このまま介護人材、介護財源が進むと、激増するのが介護離職だ。
令和四年度の「就業構造基本調査」によると、介護を理由に仕事を辞めた介護離職者は年間10.6万人。親の介護を抱えながら仕事をしているビジネスケアラーは364万人、2030年には438万人になると予測されている。
東レ経営研究所の調査によれば、親の介護に不安を抱えている「企業の隠れ介護者」はサラリーマンの四人に一人、1300万人に上るという試算もあり、その三人に一人は、親の介護状態が重くなれば、これまで通りの仕事は続けられなくなるだろうと答えている。
介護離職が子供家族に及ぼす過大なリスク
「介護のために仕事を辞めて、実家に戻ってきた」というと、「優しい息子さん、娘さんでお父さん・お母さんは幸せね……」と周囲は賛美するだろうが、実際はそう単純な話ではない。

「介護離職によって自分の将来が見通せなくなり、アルコール依存症に」
「介護のために、自分の体調変化に気付かず、わかった時にはガンが進行」
「親の介護を原因とする夫婦別居、介護単身赴任、介護離婚の増加」
「認知症の親の介護のストレスで、暴言や暴行などの介護虐待が増加」
「収入はゼロになり、親の預貯金・年金頼みの生活に」

介護離職は、介護者及びその家族の経済状況の悪化だけでなく、別居や離婚など家族崩壊につながる可能性が高い。最初は「親のために」と思っていても、寝不足による疲弊、先の見えない介護ストレスから追い詰められ、介護虐待のリスクも高くなる。介護をしている子供が先に自殺や病気で亡くなるというケースも少なくない。それは子供世代だけでなく、孫世代の進学や就職、将来にまで暗い影を落としている。
「親の介護が落ち着けば、また仕事を探せばよい」
「介護しながらできる仕事を実家の近くで探そう」
そう考えている人も多いが、事は簡単ではない。
介護離職者の再就職率は50%未満、常勤採用になる人は5人に一人だと言われており、介護や看護、保育などの、エッセンシャルワークの有資格者でなければ、離職する前と同じ職種・同程度の待遇で再就職は難しい。介護離職者の多くは50代で、仕事を辞めて、5年、10年介護をして親が亡くなった時は自分も60代。働く意欲も場所も失われていく。そこから自分の望む仕事を探すことは実質的に不可能だ。
いま、預貯金が1000万円、2000万円あるとしても、働かなければあっという間に減っていく。老親が亡くなれば年金はストップ、早期退職のため退職金も自分の年金額も少ない。その結果、「介護離職をして、親が亡くなった途端に生活保護」という人が増えている。80代の親が引きこもりの子供の生活を支える「八〇五〇問題」がクローズアップされているが、「親の介護のために」と40代、50代で介護離職をした場合も、その多くは同じ経路を辿ることになる。
介護離職が社会に及ぼす負のスパイラル
「介護離職者が年間10万人」と言えば、大した数ではないと思うかもしれない。
ただ、パートや派遣などの非正規労働の離職者は十分に把握できていないため、実際はその数倍に上ると考えられている。また、これは「親の介護が原因で仕事ができない人が10万人いる」という意味ではなく、その数は5年、10年と加算されていく。直接的・間接的に親の介護が原因で仕事ができない、常勤で働けないという人は、今でも100万人規模に上る。
加えて、この先、介護サービスの利用が抑制され、家族の負担が増えれば、その数は3倍、4倍となり、あっという間に最大で500万人規模になるだろう。述べたように、2040年労働人口は今の八割の5270万人。さらにそこから最大で更に一割の人が、親の介護が理由で働けなくなるのだ。
これは、単純に「支える側の分母」の数が減るということだけではない。本来、労働によって社会を『支える側』にいるはずの人が、病気になったり生活保護になったりして、分子の『支えられる側』に移行するという最悪のシナリオなのだ。

高齢者介護は、要介護高齢者やその家族だけの問題ではない。
また、現代を生きている世代だけの問題でもなく、社会保障費だけの問題でもない。
子供世代だけでなく、孫世代、更にその次の世代の教育や夢なども巻き込んで、日本の社会システムの根幹を揺るがすことになるのだ。社会保障と経済は社会システムの両輪であり、特に介護と経済は密接に繋がっているということが、あらためてわかるだろう。
繰り返し述べているように、医療・介護・年金など、社会保障費の削減は不可避である。
増加する社会保障費の財源や介護人材をどのように確保するのかという夢想はもう捨てなければならない。ただ、それは自己負担を上げればよい、サービス利用を抑制すればよいという単純なものではない。社会保障の圧縮ありき、特に介護財政の圧縮ありきの対策は、大量の介護離職者を招き、それによって経済が疲弊、更に社会保障財政の悪化という負のスパイラルを招くことのなるのだ。
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