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ドーナツ裁判 「無罪で良かった・・」という話ではない

ドーナツを食べた入居者が窒息・死亡した事故に対する特養ホームの准看護師に対する過失が問われた刑事裁判。有罪の一審を破棄し、第二審では無罪となったものの「無罪で良かった」という話ではない。今こそ、介護サービスの法的なサービス提供責任について、国・業界を挙げての積極的な議論が必要。

2013年、長野県の勤務先の特別養護老人ホーム「あずみの里」でドーナツを食べた入所者が窒息・死亡し、准看護師が業務上過失致死の罪に問われた裁判。一審の長野地方裁判所松本支部は、准看護師に過失があったとして罰金20万円を命じたものの、2審の東京高等裁判所1審の有罪判決を取り消し、無罪を言い渡した。

ドーナツ食べた入所者死亡 准看護師に逆転無罪 東京高裁 (NHK)
ドーナツ提供は過失か? 老人ホームで入所者死亡 あす二審判決 (NHK


入居者の窒息死亡事故という痛ましい事故の責任巡って行われたドーナツ裁判。
医療や介護の関係者からの注目度は高く、准看護師が有罪になると介護の現場が萎縮しかねないとして、全国の医療や福祉の関係者などから無罪を求める署名が相次いで裁判所に提出されました。准看護師を支援する団体によると1審では44万筆余り、2審ではおよそ27万筆の署名が集まったと言います。
私も、准看護師が「業務上過失致死」という刑事罰に問われるのは厳しすぎると感じていました。
高齢者介護の対象は、身体機能の低下した要介護高齢者・認知症高齢者です。私は10年ほど介護の現場にいましたが、「右向いて、左向いたら入居者が転倒していた」というように、小さな判断ミス、些細な隙によって死亡や骨折などの重大事故が発生します。いまから思うと、重大事故を起こさなかったのは、運が良かったからとしか言いようがありません。すべてが刑事罰、業務上過失致死という話になると、介護の仕事をする人がいなくなってしまいます。「刑法上の注意義務に反するとは言えない」というのは、バランスの取れた適切な判断・判決文だと思います。

ただ、これは「無罪で良かった」という単純な話ではありません。
あくまでも、被害者は亡くなった高齢者であり、窒息事故で亡くなったことは事実です。
この准看護師さんは、自分の看護師業務としておやつを与えていたわけではなく、忙しい介護スタッフを見かねて、自分の仕事以外の重度要介護高齢者のおやつ介助を手伝っていたとされています。とても良い人なんだろうと思います。ただ、ドーナツは「窒息リスクが高い」とは言えませんが、唾液が少なくなる高齢者にとっては、口内でパサパサになるため窒息リスクがゼロではない食べ物です。報道を読む限り、当該入所者に対するおやつは事前に固形のものからゼリーに変更されています。それが準看護師に伝わっていなかったことから起こった悲劇であり、スタッフ間の連携・連絡ミスの見直しは必要です。
また、これは過失の程度割合と予見可能性の話です。「ドーナツは大丈夫、無罪」という安易な話ではなく、当該施設でも、また他の施設でも、同程度の要介護高齢者で、同じようにドーナツで窒息死亡事故が再度起これば、次は予見可能性ありとなり、「無罪」にはならないでしょう。

「おやつくらい本人が食べたいものを…」という現場の気持ちがわからないわけではありません。
ただ、そうなのであれば、ケアマネジメント・ケアカンファレンスの中で、プロとして誤嚥や窒息のリスクを本人や家族に対して丁寧に伝えると言うのが原則です。「食べたいものを食べさせてあげたい…。でもリスクが高い、良い案はないか…」と考えるのが介護のプロの仕事であり、介護スタッフやケアマネジャーがリスクが高いと判断し説明してもなお、家族や本人から「どうしてもドーナツを食べたい…」という話になるのであれば、それは自己決定の尊重ということになります。
記事の中では別の特養ホームの施設長が、「これまでは誤嚥などの事故が起こった場合、再発防止のために原因の可能性を検討・記入していたが、この裁判以降、有罪になると怖いので原因不明にしている」と、取材に答えています。しかし、このような小手先の取り組みは、裁判で予見可能性の判断に有利に働くことは決してありませんし、意味がないというよりも原因分析も対応もできなくなってしまい、リスクマネジメントの対策としては明らかに間違いです。

