前回のコラム、 「クローズアップ現代 ~相次ぐ老人ホームの閉鎖 終の棲家で何が~ 」について、たくさんの意見・感想をいただいた。その中には「厳しくすれば、ほとんどの住宅型やサ高住がつぶれてしまう」「行き場を失う入居者がたくさんでてしまう」という擁護する声も多かった。その背景にある介護業界の危うさとは…
【NEWS & MEDIA 】 ニュースを読む、ベクトルを理解する <No 20>
前回のコラムにおいて、NHKのクローズアップ現代で放送された 「相次ぐ老人ホーム閉鎖 終の棲家で何が…」という放送について、その感想と問題点について述べた。
【参照】 クローズアップ現代 ~相次ぐ老人ホームの閉鎖 終の棲家で何が~ について (1)
住宅型有料老人ホームの倒産増加は事実であり、NHKの社会派報道番組として、それに焦点を当てることは意義のあることだ。私も期待をしてチャンネルを合わせた。
しかし、残念ながらその内容は、介護付やサ高住など高齢者住宅の全体像や介護保険適用の矛盾を理解しないまま、不適切な「囲い込み型」の住宅型有料老人ホームを「経営努力している事業者」「頑張っている老人ホーム」と取り上げるなど、理解不足と事実誤認に基づく、杜撰で偏ったものだった。
多くの方にお読みいただいたようで、直接的・間接的にたくさんの感想をいただいた。
現場の介護スタッフ・ケアマネジャーからは、「その通り…」と賛意が多かった一方で、介護ジャーナリストや学者など、いわゆる識者からは、「そんなに厳しく指摘すれば、ほとんどの住宅型やサ高住がつぶれてしまう」「そうなると、行き場を失う入居者がたくさんでてしまう」という擁護の声が多かった。
私は、正義感を振りかざして「囲い込みは悪徳だ」と憤っているのではない。ただ、「仕方ない…」という人に問いたいのは、「現在の高齢者住宅の商品的課題やコンプラアインス違反に目をつぶっていれば、その住宅型やサ高住のサービス・経営は安定するのか…」ということだ。
「囲い込み型高齢者住宅」は、どちらにしても維持できない
「囲い込み型高齢者住宅」の最大の問題は、そこに入居する高齢者の適切な介護・医療を受ける権利が、事業者に阻害されているということだ。
この「囲い込み型高齢者住宅」のビジネスモデルは、従来の老人病院の「社会的入院」でも見られたものだ。かみ合わせが悪いからと残っている歯を抜いて総入れ歯にしたり、食事に介助が必要になれば胃に穴を開けて経管栄養にしたり、寝たきりにさせてスパゲッティと呼ばれるような何本もの点滴を常時身体につなぐなど、「これでもか・・」というくらい必要のない医療行為が行われていた。
今でも、一部医療機関では、高齢者に対する不必要な手術や過剰な投薬が続けられていることは事実だ。
これらは医療法から見れば適法な診療報酬上の行為であっても、本人が望む適切な医療を受ける権利を明らかに阻害するものだ。病院経営のための医療行為の強要は「医療倫理」ではなく、「人権」に関わる問題である。医師や病院が、どれほど「法律上問題ない」「最終的には本人・家族の同意を得ている」と抗弁しても、ほとんどの人はグレーゾーンでなく、「悪徳病院・ブラック病院」という評価を下すだろう。
しかし、これが病院ではなく、高齢者住宅で行われれば、なぜか介護ジャーナリストや一部の介護福祉系学者は「経営努力をしている」という判断になるのだ。
クローズアップ現代で「頑張っている住宅型有料老人ホーム」として紹介された住宅型有料老人ホームでは、入居者は毎日限度額一杯までデイサービスを強制的に利用させられるため、夜間を含めそれ以外の時間帯は、はほぼ放置の状態になる。そのため必要な排泄介助が行われず、ほぼ毎日失禁し、不衛生な尿でずぶぬれの状態になっている。
それが、本人の希望、本人の意思によるものだと言っているのだ。
ケアマネジメントの基礎は、本人の要介護状態、生活状態に合わせて適切な介護サービスを提供することだ。建築現場で使われるようなゴワゴワのブルーシートを引いたベッドに寝かせるなど、狂気の沙汰だといって良い。高齢者住宅の利益ありきの介護が強要されるため、必要なサービスが行われず、不衛生・不快な環境での生活を余儀なくされているのだ。
