現在の民間の高齢者住宅の制度は、厚労省の管轄する有料老人ホームと、国交省の管轄するサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に分かれている。ただ、それぞれ制度の中身や基準の違いについては説明できるが、なぜ民間の高齢者住宅に二つの制度・基準が必要なのかは、誰にも説明できない。それは、省庁間の利権争いに振り回された高齢者住宅制度の混乱の歴史だと言ってよい。
有料老人ホームの目的は入居者保護
有料老人ホームの制度は、昭和38年(1963年)からある。
1975年(昭和50年)には70施設あまり、バブル絶頂期の1990年(平成2年)には200を超える施設が運営されていたが、『自立した富裕層の高齢者が悠々自適な生活を送るための住まい』という位置づけで、介護保険制度がスタートするまでは、『有料老人ホーム=お金持ちの高級老人ホーム』というイメージを持つ人が多かった。
この有料老人ホームが老人福祉法に規定されている理由は入居者保護を目的とした制度だ。
1 980年代に増加した有料老人ホームだが、不動産バブルの崩壊も相まって、その一部は経営が不安定となり、突然倒産し、ガスや電気求められた中に取り残される高齢者が発生するなどのトラブルが増加したことから、事前届け出や指導監査体制が整えられることになった。
その設置・運営に関する最低基準『有料老人ホーム設置運営指導指針』が示されており、新しく開設する場合、これに基づいて事業計画・収支計画・建物設備計画を作成し、都道府県との事前協議が義務付けられている。事前協議を通じ指導や監査を受け、届け出を受理してもらわなければ有料老人ホームは開設できない。
その目的について、厚労省老健局長通知が出されいる。
【有料老人ホーム 設置運営標準指導指針の性格(抜粋)】
有料老人ホームは民間の活力と創意工夫により高齢者の多様なニーズに応えていくことが求められるものであり、一律に規制は馴染まない面もあるが、一方高齢者が長年にわたり生活する場であり、入居者の側からも介護を始めとするサービスに対する期待が大きいこと、入居にあたり高額な一時金を支払う場合が多いことから、行政としてのサービス水準の確保などのため十分の指導を行う必要がある。特に、有料老人ホーム事業は、施設設置者と入居者との契約が基本となることから、契約締結及び履行に必要な情報が、入居者に対して十分提供されることが重要である。
しかし、有料老人ホームを取り巻く環境は2000年の介護保険制度によって大きく変化する。
当時、有料老人ホームは高齢者専用というだけでなく、「定員10名以上」「食事を提供する」など一定の基準があった。しかし、それを逆手にとり、倒産した病院や使われなくなった旅館に要介護高齢者を押し込め、「高齢者だけではなく障がい者も対象としている」「食事は外部の配食業者から提供されている」などの基準逃れの高齢者住宅が増加する。この「有料老人ホームもどき」の高齢者住宅(当時はこれを類似施設と呼んだ)は、全国で600ヶ所に上った。
一部マスコミでは、この「類似施設」を、「特養ホーム不足が原因だ」「行き場のない低所得・貧困層のために行っている」と擁護したが、これはとんでもない話だ。「価格を安く提供するために、消費期限の切れた食材を利用してもよい」「保健所などの指導を受ける必要はない」「食中毒が発生しても関係ない、知らんぷり」というのと同じだからだ。
そこには介護ビジネスの特性も関係している。
利用料は安くても、自分達の利益を削っているわけではない。系列の訪問介護や通所介護、系列の診療所から、不必要な医療・介護を押し付け、巨額の社会保障費をむさぼる悪徳な貧困ビジネスだ。そればかりではなく、違法な身体拘束や介護虐待も横行する。
これを受け、厚労省は2006年に老人福祉法を改正、定員基準を廃止し、食事だけでなく介護や家事援助、相談などを行う事業者はすべて有料老人ホームとして届け出を強化させる。その結果、無届施設は250件程度にまで減少、そのまま指導・監査を継続し、「介護保険の利用停止」など、届け出の強化を進めていけば、違法な高齢者住宅は減っただろう。
何の知識も理解もなく、高齢者住宅事業に乱入した国交省
この混乱に拍車をかけたのが、2001年に国交省がスタートさせた高齢者専用賃貸住宅だ。
一般の賃貸マンション、賃貸アパートの多くは認知症や孤独死などのトラブルを恐れて「高齢者お断り」というところは少なくない。高齢者の家探しを支援するために、高齢者でも断らない賃貸住宅を高齢者円滑入居賃貸住宅(高円賃)、高齢者のみを対象とするものを高齢者専用賃貸住宅として登録させた。一言で言えば、元気な高齢者が、スムーズに賃貸マンション・アパート選びを行えるようにするための制度だ。
しかし、当初、登録件数増を優先させ基準を作らなかったため、有料老人ホームの類似施設と同じように、空所だらけのアパートの一室に四人、五人と入居させ、系列の訪問介護や医療を無理やり利用させて搾取するという貧困ビジネスが横行する。押し入れの上下に一人ずつ寝かせるといった劣悪な生活環境のものまで登録されていたという。当初はそれを「介護の問題は国交省は関係ない」と放置したため、「お墨付けを得た」と勘違いし、その数が激増し、収集がつかなくなる。
ようやく、国交省が重い腰をあげたのが、それから10年後の2009年。
「個室、居住面積が25㎡(食堂等がある場合は18㎡)以上」、「居室内にトイレ、洗面設備、収納設備」といった登録基準を作り、劣悪な高専賃を排除したのだ。
しかし、この新しい基準で再登録されたのはそれまでの7割程度しかない。登録除外となった12,000戸もの劣悪な旧高専賃は誰も管理せず、国交省も厚労省も「自分達には関係ない」と切り捨てた。その結果、群馬県渋川市の無届施設で火災が発生、扉が施錠され、逃げ場を失った高齢者10人が死亡する事件が発生する。

高齢者住宅は、開設されて入居者が入れば、厳しい、指導や監査を行うことが難しくなる。どれほど劣悪な環境であっても、不正が行われていることがわかっても、「行き場のない入居者が人質」になってしまうからだ。30人の入居者がいる無届施設を潰せば、それを特養ホームの特例措置で受け入れなければならなくなる。そのほとんどは高額費用が支払えないため、ユニット型特養ホームに入れないために、旧型の複数人部屋の特養ホームしかないが、ここは待機者で一杯だ。
無届施設が問題となっても、その原因を作った国交省はすでにそっぽを向いており、厚労省は「届け出強化を自治体に指示した」と自治体に丸投げしたまま、それぞれ、♬そんなの関係ねぇ、おれには関係ねぇ♬ と無視しつづけている。その結果、現在でも、無届の高齢者住宅はわかっているだけで604ヶ所(令和5年6月現在)に上るとされており、介護保険がスタートした2000年(平成12年)と比べて全く減っていない。さらに言えば、誰も管理していないため、これも実数かどうかわからない。
事業者との「いたちごっこ」という人がいるが、それは正確ではない。
国交省と厚労省が、自分達の補助金・利権争いで、彼らがぬくぬくと生き続けられる抜け穴を作り続けてきたのだ。いまも、寝たきり寝かせきりで、費用な介護や看護も受けられず、24時間ベッドに括り付けられ、夜は鍵を締められるという、考えられないような劣悪な環境で、行き場のない要介護高齢者が生活している。
それが現代の日本の介護・福祉の現実なのだ。
この記事へのコメントはありません。