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介護事故裁判の判例を読む ③ ~介護の能力とは~


事故の発生が予見できる場合、事業者はその事故を回避するための対策を取らなければならない。一方で転倒リスクがあるからといって、一人の入居者に一人の介護スタッフが付き添うことはできない。事業者の事故回避努力の限界、サービス提供責任をどのように裁判所は判断しているのか。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 046


介護事故の発生が予見できる場合、事業者は適切な予防対策をとらなければなりません。
しかし、一方で100%転倒しないようにする、介護事故をゼロにするということは不可能です。

自己決定ができる利用者・入居者であれば、十分に説明することによって、その判断や協力を仰ぐことができますが、事例で見てきたように、認知症の高齢者は、「転倒リスクがあります」「コールをしてください」「スタッフを読んでください」と繰り返し説明していても、急に立ち上がったり、突然、歩き始めたりすることを止めることはできません。
その一方で、予期せぬ行動があるからといって、その予期せぬ行動に迅速に対応できるように24時間スタッフが付き添っておくことなど、できるはずがありませんし、「無理に車いすに座らせて、立てないようにする」というのは身体拘束です。

この介護の能力とは、事業者の回避努力の限界、サービス提供責任はどこまでか・・を示す範囲だと言っても良いでしょう。とても丁寧な判例がだされていますので、それ基づいて、その範囲を裁判官はどのように判断したのかを詳しく見ておきます。

【ショートステイ利用中の転倒事故 (東京地裁 平成24年5月30日)】

ショートステイ利用中のFさんが、明け方にベッドから転落し、頭部打撲から脳挫傷となった事案です。夜間徘徊がある認知症高齢者で、転倒の予見可能性は認識されていました。死亡事故ではありませんが、ショートステイの利用者が転倒し、大事故に発展したのは、【介護事故裁判 判例を読む ~予見可能性~】 🔗で示した、ショートステイでの転倒死亡事故(京都地裁 平成24年7月11日)に非常によく似たケースだと言えます。

しかし、このケースでは、裁判所は事業者の過失は認めず、原告の請求を棄却しています。
何が京都地裁のケースと違ったのか、原告(利用者側の主張)と、それに対する裁判所の判断を合わせて整理したものが以下の表です。この判例を見ると、裁判官は原告の主張について、一つひとつ丁寧に内容を吟味し、判決を出していることがわかります。

判例から読み取れる3つのポイントを挙げておきます。

① 事故発生予防・事故拡大予防策の検討
一つは、事業者が、転落事故の発生・被害の拡大を防止するために行っていた、様々な対策の評価です。
この事業者は、転落防止柵の設置、離床センサーの設置及び対応、二時間おきの定期巡回、転落後の経過観察など、できることはすべて行っています。一つひとつの対応に瑕疵がないということです。

② 介護支援専門員との連携
二点目は、介護支援専門員との連携に対する評価です。
被告となった事業所は、Fさんの対応は難しい(転倒・転落のリスクが高く、利用を受け続けることは難しい)として、ショートステイの途中退所や睡眠剤の導入などについて介護支援専門員に相談しています。ショートステイでの事故を防ぐためだけに、睡眠剤を導入するというのも、本来、その目的や役割を考えると適切な方法ではありません。ただ、ショートステイは特養ホームなどとは違い短期間の利用であり、認知症高齢者のアセスメント・モニタリングが難しく、また高齢者も普段と違う生活環境に混乱するため、様々な事故が発生しやすいのが特徴です。特に、初回利用の場合、認知症高齢者だけでなく介護スタッフも手探り状態の介護となるため、その介護事故やトラブル発生のリスクは倍増します。
当該事業所で必要な対策をとると同時に、外部のケアマネジャーとも連携・報告し、転倒転落事故を何とか回避しようと努力していたことを、重く評価していることがわかります。

③ スタッフ配置に対する評価
三点目は、スタッフ配置に対する評価です。
転倒・転落のリスクが高いのであれば、人員配置を増やして安全を確保すべきだ・・という原告側の意見に対して、この判例では、当該事業所のスタッフ配置は指定基準以上のものであり、利用者との間で交わされた短期入所生活介護契約で示された職員体制に照らして不十分とは言えないとしています。


以上、3つのポイントを挙げました。
このスタッフ配置に対する判決に対しては、事業者側からも評価する声が大きいのですが、ただ単純に、スタッフを増やす必要はない、スタッフが基準を満たしていればOKと言っているのではないことに注意しなければなりません。

この判決は、「転倒リスクが高いからと言って、基準以上に人員配置を増やして安全を確保すべき…」という意見には与しないけれど、単純に「基準・契約のスタッフで、できる範囲のことをやっていればよい…」と言っているわけでもないということです。

実際、この裁判の被告となった事業所は、上記①、②で示したように、かなり細かな対策・対応をしていたことがわかります。つまり、この時間帯に対応していたのが2人のスタッフだろうと、3人のスタッフだろうと、事業者として転倒・転落事故回避のために、やるべきことをきちんとやっていた・・ということが大前提であり、スタッフ配置の多い少ないということが論点になっているわけではないのです。

言いかえれば、介護付有料老人ホームを例にあげれば、【3:1配置】だろうと【1.5:1配置】だろうと、サービス提供責任、結果回避義務は同じだということです。
このケースは、民事裁判にかかる安全配慮義務は、「当該施設は、夜勤一人体制なので、十分な結果回避義務は採れません」「安否確認スタッフは一人なので、転倒リスクがあっても頻繁には見守れませんでした」ということにはならないという判例であるとも言えるです。


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