「囲い込み型高齢者住宅」の入居高齢者は、生活が崩壊するだけでなく、命の危機にさらされている。ある事業所では、実質的に併設の訪問介護しか利用できないため、褥瘡が極度に悪化し、臀部の肉が腐り、腰骨が見える瀕死状態で緊急搬送されてくるという。医療管理が全く行われないため、インフルエンザの蔓延によって、一ヶ月に十数人の高齢者が亡くなっている高齢者住宅もある。そのような劣悪な生活環境に追いやられている高齢者を見ても、「行き場がないから仕方ないじゃないか…」「そんな厳しいことを言えば、ほとんど潰れちゃいますよ…仕方ないですよ…」と笑っていられるのだろうか。
加えて、もう一つ理解できないのは、囲い込み型高齢者住宅を擁護する介護系識者は、厳しい指摘をしなければ、このような違法で劣悪な「囲い込み型高齢者住宅」が維持できると信じているということだ。
言うまでもなく、今でも、日本の国家財政・社会保障財政は、巨額の追加赤字国債で回す極度にひっ迫した自転車操業の状態にある。加えて、介護医療問題の本丸である85歳以上の後後期高齢者は、現在の550万人から2035年には1000万人となる。
【参照】 「誰も逃げられない」 後後期高齢者1000万人時代の衝撃
【参照】 「まずは自治体倒産」 すでに崩壊している社会保障費の蛇口
どう考えても現在の介護保険制度、医療保険制度を維持すること不可能だ。そのため、これから保険料の大幅値上げ、被保険者の拡大、自己負担の増加、低所得者対策の見直しなど、あらゆる手を使って介護・医療費の削減が行われるだろう。その中で「囲い込み高齢者住宅」のような、本来入居者が自己負担すべき家賃や食費を抑えて、介護保険や医療保険の強制利用で埋め合わせをするという不適切・不正なビジネスモデルが維持できるはずがないことは、誰が考えても容易に想像できることだ。
不透明な医療・介護などの社会保障費を搾取することを前提とした「囲い込み型高齢者住宅」は、超高齢社会に存在してはならない貧困ビジネスである。ただ、それを現在行っている住宅型やサ高住の経営者が、私のような批判を疎ましく思い、制度が維持されると信じたいのはわからなくはない。
しかし、「介護の問題、高齢者住宅に詳しい専門家」とマスコミに登場する介護ジャーナリストや学者や大学教授などの有識者が、このような企業倫理やコンプライアンスに違反する、劣悪な高齢者住宅をかばう理由がわからない。「厳しく規制すれば、ほとんどの住宅型やサ高住は潰れる…」という話ではなく、どちらにしても早晩、崩壊・倒産するのは間違いなく、「囲い込み」ビジネスモデルが拡大すればするほど、その被害は拡大するのだ。
この問題の背景には、「高齢者住宅に適用される介護報酬の制度矛盾」と「素人事業者の増加」という二つ課題がある。また、突然の親の介護問題の発生に頭を抱え、藁をもすがる思いで低価格の高齢者住宅に頼らざるを得ないという現状の問題は理解している。ただ、それは「要介護高齢者の住まい全体」の問題であり、「低所得者対策」の課題である。
「仕方ない…」「厳しいことを言えば潰れる…」と擁護し、目をそらせるで、なぜ介護施設・福祉施設を含め要介護高齢者の住まいの在り方全般を見直すべきだという方向に向かおうとしないのか、なぜ改善に向けた方策を提言しようとしないのか、それがまったくわからない。
「介護・福祉」のイメージに逃げ隠れる介護業界の危うさ
今回の報道番組の中で、「高齢者住宅の経営悪化」を特徴づける映像して流されたのが、経営悪化で事業を売却したいと「M&Aセミナー」に殺到する経営者の姿だ。私のところにも、メールなどで「高齢者住宅の経営が安定しない…、どうすればよいか…」という相談は多い。その大半は新規参入業者だ。
彼ら異口同音に、失敗理由として口にするのが「超高齢社会に役立つ仕事、良い介護をしたいと思って始めたが、経営のノウハウが足りなかった」というものだ。番組内では、これを「ロマンがあったが、そろばんがなかった」と表現されていた。
実は、ここに今回の「囲い込み」を含め、現在の高齢者介護・高齢者住宅の危うさの根がある。
