RISK-MANAGE

介護事故裁判の判例を読む ① ~予見可能性~


安全配慮義務違反を問う損害賠償請求の民事裁判において、「予見可能性」が争点となった3つの判例を読む。同じ要介護高齢者の転倒事故でも、何がその判断を分けるのか。高齢者住宅、介護保険施設の特殊性と難しさとを理解する。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 044


【r43】 介護事故の安全配慮義務 について考える? で述べたように、「安全配慮義務」を問う損害賠償請求の民事裁判においては、「予見可能性」と「結果回避義務」を基礎として議論されます。この論点整理は、刑事事件(業務上過失致死傷)でも、裁判までの家族との示談、和解交渉でも同じです。
ここでは、まず予見可能性が、どのように判断されるのか、実際に起こった介護事故の損害賠償請求裁判(民事裁判)の判例をもとに見ていきます。

【特養ホームの転倒事故(福岡高裁 平成19年1月25日)】

一つは、特養ホームの入所者の転倒事故に関する裁判です。
視覚障害のある82歳の入所者Aさんは、当日風邪気味であったため、食堂ではなく自分の部屋の中で食事を採ることになりました。介護スタッフは、Aさんに居室の椅子に座ってもらい、配膳を待つように指示し、配膳のために居室を離れ戻ったところ、居室から離れた食堂付近でAさんが転倒・骨折しているのが発見されたというものです。

この裁判では、事業者の過失は認められませんでした。
そのポイントとなったのが、Aさんがスタッフの指示をきかずに、勝手に動くことが事前に予見できたか否かです。Aさんは、視覚障害はあるものの意思疎通可能であり、前日までスタッフの説明を無視して居室を離れたことはありませんでした。また、当日もその状態に変化はなかったため、裁判所は予見が可能であったとは言えないとしています。
予見ができない以上、対策はとれないということです。

ただ、細かいことを言えば、同様の事例においても、25分待たせるといったことは適切なのか、それは伝えてあったのか、1時間ではどうか、不安に感じた時はコールをしてもらう、スタッフを読んでもらうなどの対策を採っていたのか・・等ということが争点にはなる可能性はあるでしょう。

【グループホームでの転倒事故 (大阪高裁 平成19年3月6日)】

もう一つはグループホームの入居者Bさんが、同様にスタッフの指示に従わずに一人で動き出したために、転倒、骨折したという事故です。
介護スタッフは、入浴のためにBさんを一階の食堂から、二階のリビングに移動させ、椅子に座らせてしばらく待っているように指示、その後、入浴準備のためにその場を離れました。準備が終わりリビングに戻った時には、トイレ付近で転倒・骨折していたというものです。

このグループホームの転倒事故は、先の特養ホーム(Aさん)と同じようにみえますが、裁判所は事業者に過失があったと認定しています。
ポイントは、Bさんは認知症高齢者だったということです。判決では、一階の食堂から二階のリビングに移動することによって、混乱する可能性があること、また、認知症によって待機指示をしてもそれを理解できなかったり、一旦理解してもすぐに忘れて不穏行動にでることは予測可能(つまり、介護のプロとしては予測すべき)だったとしています。

その上で、歩行が不安定であることから、本人が歩き出しても事故が発生しないように対策を講じる必要があった(つまり、適切な結果回避義務を履行していない)として、入院費用、傷害慰謝料など400万円の支払いをこのグループホームの事業者に命じています。
表面的には同じようなケースであっても、認知症の有無(スタッフからの指示を理解できたか否か)によって判断が分かれるということです。

【ショートステイでの転倒死亡事故 (京都地裁 平成24年7月11日)】

もう一つ、高額の損害賠償が認められた認知症高齢者の転落死亡事故です。
ショートステイを利用中の認知症高齢者Cさんは、本事故が発生する一か月半程度前から、自分ひとりで立ち上がっていた他、夜間、数回、尿意・便意を催して、自分でトイレに行こうしていました。介護スタッフは、夜間を含め、移動時にはスタッフコールをするように依頼していたものの、Cさんはこれまでもコールをせずに、深夜に徘徊する姿が目撃されていました。

また、事故に二週間前には、怪我には至らなかったものの、転倒事故を起こしていました。加えて、以前に入院していた病院でも、看護師の指示に反して転倒したことがあり、その事実を事業者も認識していました。

上記の点から、裁判所は認知症によって指示に従わない行動が予見できることは明らかだったと認定。事業者はそれを前提に、離床センサーや衝撃吸収マットの設置、監視の頻繁化などの、転倒防止対策を採らなければならなかったがそれを怠っていたこと、また、それらの対策よって事故防止は可能だったとしています。
死亡事故という重大事故であったこと、Cさんは認知症であり、指示を従わないことによる過失はないと判断されたことから、3402万円もの高額の損害賠償が認められました。



以上、「予見可能性」から、3つの事例を挙げました。
ここからわかることは、同じように見える介護事故であっても、要介護状態、特に認知症の有無によって、予見可能性の判断はまったく変わってくるということです。

特に、最後のショートステイの事業者は、劣悪な事業者ではなく、サービスに対する一定の基盤があることはわかります。例えば、二週間前に転倒事故があった・・ということがわかるのは、そのことを示した事故報告書やケース記録が残っているからですし、また、以前入院していた病院で、転倒したケースがあったのも、ケアプランのアセスメントの中で把握していたのでしょう。

しかし、結果として、積み重ねられた情報が十分に活かされることなく、逆に、予見可能性があったのに、必要な対策がとられていなかった・・という判断を決定づけるものとなりました。
転倒の可能性が高く、また認知症であることから、「移動時には、スタッフコールを鳴らしてもらう」といった対策では不十分で、結果回避義務を果たしていることにはならないと判断されたのです。





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