RISK-MANAGE

高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅳ ~質問・相談~


ほとんどの高齢者・家族にとって高齢者住宅選びは始めての経験。「何でも不安・心配事を相談してください」といっても、何を相談すればよいかわからない。質問・相談を引き出すためのポイントになるのが、「入居後の事故・トラブル事例」を足がかかりにしたリスクの説明。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 060


高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅲ ~見学対応~ 🔗 で述べたように、高齢者住宅内の見学が終われば、最初の説明をした部屋に戻ってきます。ここで、前半で行った説明の追加と、ここまでの説明をもとに個別の事情や高齢者住宅への入居にあたっての不安・心配事を聞き取る「相談対応」を行います。
とはいえ、ほとんどの高齢者・家族にとって、高齢者住宅選びは始めての経験ですし、心配事や不安はプライバシーの根幹にかかわる人に知られたくないことです。「何でも不安・心配事を相談してください」といっても、何を相談すればよいかわかりませんし、躊躇してしまいます。
ここで質問・相談を引き出すためのポイントになるのが、「入居後の事故・トラブル・苦情事例」を足がかかりにした「リスクの説明」です。

積極的に入居後のリスク・トラブルについて説明する

リスクマネジメントを土台とした入居相談マニュアルの整備 🔗 で述べたように、高齢者住宅・介護サービス事業経営の根幹は、「リスクマネジメント」にあります。
介護リスクマネジメントは、介護事故や入居者間トラブル、感染症や食中毒などの「リスクの種を減らす」と相互理解・信頼関係を深めて「リスクの種が大きく育たない土壌をつくる」という二つの対策に分かれます。しかし、現状を見ると、家族や入居者は、「老人ホームに入れば安心だ」「介護スタッフに任せておけば大丈夫」と漠然と考えている一方で、事業者側は「安心・快適」「自宅よりも安全」と入居率アップありきの安易な説明が増えており、入居前の説明不足による、事業者と入居者・家族との認識のサービス提供責任に対する認識の違いが「「リスクの種を大きく育てる土壌」になっています。
そこで、必要不可欠になるのか「入居後のリスクの説明」です。

① 転倒・骨折、誤嚥・窒息など生活上の事故の可能性
一つは、入居中の事故です。
高齢者住宅ではバリアフリーなど安全対策を強化した建物設計がなされていますし、介護付有料老人ホーム等では24時間365日介護スタッフが常駐しています。それでも24時間365日、介護スタッフが付ききりで介護しているわけではありませんから、歩行時の転倒や食事中の誤嚥事故などが発生します。アセスメント・ケアプランによって、一人一人その予防策を検討するのですが、事業者やスタッフがどれほど努力をしても、注意を払っていたとしても、すべての事故をゼロにすることは不可能です。
事業者は、事故の発生予防・拡大予防に対してどのような対策をとっているのかを十分に説明するとともに、高齢者住宅内で発生した事故ケースや、その中には事業者の努力だけでは、避けられないケースがあることも説明しなければなりません。事故の内容は要介護状態や認知症の有無などによっても変わってきますから、その聞き取りを行いながら話を進めます。


② 途中退居(事業者からの契約解除)の可能性
二つめは、途中退居(事業者からの契約解除)の説明です。
高齢者住宅に入居を検討している高齢者・家族の最大のニーズは、「終の棲家」です。ほとんどの家族は高齢者住宅に入居すれば亡くなるまで生活できると考えていますし、事業者側も、そのニーズに沿った曖昧な説明をしています。
しかし、実際は認知症や医療の問題があり、ターミナルケアの対応は、まだ一部に留まっているため、高齢者住宅内で亡くなる高齢者がそれほど多いわけではありません。中には、「禁止されている居室内でタバコを吸う」「他の入居者に対して暴言を吐く」といった、他の入居者に対する迷惑行為が重なる場合など、やむを得ず、途中で事業者から退居を求める(事業者からの契約解除)を行うケースもあります。
しかし、途中退居を求めることは、入居者本人だけでなく家族にも大きな負担となりますし、「入居一時金の償却期間」など金銭的な問題が重なると、訴訟などの大きなトラブルに発展する可能性が高くなります。そのため退居事由については、どのようなケースを想定しているのか、どのようなトラブルがあるのか、また誰が判断するのか、どのような手続きや話し合いを行うのかなど、家族がイメージできるように事例や理由を示して説明する必要があります。
ここで、合わせて医療依存度の高い高齢者に対する対策やターミナルケアに対する取り組み、入居者間のトラブルの対応など、事業者が行っている対策を説明します。


③ 食中毒・感染症、火災・自然災害などの可能性
もう一つは、感染症や食中毒、火災や自然災害の可能性やその対策についての説明です。
高齢者住宅は、抵抗力の低下した高齢者が集まって生活していますから、インフルエンザなどの感染症が発生すると、一気に蔓延し死亡率も高くなります。また、火災が発生すると、多くの高齢者が逃げ遅れて大惨事となります。事故やトラブルと同様に、それは100%防ぐことはできません。
「感染や火災のリスクがあります」というだけでなく、居室内でのタバコの禁止、防炎対策のカーテンなどの推奨など契約事項と合わせて、防災訓練、予防注射などの対策とともに、入口での手洗いや手指消毒、風邪やインフルエンザの流行時の訪問者のマスク使用依頼などを行っていることを説明します。