彼らの「良い介護をしたい…」という想いを全否定はしない。ただ、その想いを達成するには、 介護保険・ケアマネジメントなど事業の基礎を十分に勉強しし、 高齢者住宅の事業特性や経営上・サービス提供上のリスクを理解した上で、「現在の高齢者住宅の経営上の課題は何か」「どのようにして質の高いサービスを提供するのか」を熟慮して、商品設計・サービス設計を行わなければならない。
しかし、異業種から参入した経営者に「あなたの言う、良い介護とは何なのか」「他の高齢者住宅とはどのような点で違うのか」と聞いても、何一つ答えられない。彼らが持っているのは、「超高齢社会だから介護は儲かる」という過剰な期待と、介護コンサルタントやデベロッパーの作った「訪問介護や通所介護を併設して、介護保険で儲けましょう…」という事業計画しかない。それがロマンとそろばんの全てだ。
事業経営は「山登り」に似ている。高い山に登るにはそれだけの経験と準備が必要だが、どれだけ準備をしても、綿密な計画を立てても、雨が降ったり、雪が降ったり、予想外の風が吹いたりとその計画通りに進むことはない。特に、介護事業や高齢者住宅事業は、対象高齢者が増加する一方で、少子化による人材確保や社会保障費の削減など、長期安定経営には様々な困難・リスクが伴う。「需要があるから…」と誰でも成功できるほど簡単なものではない。
高齢者住宅の経営に失敗している人のほとんどは、いわば「山登りがブームだから…」「山はロマンだ…」とその経験も準備もなく、半そで・サンダルの軽装で冬山に出かける素人登山者だ。それは大手・中小を問わない。もちろん、その経営に参入するのも、失敗して巨額の負債を背負うのも経営者の自由だ。ただ、高齢者住宅経営が始末に悪いのは、「安心・快適」と多くの高齢者・家族に声をかけて、その無謀な計画のツアーに組み込んでしまうことだ。
高齢者住宅経営の失敗の原因のほぼすべては、「経営ノウハウの不足」でなく、「商品性・事業計画の不備」にある。経営ノウハウや実務経験があれば、事業特性やリスクを基礎とした長期安定的な商品設計・事業計画を立てることができるからだ。「半袖・サンダル」のまま雪山に入り、途中で遭難し、入居者を放置したまま一人で山を下り、「こんなはずではなかった…」「ロマンはあったがそろばんがなかった…」という言い訳は、あまりにも滑稽で、あまりにも無責任だ。
ただ、これは、一部の高齢者住宅事業者だけの問題ではない。
現在の高齢者住宅業界全体、介護サービス事業全体に蔓延する病だといってよい。
低い給与体系、無謀な勤務体制で作った事業計画を棚に上げて、「介護スタッフが集まらないのは介護報酬が低いから…」と憤る介護経営者や、リスクマネジメントやケアマネジメントなど介護の専門性を勉強しようともせず、口を開けば「介護の仕事は大変だ・ブラックだ」と言い訳ばかりしている介護スタッフのなんと多いことか。 利益目的の介護サービスの強制利用や介護保険法の不正請求までも、「困っている、高齢者・家族のため」と正当化する。
経営者も介護スタッフも、また介護関連の有識者も「良い介護をしたい」「現場は頑張っている」「悪いのは制度だ」「施設から住宅へ」と、介護だ、福祉だと言えば何でも許されると思っているのだ。そこには、最低限の責任感も介護に携わる人間としての矜持のかけらもない。
その風潮をそのまま垂れ流しにしたのが、今回のクローズアップ現代だといって良い。
事業経営の根幹は、法令順守とコンプライアンスである。
今回の報道の唯一の成果は、これまでの「不正・不適切な運用をしているのは一部の事業者だ」「大半の高齢者住宅は適切に運営されている」という言い訳は明らかに間違いで、「不正な囲い込みをやっている=経営努力している」と認識されるほど、ほぼすべてのサ高住・住宅型有料老人ホームで不法行為が蔓延していることが証明されたということだ。
この甘えの構造から脱却できなければ、高齢者介護・高齢者住宅、そして超高齢社会に未来はない。
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