「事故が起これば介護スタッフが有罪になる可能性、介護現場に衝撃が…」と煽るように記事は書いていますが、それは当然のことです。
高齢者介護は専門職種です。介護に関わらず、医師でも看護師でも、また保育士でも教師でも、病院・学校・保育園で死亡事故が発生し、その事故に対して重大な過失があったと判断された場合は、個人でも罪に問われます。「頑張って介護していたから、無罪」なんてことはありません。
社会保障財政が厳しい中でも、介護報酬を上げてほしいと願うのは、「高齢者介護はサービス提供責任が個人に及ぶ専門性高い業務」だからです。将来、要介護状態になった時に、安全で質の高いプロの介護を受けたいのであれば、その高いリスクや専門性を評価してほしいと願うからです。

ただ、今の介護業界の中では、「介護サービス提供責任はどこまでか」という議論は大きく遅れています。今回、無罪を求めた署名をした人の中で、「刑事裁判と民事裁判の違い」「介護サービスの提供責任の範囲はどこまでか」「過失判断はどのように行われるか」「今回の裁判の論点はどこか」をきちんと整理して回答できる、議論できる人はどこまでいるでしょうか。検察や家族を批判するコメントもありますが、一審で判断されたように線引きの話であり「刑法上の過失が一定あった」と考える人がいてもおかしくありませんし、次にドーナツで窒息すれば「過失あり」となるのです。
介護サービス事業が、プロの仕事として、また専門職種として発展していくためには、「介護サービス提供責任の範囲」を理解し、正面から、丁寧に介護事故に対するリスクマネジメントを進めていくしかありません。感情的・感傷的に「介護現場が委縮する」「無罪で良かった」と言うだけでは、悲惨な死亡事故を防ぐことはできませんし、介護スタッフが罪に問われるような悲劇をなくすこともできないのです。

理解不能・対応不可能な認知症高齢者の事故リスク

一方で介護事故の裁判に対して、興味を持ち理解すること、声を上げることは、とても重要です。
今回の刑事裁判は、その行為が刑事罰に問えるか否か、またその量刑を決めるために行うものです。
もう一つは民事裁判で、これは「有罪・無罪」というものではなく、その事故・事件によって発生した損害を、誰が、どのくらい負担すべきかを決めるものです。
「移乗介護中に入居者を転倒・骨折させた」という明らかに過失がある場合は、裁判にはならず、ほとんどは話し合いで解決する示談となります。裁判になるのは、事業者サイドは「過失がなかった」と考えているのに対し、高齢者・家族は「過失があった」と判断が分かれているケースです。
それは「安全配慮義務違反」を問うもので、転倒や転落、誤嚥などの事故が予見・予測できた場合、事業者はその事故を回避するための適切な対策を取らなければなりません。これを「予見可能性・結果回避義務」と言います。刑事裁判も民事裁判も、過失判断の考え方は同じですが、その判断の範囲は違います。刑事事件よりも、民事裁判の過失判断の方が広くなるのです。だから、刑事で無罪となっても、民事裁判で高額の損害賠償請求が認められることはあります。つまり、この民事裁判の過失の有無が、法的な介護サービス提供責任の範囲です。


数的に言えば、圧倒的に多いのはこの民事裁判ですが、個人が罪に問われるものではないため、死亡事故であってもほとんど今回のようなニュースにはなりません。しかし、この民事裁判ではほとんど事業者の過失を認める判断が下っているのです。介護の現場を委縮させて、手足を縛っいるのは民事裁判であり「そこまで責任を負うのか」「それでは介護できないよ」という判決があまりに多いのです。

最大の問題が、「認知症高齢者の事故」です。
例えば、ふらつきなど転倒リスクのあるAさんに、介護スタッフが「少しここで座って待っていてください」と言ってその場を離れたあと、Aさんが勝手に動いて転倒・骨折したという事例。よくある話で、何ら対応に問題ないように思います。ただ、このAさんが認知症か否かによって、過失の有無は変わってきます。認知症がない場合、勝手に動いたのは本人の責任ですが、認知症の場合「スタッフの指示が理解できず、動くことは予測できた」となるからです。