事業者みずからが「リスク・トラブル」を説明する意味

「なぜ相談対応を行うのか」 入居相談の目的を整理する 🔗 で述べたように、入居相談を行う目的は、「正確にサービス内容・価格・リスクを伝えること」「入居者を惹き付けるための営業活動」「信頼関係が構築できる家族の見極め」の3つあります。
それは、なぜ高齢者住宅事業者が入居後のリスク・トラブルの説明を強化しなければならないのか、という理由にもつながっています。

① 事業者の「サービス提供責任の範囲」を理解してもらう
一つは、事業者のサービス提供責任の範囲を理解してもらうことです。
転倒骨折や入居者間トラブル、感染症対策などの予防・拡大を図ることは事業者の責務ですが、事業者がどれだけ努力をしても、それらのリスクをゼロにすることはできないということ、居室内での喫煙」などの禁止事項の説明、入居者間トラブルの説明などを通じて、家族や入居者にも一定の責任があり、また入居者に、安全・安心・快適の生活を続けてもらうためには、「高齢者住宅にお任せ」ではなく、家族の協力が不可欠であることを伝えなければなりません。逆に、「絶対に事故を起こすな」「高齢者住宅内で発生した事故・トラブルはすべて事業者の責任」となれば、入居契約をすることはできません。

② リスク・トラブルは、入居者・家族が一番聞きにくく、聞きたいポイント
二つめは、リスクの説明は入居者・家族を惹き付け、信頼を得るためにも不可欠だということです。
なぜなら、入居者・家族が一番質問しにくい内容であり、同時に一番聞きたいポイントだからです。繰り返し述べていますが、高齢者・家族にとって、高齢者住宅選びは始めての経験ですし、「うきうき、どきどき」と楽しい気持ちで探している人はほとんどいません。逆に、報道されるような「介護スタッフによる入居者虐待や殺人」も増えていますし、「他の入居者と上手くやっていけるか、いじめられたりしないか」と心配や不安が付きまとっています。
転倒骨折・誤嚥窒息などの事故は、きちんと説明すれば「当然のこと」とわかるはずです。禁止事項や暴言などの入居者間のトラブルについては、加害者だけでなく被害者になるリスクもあるのですから、その時にどのような対策をとってもらえるのかがわかっていれば安心です。「安心・快適」として説明せず、曖昧な美辞麗句を並べる事業者と、きちんと発生しうる事故やトラブル、それに対する事業者の対策について、きちんと説明する事業者、どちらが信頼できるノウハウの高い事業者か、わかるでしょう。

③ リスク・トラブル説明を通じて、入居者・家族をみる
もう一つ、大切なことは「リスク・トラブルの説明に興味があるのか」を見極めることです。
普通の家族であれば、特に、入居後のリスクやトラブルへの説明に深く耳を傾けます。しかし、「興味がない、まじめに聞かない、質問もしない」という家族は、言い換えれば、入居する高齢者(老親など)に興味がないということです。
「事業者にお任せの家族はやりやすい」という素人経営者がいますが、これは全くの間違いです。認知症によって周辺症状が発生したり、他の入居者とトラブルになった時に、「高齢者住宅にお任せ」の家族では全く対応できません。月額費用の支払いが滞っても連絡がつかない、一度も面会に来ないために新しい下着や衣服が購入できないということもあります。骨折や肺炎などで入院することになっても、事業者が保証人になって対応しなければならないということにもなりかねません。
リスクやトラブルの説明は、「信頼できる家族か」「一緒に入居者を支えていけるか」が、最も表れるポイントでもあるのです。

以上、見学対応後のリスク・トラブル説明の重要性について述べました。
ただ、入居相談対応でのリスク・トラブルの説明は、事業者のサービス提供責任、家族の役割・責任を明確にするというだけでなく、合わせて不安や心配事などの相談を受ける、その質問の呼び水にする意識を持つことが重要です。入居希望者の生活ニーズ、家族の希望や不安を的確につかみ、より豊かな生活をおくるために、当該高齢者住宅のサービスがどのように役立つのかを説明する個別アプローチが、本来の入居説明・相談対応のあるべき姿です。
例えば、「医療依存度の対応力、ターミナルケア」に対して質問をする家族は、入居希望者が何らかの疾病を抱えている可能性が高いですし、「認知症によるトラブル」に耳を傾ける家族は、現在、そのようなトラブルや心配事を抱えていると推察できます。これに対して、プロの立場から、実例を交えて「どのように対応しているのか」「どの程度であれば対応可能か」を説明することになるのです。
その結果、さらに突っ込んで心配ごとや不安について相談されるようであれば、興味を持たれている、惹き付ける相談対応ができていると言えるでしょう。



入居相談マニュアルを作成する Ⅰ ~相談・説明~ 

  ➾  リスクマネジメントを土台とした入居相談マニュアルの整備
  ➾ リスクが大きくなる最大の理由は受け入れ時の説明不足
  ➾ 「入居説明・相談・見学対応」 3つの目的を整理する
  ➾ 高齢者住宅 入居相談対応のストーリーをイメージする
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅰ ~申込・受付~
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅱ ~準備・説明~
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅲ ~見学対応~
  ➾ 高齢者住宅 入居相談マニュアル Ⅳ ~相談・質問~
  ➾ 入居相談マニュアル 書類整備と教育訓練
  ➾ 入居相談にマニュアル導入の効果とNG対応



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