違法行為が蔓延し、悲惨な生活を余儀なくされているのは、無届施設に限った話ではない。
2017年、さいたま市にある住宅型有料老人ホーム「イリーゼ浦和大門」で、要介護5の重度要介護高齢者(71歳女性)が入浴中の溺水事故で亡くなった。女性は上半身の体勢維持が困難な状態で、車いすのまま入浴できる「機械浴槽」を使って入浴していた。この女性を介助していた担当の介助職員が、別の入所者を入浴介助するため機械浴槽から離れた間に溺れたという。
入浴は高齢者にとって大きな楽しみの一つであるが、目を離したごく短時間のうちに溺水や転倒、ヒートショックが発生する死亡リスクの高い生活行動でもある。特に身体を自分で動かせない重度要介護高齢者は、目を離さないマンツーマンの個別入浴が原則だ。しかし、当該住宅型有料老人ホームでは、7人の要介護高齢者に対して、わずか3人の介護スタッフで入浴介助を行っていたと報道されている。
同様の入浴事故は、介護付有料老人ホームでも発生している。
しかし、住宅型有料老人ホームは区分支給限度額に基づき、入居者個人が訪問介護サービス事業者と「午後一時~午後一時半 入浴介助」と時間で契約して介護サービスを受けるというのが原則だ。それは通常の訪問介護でも、定期巡回型などの訪問介護でも変わらない。つまり、七人の入浴者がいれば七人の訪問介護員が必要であり、入浴中は付ききりでなければおかしいのだ。
事業者は「たまたまヘルパーが一人休んでおり、個別ケアが不可能になったため、臨時に保険外サービスに切り替えた」と、いかにも苦しい弁明をしているようだが、では7人の高齢者に4人で介護するのはOKなのかと言えばそうではない。当該法人は、「安全対策を強化する」と言っているようだが、そもそもこれは安全対策の話ではない。これが起きたのは個人・中小事業者ではなく、全国で130もの有料老人ホームを運営し、この不正で巨額の利益を上げている大手事業者だ。他のところでも同様の危険な介護が日常的に行われていることは想像に難くない。
「囲い込み」の課題は、第4章で述べた介護報酬の不正請求だけではない。
要介護高齢者が介護保険制度に基づく適切な介護を受ける権利を、事業者が不正に奪っているということ、同時にそれは、命に関わる危険な生活を余儀なくされているということだ。
「訪問看護を利用させてもらえず、疾病が悪化して亡くなった」
「毎日デイサービスに強制的に連れ出され、夜は放置されている」
それは介護だけでなく、医療にまで拡大している。過剰な薬の投与で人格が変わったり、副作用で傾眠傾向となり足元がふらついて転倒する人もいる。
「転倒して頭部強打で亡くなったのに、かかりつけ医が病死にした」
「急変しても病院に搬送せず、放置したまま亡くなった。それを看取りとセールスしている」
信じられないような相談が、多数寄せられている。
この囲い込みというのは、「医療介護の押し売り」と同意だ。
介護が必要となって選択できないのに、無理やり書類にサインさせられ、お金は取られるのにその介護サービスは適切に提供されない。行政に相談しても「契約上は問題ない」「選択した人にもその責任はあります」と突っぱねられる。「押し売り」というより、詐欺行為に近い。
こんなことが、全国各地で多発しているのだ。
厚労省は、「囲い込みに対して介護報酬を10%削減する」などの対策を取っているが、それは囲い込み高齢者住宅から見れば、「10%減であれば囲い込みOK」と認識され、書類上の不正が拡大し、危険な介護を受ける高齢者を増やすだけだ。
先ほどの入浴死亡事故については、その日に入浴を担当していた二人の介護スタッフ(訪問介護員)だけが「安全ベルトをしていなかった」として業務上過失致死で書類送検されている。しかし、誰が見ても、この死亡事故の主たる原因が「安全ベルト」ではないことは明らかだ。
しかし、さいたま市や厚労省が、同様の違法行為や事故が発生していないか、当該法人や全国の囲い込み型のサ高住・住宅型有料老人ホームに対し指導を強化したり、是正措置を命じたという報道はない。特別監査も返還請求もしない。国も自治体も制度の不備を指摘されるのを恐れ、「介護事故を起こしたのは訪問介護で住宅型有料老人ホームは無関係」「ケアプランにサインをしているのだから、サービス選択責任は本人・家族にある」と、いまも〝我関せず〟と事業者と一緒になって隠蔽を通しているのだ。
このような囲い込み高齢者住宅で暮らす要介護高齢者は、全国で40万人に上ると推計される。
これはさいたま市などの自治体だけではない。厚労省は、このような不正事案が頻発しても、特別監査も行わなければ、規制強化も行おうとしない。自治体と一緒になって覆い隠してしまう。その弱腰に付け込まれ、医療介護の不正請求は拡大し続け、それに数兆円規模の医療介護費が無駄に使われていることがわかっていても、放置したままだ。
この重大事故から5年以上が経過して、ようやく「住宅型有料老人ホームの規制」などと言い始めたが、その中身を見ると「ケアマネジャーの変更を家族に強要しない」など、「家族の自己責任を強化します」という事業者の抜け道を広げるような対策しかとらない。住宅型と介護付の制度矛盾や介護保険制度の根幹にかかわるような不正には、目をつぶったままなのだ。
「社会保障費の抜本的改革」を掲げる政党があるが、不正を撲滅することから始めてはどうか。厚労省も自治体も、政治家も介護医療制度の健全化や国民の命を守る気など、さらさらないということだ。
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