介護事故裁判の判例を読む ① ~予見可能性~  (リンク)

確かに「認知症高齢者が予測不可能な行動をすることは予測できた」と言われるとそうかもしれません。
しかし、それが過失の判断基準になるのであれば、「予測不可能な行動すべてに対して、万全の対策を取れ」ということになります。そのためには、24時間365日、マンツーマンで付き添う必要がありますが、そんなことができるはずがありません。ただ、認知症高齢者に対する民事裁判では、ほぼすべて同様の論理で「事業者に過失あり」とされ、事業者に対して損害賠償が命じられています。それは本人の事故だけでなく、認知症高齢者が他の入居者に行った加害行為についても、同様の事業者の責任が認定されています。死亡事故になると、3000万円超という高額な損害賠償請求が認められているのです。

介護事故裁判の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ (リンク)

一つだけ、認知症高齢者の死亡事故で、事業者の過失がゼロと判断された判例があります。
それは「認知症高齢者は安全に生活させることが難しいので、事業者が途中退所か睡眠導入剤の申し入れをしていた」というケースです。つまり、現在の民事裁判の判例を見る限り、「法律の視点でみれば、予測不可能な行動をする認知症高齢者は、介護保険施設・高齢者住宅では断るべき、追い出すべき」と言っているに等しいのです。

介護事故裁判の判例を読む ③ ~介護の能力とは~ (リンク) 

介護の仕事上では、様々事故、トラブルが発生します。その介護事故予防やリスクマネジメントには、事業者によって大きな取り組みの違いがあり、「介護サービス上の事故はすべて免責すべき」といった暴論を吐くつもりもありません。「忙しいから、介護スタッフ不足だから、給与が低いんだから仕方ない」とも思いません。ただ、誰がどう考えても「予測不可能な行動をすべて予測して介護しろ」「それで事故が起これば介護スタッフ・事業者の責任」という100%と無理なことを押し付けられたままでは、介護サービス事業も、介護の仕事もできないのです。

介護のサービス提供責任に対して、積極的な社会的議論を

介護リスクマネジメント推進の中で、今回のドーナツ裁判を含め様々な裁判事例を感じることは、業界団体としても介護事故・サービス提供責任の理解が乏しく、リスクマネジメントが遅れていること、もう一つ、社会全体として介護事故に対する社会的議論が遅れているということです。それは、介護サービス業界も国も、介護サービス契約や介護サービス提供責任にきちんと向き合ってこなかったからです。
例えば、介護福祉士や社会福祉士などの国家資格を持っていても、介護サービス提供責任の範囲や法的責任の理解が非常に乏しいのが現実です。ケアマネジャーの更新研修などでも、ケアマネジメントの法的責任の範囲についての研修は十分ではありません。ケアプランは契約ですが、その中で事故予防のためにどのような対策を行うべきか、リスクマネジメントのためにどのような話を家族にすべきか、という検証・議論も進んでいません。


また、国交省は、「介護事故はサ高住には責任はない」と言っていますが、常識的にそんなはずがありません。逆に、すべての介護事故が特養ホームや介護付有料老人ホームの責任かと言えばそうではないでしょう。
もし裁判でそんな主張をすれば、裁判官は「えっ? 事業種別によって事故の責任は変わるの?」と笑いだすでしょう。「介護が必要になっても安心・快適」と入居者を集めておいて、事故が起こると「安全対策は無関係」などという言い訳が通るはずがありません。
このまま現場を理解しない判例が積み重なっていけば、介護の労働環境は成り立たなくなります。今こそ、「有罪になれば介護現場が委縮する」「無罪で良かった、検察は許せない」といった感情的・感傷的な議論ではなく、ケアマネジメント・リスクマネジメントの議論をすすめ介護の専門性を高めるとともに、「安心・快適」ではなく、介護サービス提供責任の範囲を明確にするよう、国民に向け社会的な議論を積極的に行っていく必要があるのです。

介護事故の法的責任について、積極的な社会的議論を・・ (リンク)




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