーム」の対象者や、その役割は重複していますから、将来的には「要福祉+軽度要介護高齢者」の施設として統合されることになるでしょう。



旧型特別養護老人ホーム、ユニット型個室特別養護ホームの役割

もう一つは、特別養護老人ホームです。
特別養護老人ホームは、「要介護高齢者の住まい」ではなく、老人福祉施設であり、かつ介護保険施設です。その役割に沿った対象者の明確化が必要です。

一つは福祉機能の強化です。
家族による介護虐待や介護拒否、介護心中などのニュースを聞くと、「とんでもない家族だ」と思う人がいるかもしれませんが、実際には「昔は親思いの息子、仲良し家族だった」という話も少なくありません。いつ終わるともしれぬ、24時間365日の重い介護負担に、家族も一緒につぶされているのです。
ただ、その事情はともあれ、児童虐待と同じように、「ひどい虐待を受けている」「介護も医療も受けさせてもらえない」といった生命に関わるような重大事案については、強制力をもって緊急避難的に高齢者本人と家族を切り離す必要があります。

これを「措置制度」と言い、現在の特養ホームでもこの行政措置による入所方法があります。
しかし、この行政措置による入所を受け入れている社会福祉法人、特養ホームの割合は、全体の一割に満たないと言われており、行政・福祉事務所との連携も十分に機能しているとは言えません。これからは虐待ではなくても、一人暮らしや高齢夫婦世帯が激増しますから、従来の「事前申込・待機・契約」だけでは対応できない、緊急避難的に特養ホームへの入所が必要となるケースも増えてくるでしょう。この要福祉高齢者の早期発見、特養ホームの福祉機能の立て直しは最重要課題の一つです。

もう一つは、「認知症高齢者対応の強化」です。
介護保険施設の役割は、民間の高齢者住宅では対応が難しい要介護高齢者の住まいです。
重度要介護高齢者といっても、「身体機能低下による重度要介護」と「認知症による重度要介護」は、求められるケア・介助の内容、視点はまったく違います。

認知症の場合、失見当識といって、今自分がどこにいるのかわからなくなるために、夜間に起きだして興奮状態になることもあります。徘徊や暴力、暴言、幻覚などの周辺症状も発生します。そのため、その介助には、より専門的な知識、高い援助技術が求められ、同時に、見守りや安否確認などに、多くの介護スタッフが必要となります。他の入居者とのトラブルが多くなるため、一般の高齢者住宅では、入居契約を断られたり、入居後であっても、途中退居を求められるケースも少なくありません。

認知症高齢者に対しては、混乱を避けるために、10人程度の少人数を一つのユニットとして、いつも同じ介護スタッフで対応を行う「ユニットケア」が適しています。つまり、現在のユニット型特養ホームの建物設備、介護システムが、認知症ケアの条件を備えているのです。
現在、認知症高齢者のグループホームが制度化されていますが、低所得者は入居できないことや、小規模の単位であることから、激増する認知症高齢者に対応することはできません。民間の高齢者住宅との差異を明確にするうえでも、今後、ユニット型特養ホームは、認知症高齢者の住まいとしての役割が大きくなるでしょう。

「脱施設」と言えば、「福祉施設を作るな・・・ 高齢者住宅を増やせ・・」という意味にとらえがちですが、そう単純な話ではなく、大切なことは「役割の明確化」なのです。

今後、社会保障削減の視点からも、この役割の明確化は一気に進むことになるでしょう。
ただし、それは国の指示に従うというものではなく、地域包括ケアシステムの中で、財源や人材確保、現在の特養ホーム数、高齢者住宅の整備状況などを勘案しながら、各自治体が決めていくことになります。上記の図のように、方向性としては、4人部屋の「旧型特養ホーム」は要福祉高齢者対応の強化、「ユニット型個室特養ホーム」は、認知症高齢者対応の強化が進むと考えられますが、これもそれぞれの入所基準を市町村で考えることになります。

これは、老人福祉施設だけでなく、老人保健施設や病院との役割との明確化も同じことが言えます。
それぞれの市町村の高齢化や財政事情に合わせて、限られた社会資源や財源をどのように活用していくのか、自治体マネジメントの手腕が問われているのです。




高齢者住宅の制度・商品の未来を読み解く

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