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介護事故裁判の判例を読む ④ ~生活相談サービス~


生活相談サービスにも、安全配慮義務を基礎とするサービス提供責任は発生する。そのサービスの瑕疵が原因で、事故やトラブルが発生した場合、債務不履行として高額の損害賠償請求が求められることになる。生活相談サービスの責任が問われた判例について考える。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 047


国交省を含め、外部の訪問介護や訪問看護を利用するサービス付高齢者向け住宅や住宅型有料老人ホームには、介護事故は関係ないと思っている人も多いのですが、介護事故とは何か ~介護事故を定義する~ 🔗 で述べたように、高齢者住宅事業者が責任を問われる事故は、直接的な介助ミスが原因となるものだけではありません。

「サ高住は、一般の賃貸住宅と同じだから、事業者が背負う責任も同じだ…」という人がいますが、これも全くの間違いです。それは、高齢者住宅は、「住宅サービス」「生活相談サービス」「定期巡回サービス」などの生活支援サービスを提供していること、そして「要介護状態になっても安心・快適」を標榜するのであれば、要介護高齢者が安全、快適に生活できる環境を整える重い責任(安全配慮義務)を負っているからです。

特に、サ高住には、相談サービスや安否確認サービスが義務付けられていますから、それぞれのサービスに法的なサービス提供責任、安全配慮義務が生じます。
ここでは、相談サービスにかかる事業者の法的責任について考えます。

他の入居者の加害行為は事業者の責任か?

生活相談サービスは、「入居者の話し相手になってあげる」「行政手続き等の相談に乗る」といった単純なものではありません。
健康に対する不安、他の入居者とのトラブル、家族からの要望・クレームなど、入居者の生活上の様々な不安、不満を受けとめ、その解決に向けて取り組む義務が生じます。
高齢者住宅は、全室個室であり個別の住居ですが、食事やリビングなど共同生活となる割合も増えてきますから、入居者同士の様々な人間関係が発生します。仲良しの友達ができたり、お互いにサポートし合ったりといったプラスの面もありますが、それまでの生活環境・境遇・生活ニーズも違いますから、様々なトラブルも発生します。
ショートステイで発生した事故事例から参考になる判例を見てみましょう。

入居者のGさんは、自宅内であれば何とか歩行可能ですが、施設内では自走車いすに乗っていました。
特養ホームのショートステイに入所中に、「その車椅子は自分のものだ」と勘違いした、Hさん(認知症)に押されて、転倒、顔面打撲、左足骨折となり、歩行困難、身体障害一級に認定されます。Hさんは、これまでも自分の車いすをGさんが勝手に使っていると勘違いして、車いすを揺さぶったり、後ろから押したりと、トラブルが発生していました。
この事件の場合、加害者はHさんですが、ショートステイ利用中の他利用者からの加害行為について、事業者がどこまで責任を負うのかが議論となりました。

この裁判も、地裁と高裁の判断が分かれ、逆転判決となったものです。
一審の神戸地裁姫路支部では原告の請求が棄却されたものの、二審の大阪高裁は「加害女性には認知症で日ごろから暴力行為があり、事故の発生は予見できた」として、一審の判決を変更し、運営する社会福祉法人に1054万円の支払いを命じています。
これまでの裁判では、利用者間、入所者間の行為による事件や事故について、施設側の責任が認められることは少なかったのですが、「加害女性は何度も、被害者の車椅子を揺さぶるなどしていた。施設側は被害者を他の部屋に移動させるなどの安全を確保すべきだった」と、施設の安全配慮義務違反があったと断じています。


高裁の判断のポイントは、単純です。それまでHさんがGさんに、車いすを揺さぶったり、後ろから押したりと事故の可能性が十分に予測できたのに(予見可能性)、適切な対応を取らなかった(結果回避義務)ということです。ただこれは、事業者の「安全配慮義務」が、他の入居者による加害行為にまで及ぶという、これまでにはなかった判例です。一審を破棄しての高裁の新しい判断ですから、これからの類似の裁判に大きな影響をあたえる判例となります。

民間の高齢者住宅にも当然、その責務は及ぶ

この判例が影響するのは、介護保険施設やショートステイだけではありません。
同様に、サービス付き高齢者向け住宅や通所サービス等における入居者間、利用者官の人間関係トラブルによる傷害事件でも、事業者の安全配慮義務違反が問われるケースが増えてくるということです。特に、喧嘩や暴力などの問題があり、一方の入居者・家族から、他の入居者とのトラブル相談や改善依頼が何度もあったにもかかわらず、必要な対応を取らないまま放置し、その後、怪我や骨折をした場合、「個々人の喧嘩だから関係ない」では済まないということです。

その他、高齢者住宅では、タバコによる失火、騒音など様々なトラブルが予想されます。
特に、身体機能の低下した高齢者が集まって生活しているために、夜間に火災が発生すると大参事となりかねません。他の入居者・家族から危険性が指摘されていたにも関わらず、入居者の寝たばこから死亡火災事故となった場合、「十分に予想されていたのに適切な対応をとっていない」と、その管理責任が厳しく追及されることになります。

自立高齢者は、介護が必要ありませんから、直接的な介助ミスによる介護事故はありませんが、逆に人間関係のトラブル・被害は大きくなります。
実際、自立高齢者・要支援高齢者を対象とした養護老人ホームやケアハウスでは、入所者同士が大ゲンカとなり、殴り合いによる傷害事件だけでなく、殺人事件も起きています。最近は、サ高住でも殺人事件が発生しているのはご存知の通りです。
入居者間のトラブルを知っていた、一方から相談を受けていたにも関わらず、「入居者間同士の問題だ」と適切な対応がとられていなければ、事業者の安全配慮義務違反となるのです。

更に、自立・要支援高齢者であっても、加齢によって身体可能は低下していきますし、認知症の周辺症状の問題もでてきます。骨折・肺炎などで入院し、一気に身体機能が低下した場合、引き続きその高齢者住宅で生活することができるのか、早期退院を求める病院と家族との間に立って、その調整をするのも相談員の仕事です。ケアマネジャーは本人の生活ニーズに基づいてケアプランを策定しますが、その高齢者住宅の退居に向けての取り組みや、他の入居者とのトラブルの調整まで行うわけではありません。ケアハウスや養護老人ホームの場合、要介護度が悪化したり、認知症になれば、系列の特養ホームに入所依頼ができますが、単独のサ高住にはそのような裏ワザはありません。

生活相談サービスは、サ高住だけでなく、ほとんどすべての介護関連施設、高齢者住宅で提供されています。サービスを提供するということは、その提供責任に対して責任が生じるということです。そのサービスに瑕疵があれば、債務不履行として高額の損害賠償を求められることになるのです。

生活相談サービスの「サービス提供責任」「安全配慮義務」の責任は、非常に重いのです。 また、自立度の高い高齢者住宅の相談サービスは、要介護高齢者を対象とした高齢者住宅とは比較にならないほど、難しいのです。





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